日中産学官交流機構特別研究員
田中 修
はじめに
3月5日、全人代が開催され、李克強総理が政府活動報告(以下「報告」)を行った。本稿では、このうち、2017年の経済政策関連部分の主要なポイントを、他の報告や記者会見で補完しながら紹介するとともに、これを踏まえて、19回党大会が開催される本年の経済運営の注目点を明らかにする。
1.2017年の総体的要求
報告は、「2017年は19回党大会が開催され、党と国家事業の発展において重大な意義を有する1年である」と位置づける。そのうえで、政府活動の総体的要求として、「習近平同志を核心とする党中央の指導の下、(中略)経済の平穏で健全な発展、社会の調和と安定を維持し、卓越した成績で19回党大会を迎え、勝利のうちに開催しなければならない」としている。
中国では、党大会のように重大な政治イベントが開催される年は、安定を強く強調する傾向がある。この時期に経済や社会に混乱が発生すれば、指導部の責任問題となり、人事抗争に発展する可能性があるからである。
2.マクロ経済の目標
李克強総理はかねてより、マクロ経済の主要目標のうち、特に雇用指標(都市新規就業者増と都市登録失業率)及びインフレ指標を重視し、これが年間目標をクリアしていれば、成長率が年間目標から多少上下にぶれても景気対策を発動せず、経済構造調整と経済構造改革に重点を置く考えを示している。
2017年の重要目標は以下のとおりである。
(1)GDP成長率目標:6.5%前後(2016年は6.5%~7%、実績6.7%)
成長目標を引き下げた理由として、報告は「経済ルールと客観的実際に符合し、予想の誘導と安定化、構造調整に資するものであり、小康社会の全面的実現という要求ともリンクしたものである。安定成長の重要目的は雇用の維持と民生優遇のためである」と説明している。
国家発展改革委員会の国民経済社会発展計画報告(以下「経済報告」)ではさらに踏み込み、主として次の点を考慮したとする。
①実際に符合させる。
「わが国経済は既に新常態に入っており、経済成長は高速成長から中高速成長へと転換している。2016年のわが国の経済総量は74兆元であり、今年予期する6.5%前後の増量は2016年の6.7%の増量を超えており、世界主要国家と比べても高い速度である」とする。
②小康社会を全面的に実現するという目標と要求に符合する。
「第13次5ヵ年計画の目標とリンクさせると、2016年に既に6.7%の成長を実現した基礎の上で、今後4年、年平均6.5%前後成長しさえすれば、2020年のGDPを2010年比で倍増するという目標は実現できる」とする。
③雇用の目標達成のために、この程度の成長率は必要である。
④経済の先行きが良好であるという、社会の予想を形成することに資する。
16年の経済報告では、経済成長率の目標を6.5%~7.0%と定めたことについて、「更に積極的に予想を誘導し、自信を増強する」ことが理由として挙げられていたが、今回は成長率目標を6.5%前後とした理由について、「現実への符合」が追加され、「経済の先行きが良好であるという、社会の予想を形成」とトーンダウンしている。15年の党5中全会において習近平総書記が「成長率の最低ラインは6.5%だが、7%実現も不可能ではない」と述べたことに引きずられ、16年の成長目標が「6.5%~7.0%」と過大に設定されたため、結果的に年前半はサプライサイド構造改革もその他の抜本改革も停滞した。今回の理由変更は、その反省の意味があろう。
(2)消費者物価上昇率:3%前後(2016年は3%前後、実績は2%)
報告は特に設定の理由を説明していないが、経済報告は「2016年9月以降、工業生産者出荷価格(PPI)がマイナスからプラスに転じ、工業分野のデフレ圧力はある程度緩和された。しかし、PPIが川下産業や末端消費に転嫁され、輸入商品価格の波及と国際大口取引商品価格の上昇傾向の影響により、新たなインフレ要因が形成される」と説明している。
16年の経済報告では、「デフレ予想の改善」が強調されていたが、今年は新たなインフレ要因が警戒されるに至っている。これが金融政策のあり方にも影響を与えている。
(3)雇用指標
①都市新規就業者増:1100万人以上(2016年は1000万人以上、実績は1314万人)
②都市登録失業率:4.5%以内(2016年は4.5%以内、実績は4.02%)
都市新規就業者増の目標が引き上げられた。報告は、「2017年の雇用圧力は増大しており、雇用を優先する戦略を堅持し、より積極的な雇用政策を実施しなければならない。都市新規就業者増の予期目標を昨年より100万人多くし、雇用をより重視するという方向性を際立たせた。経済のファンダメンタルズと雇用吸収能力からすれば、この目標は努力を通じて実現できる」と説明している。
経済報告は、この2つの雇用目標につき、主として次の点を考慮したと説明している。
①雇用圧力がかなり大きい
「2017年はなお、1500万前後の新成長労働力が市場に参入し、加えて生産能力過剰業種の従業員の転職需要がある程度増えると予想される。退職等で退出する都市の就業ポストを考慮すると、都市新規就業者増約1100万人が必要となる」とする。
②雇用の容量が不断に拡大している
「産業構造の調整、とりわけイノベーションや起業とサービス業が発展するに伴い、雇用の弾性値が顕著に高まっており、6.5%前後の経済成長で雇用目標を実現できるし、実際の達成量はより多くを勝ち取ることもできる」とする。
今年は、経済と社会の安定を図るため、雇用の確保が昨年以上に強く要請されているのである。
3.マクロ経済政策
財政金融政策については、次のように表現されている。
(1)金融政策:穏健、中立的でなければならない
2016年の「柔軟、適度」という緩和気味の運営から景気中立型へ明確に変化した。これはPPIの急上昇及び不動産バブルのリスクが背景にあろう。2月の時点で、PPIは前年同期比7.8%上昇、新築分譲住宅価格は70大中都市のうち56都市が前月比で上昇するなど、依然予断を許さない状況が続いている。また米国FRBが利上げを進めるなかで、人民元レートを安定させ、資金の対外流出を防ぐためにも、これ以上の金融緩和は困難という事情がある。
2017年のM2の伸びは12%前後(2016年の目標は13%前後、実績は11.3%)とし、社会資金調達規模残高の伸びは12%前後(2016年の目標は13%前後、実績は12.8%)としており、いずれも16年の目標より引き締まっている。
(2)財政政策:より積極かつ有効でなければならない
昨年の「力を加えなければならない」から語調がさらに強まった。
2017年度の財政赤字は2.38兆元を計上し(前年度比2000億元増)、財政赤字の対GDP比率は昨年度と同様3.0%とした。
なお、財政部の肖捷部長は3月7日の記者会見において、2016年度末の中央及び地方政府の債務残高は27.33兆元であり、対GDP比では36.7%となり、2017年度末の負債率もそれほど大きな変化は出現しないだろうとしている。また、今後引き続き財政赤字を拡大するかどうかについては、需要に基づき確定すべきだとする。
金融政策が緩和から景気中立型に転換したことにより、財政政策に対する圧力が昨年以上に強まっている。財政部はEUの財政健全化基準を参考にし、財政赤字の対GDP比率が3%を上回らないよう、特別会計や国有企業から多額の資金を一般会計に繰り入れてコントロールしているのである。
4.サプライサイド構造改革の推進
昨年の報告では、サプライサイド構造改革の中身として、習近平総書記が主張する①過剰生産能力の解消、②企業のコストの低下、③住宅在庫の解消、④脆弱部分の補強、⑤脱レバレッジ、の5大任務を敢えて採用せず、独自に①規制緩和の推進、②イノベーション、③過剰生産能力の解消とコスト引下げ、④財とサービスの供給改善、⑤国有企業改革の推進、⑥非公有制経済の活性化、としていた。
これは、習近平の唱えるサプライサイド構造改革の中身の実質が構造調整であり、抜本的改革が軽視されていることに、李克強総理や改革派が反発したためと思われる。その結果習近平総書記は、李克強総理の報告を無視する態度を取り、両者の関係の悪化が憶測された。しかし、その後、党中央財経領導小組等の場で、改革も併せて推進していく方向が確認され、今年の報告では習近平総書記の5大任務がそっくり各論の第1順位に盛り込まれた。
また、「マクロ経済政策」は昨年報告では各論の第1順位であったが、今年の報告では総論に吸収された。習近平総書記のサプライサイド構造改革を第1順位に繰り上げるための苦肉の策であろう。
このように今年の報告が周到に構成を配慮しためか、習近平総書記は報告を終えた李克強総理に対し、昨年のような無視の態度を取らず、3月5日の上海代表団の審議に参加した際には、冒頭において「政府活動報告に完全に賛成だ」と述べている(新華社北京電2017年3月5日)。
本年の5大任務の概要は以下のとおりである。
(1)過剰生産能力の削減
報告は次の施策を挙げている。
①2017年は、さらに鉄鋼生産能力5000万トン前後、石炭生産能力を1.5億トン以上、火力発電の生産能力を5000万キロワット以上、圧縮ないし削減しなければならない。
昨年の報告には鉄鋼及び石炭産業リストラの数値目標が明記されていなかったが、今回は明記された。また、新たに火力発電の構造調整目標が盛り込まれている。
②環境保護、エネルギー消費、品質、安全等の関係法規及び基準を厳格に執行し、「ゾンビ企業」を有効に処置し、企業の合併再編、破産清算を推進しなければならない。
昨年の報告では「『ゾンビ企業』を積極かつ穏当に処置」となっていたが、表現がより厳しくなっている。
③生産能力削減に際しては従業員をうまく再就職させ、生活を保障しなければならない。
(2)住宅在庫の削減
報告は、三線及び四線都市の不動産在庫が依然としてかなり多いとし、「不動産市場の分類したコントロールを強化し、住宅価格の上昇圧力が大きい都市は住宅用地を合理的に増やし、開発、販売、仲介等の行為を規範化し、ホットスポットとなっている都市の住宅価格の速すぎる上昇に歯止めをかけなければならない」としている。
(3)脱レバレッジ
報告は、「わが国の非金融企業のレバレッジ率はかなり高く、これは貯蓄率が高く、貸出を主とする資金調達構造と関係している。総レバレッジ率を抑制する前提の下、企業のレバレッジ率を引き下げることを重点中の重点としなければならない」とし、資産の証券化を推進し、企業とりわけ国有企業の財務レバレッジ規制を強化するとしている。
(4)企業のコスト引下げ
減税面では中小企業に重点がおかれ、①小型零細企業への所得税を半減する優遇の範囲の拡大、②科学技術型中小企業の研究開発費用の割増控除率の引上げなどが挙げられており、財政部はこれにより、企業の税負担が約3500億元減少するとしている。
税以外の負担軽減については、①政府基金の合理化、②中央が企業にかけている行政サービス手数料の軽減、③「年金、医療、失業、労災、出産保険と住宅積立金」の保険料率の引下げなどが挙げられており、財政部はこれにより、負担が約2000億元減少するとしている。なお金融政策が景気中立的に改められたことにより、利下げを示唆する「財務コストの引下げ」は削除された。
(5)脆弱部分の補強
2017年は特に「貧困地域と貧困人口は小康社会の全面的実現にとって最大の脆弱部分である」とし、農村貧困人口を16年の1240万人に続いてさらに1000万人以上減らすとしている。今年は社会の調和と安定が重視されており、特に貧困の減少に重点が置かれているのである。
5.改革の深化
国有企業改革や非公有制経済の活性化といった改革の諸項目は、2016年報告の政策各論の構成では「サプライサイド構造改革」の一部となっていたが、今回の報告では独立し、各論の2番目となり位置づけが強化された。習近平総書記と李克強総理や改革派との妥協の結果であろう。報告は、「各分野の改革を全面的に深化させ、基礎的ないしカギとなる改革を早急に推進し、内生的な発展の動力を増強しなければならない」とする。主なものは以下のとおりである。
(1)財産権保護制度の強化
2017年の改革の目玉である。2016年は、年央に民間投資が急速に鈍化した。李克強総理は各地方に調査チームを派遣して原因を調べさせた。その結果、民間投資が伸びない理由の1つとして、私有財産保護の不徹底が指摘されたのである。このため、2004年後半~06年の保守派や左派の攻勢により、いったんは後退した私有財産保護強化と民法典編纂の機運が再燃することとなった。報告は、「財産権の保護は、労働の保護であり、発明と創造の保護であり、生産力の保護及び発展である。財産権保護制度の整備を加速し、法に基づき各種所有制経済組織と公民の財産権を保障」するとしている。
今回の全人代では民法総則が可決されており、私有財産権の保護強化を含む民法典編纂作業が、今後左派や保守派の抵抗を排し順調に進められるかどうかが、国有企業改革の成否を決めるカギになるのではないかと思われる。
(2)その他の改革
①財政制度及び税制改革
増値税の税率構造を簡素化するほか、2016年の支出面の中央及び地方政府の権限と責任区分の見直しに続き、2017年は収入面の中央及び地方の区分の見直しと、地方税体系の整備が焦点となる。
②金融制度改革
報告は、「金融機関が主たる業務を際立たせ重点とするよう促し、実体経済へのサービス能力を増強し、実体経済から乖離しバーチャル経済(金融投機)に向かうことを防ぐ」とする。金融面では資産バブルの防止が重視されているのである。
なお、世界が懸念している金融リスクの管理については、「現在、システミックリスクは総体としてコントロール可能だが、不良債権、債券のデフォルト、シャドーバンキング、インターネット金融等に累積されているリスクを高度に警戒しなければならない」としている。
③国有企業改革
習近平総書記は国有企業の強大化を強調する傾向があるが、報告では「国有企業のスリム化と健全化、質及び効率の向上を引き続き推進」するとされており、李克強総理の持論である「国有企業のスリム化と健全化」が明記されている。
④非公有制経済の活性化
前述のとおり、2016年は年央に民間投資が急速に鈍化した。その原因調査のなかで改めて成長分野への民間資本の参入が制限されている実態が明らかになったということであろう。報告は、「非公有制経済の市場参入を一層緩和する」とし、法規が未だ明確に参入を禁止していない業種及び分野、外資に対して開放している業種及び分野について、全て民間資本に開放しなければならないとしている。
むすび
今年の報告は昨年に比べ、習近平総書記のサプライサイド構造改革を前面に打ち出し、「領導核心」である習近平書記にかなり配慮したものとなった。また、李克強総理の重視する改革の記述も増えており、この意味では、人事面での対立はともかく、経済政策面での対立は一応回避された形となっている。
2017年は、不動産バブルとインフレ防止の観点から、金融政策が昨年の緩和気味から中立に転換しており、不動産開発投資も年後半には減速する可能性がある。また、企業の負担軽減の観点から賃金の引上げも抑制されており、これが消費に影響を与えるものと思われる。これらを勘案すると、成長目標を6.5%前後に引き下げたのは穏当といえるであろう。
また19回党大会では、習近平総書記が経済の状況のみならず、2013年の党3中全会で決定した、「2020年までに決定的成果を挙げなければならない」改革諸項目の進捗状況も報告しなければならないはずであり、今年は一定の改革圧力も働くものと考えられる。
問題は、党大会以後、改革や構造調整が失速しないかどうかであり、これは党大会における最高指導部人事の結果次第であるとともに、党の「核心」となった習近平総書記が、その強化された権威と指導力を改革や構造調整推進に向けられるかどうかにかかっている。この意味で、経済政策の観点からも党大会の結果に注目したい。