はじめに
3月5日、全人代が開催され、李克強総理が政府活動報告(以下「報告」)を行った。全人代による修正後、3月16日に発表された確定版のうち、マクロ経済政策関連部分の主要なポイントは以下のとおりである。
1.2014年のマクロ経済政策の回顧
報告は、前年のマクロ経済政策について、経済の下振れ圧力の増大傾向に対し戦略的冷静さを保ち、「マクロ経済政策を安定させ、短期的な強い刺激措置を採用せず、むしろマクロコントロールの考え方と方式を引き続き刷新し、方向を定めたコントロールを実行した」とする。
マクロコントロールについては、「区間コントロール」という概念が2013年から用いられていた。これは、①経済運営に際して、合理的区間を設定する、②合理的区間については、政府活動報告で定めた年間のインフレ率の抑制目標を上限とし、成長率目標と雇用目標を下限とする、③マクロコントロールに際しては、この下限と上限をしっかり守り、経済がインフレ率目標(上限)に近づけば景気引締め政策を発動し、経済が成長率及び雇用目標(下限)を割り込みそうになれば景気テコ入れ策を発動する、④経済が合理的区間で安定的に運営されていれば、発展方式の転換と構造調整に精力を集中してしっかり取り組む、というコントロールの考え方である。
この、経済運営に上限と下限の目標を設定し、その範囲内にあれば発展方式の転換と構造調整に集中し、安易に短期的景気刺激策を発動しないというマクロコントロールの新たな考え方及び方式は、就任以来李克強総理が強調していたものである。
今回の報告では、この区間コントロールの基礎の上で、「方向を定めたコントロール」を2014年に実行したとする。これは、財政政策及び金融政策を実施するに際して、たとえば小型、零細企業や「三農」(農業、農村及び農民)に的を絞って減税や預金準備率引下げを行うという方法であり、2014年に提起され多用された。
2.経済及び社会の抱える困難と試練
今年の政府活動報告では、経済および社会の抱える困難と試練として次の7点が列挙されている。
(1)投資の伸びが力を欠き、新たな消費のホットスポットが多くない上、国際市場には大きな好転がなく、安定成長の難度が増大し、一部の分野でなおリスクの隠れた弊害が存在する。
都市固定資産投資の伸び率は、2013年の前年比19.6%増から、2014年は15.7%増に落ち込んだ。2015年1-2月期も13.9%増と減速が続いている。このため報告は、①バラック地区及び危険家屋改造、都市埋設管網等の民生プロジェクト、②中西部の鉄道と道路、内航等の重大交通プロジェクト、③水利及び高基準農地等の農業プロジェクト、④情報、電力、石油及び天然ガス等の重大施設網プロジェクト、④クリーンエネルギー、石油、天然ガス及び鉱産資源の安定的供給を保障するプロジェクト、⑤伝統産業及び技術の改造プロジェクト、そして⑥省エネ、環境保護及び生態建設プロジェクトを、重点的に建設するとしている。バラック地区改造、鉄道及び水利等の投資については、中西部地域に傾斜させる。また民間活力の活用を進め、民間資本を更に多くの分野に引きいれて投資させなければならないとしている。
また、消費の伸び率も2014年の前年比12.0%増から2015年1-2月期は10.7%増に落ち込んだ。このため、報告は新しい消費の原動力として、養老、家事、ヘルスケア、情報、観光とレジャー、グリーン、住宅、教育、文化及びスポーツ消費と「通信網、有線テレビ網及びインターネット」の融合、物流と宅配業を発展させるとしている。
経済リスクのうち、①住宅市場は北京や上海など一線都市がやや持ち直したものの、地方都市の在庫はまだ深刻である。このため報告は「個人の住宅住み替え需要を支援し、不動産市場の平穏で健全な発展を促進する」とし、昨年報告の「投機及び投資的な需要を抑制する」という表現は姿を消した。②シャドーバンキングの膨張には一応の歯止めがかかったものの、企業の債務不履行及び銀行の不良債権は増加傾向にあり、主要銀行の不良債権比率は1%を突破した。また、③過剰生産能力と、④地方政府債務の処理は、これからである。
(2)工業産品価格が引き続き下落し、生産要素のコストが上昇し、小型、零細企業の資金調達難と資金調達コスト高の問題が際立ち、企業の生産経営の困難が増大している。
2014年の工業生産者価格は-1.9%であったが、足元の2015年2月では-4.8%にまで下落幅が拡大している。これは国際原油価格下落の影響が大きいが、工業の不振も原因の1つと指摘されている。また、小型、零細企業の資金調達難とコスト高は大きな問題となっており、このため小型、零細企業に的を絞った財政、金融政策が繰り返し発動されている。
なお、政府原案では「一部企業の生産経営が困難」となっていたが、全人代修正で「一部企業」から企業全体に対象が拡大され、表現がより強まった。
(3)経済発展方式が比較的粗放であり、イノベーション能力が不足し、生産能力過剰問題が際立ち、農業の基礎が脆弱である。
報告は「わが国の発展は、成長速度のギアチェンジの時期、構造調整の陣痛期及び過去の刺激策の消化期が3つ重なるという矛盾に直面しており、資源と環境の制約が増大し、労働力等の要素コストが上昇し、高投入、高消費及び数量拡張に偏重した発展方式は既に継続し難く、安定成長の中で経済構造を最適化しなければならない」と指摘する。
このため報告は、「中国製造2025」(中国製造業10ヵ年計画)を実施し、イノベーションを進め製造大国から製造強国への転換を加速するとする。また、過剰生産能力を解消し、企業のM&Aを支援し、市場競争の中で企業の優勝劣敗を促すとしている。
(4)医療、養老、住宅、交通、教育、所得分配、食品安全及び社会治安等について、大衆にとってはなお少なからず不満足な点がある。
(5)地方によっては環境汚染が深刻であり、重大な安全事故がしばしば発生している。
報告では、大気汚染対策と水質汚染対策の行動計画を実施するとしている。なお、全人代の修正で「土壌汚染対策の強化」も追加された。
(6)政府の活動になお不足が存在し、政策措置によっては完全実施されていない。
(7)少数の政府機関の公務員は職権を乱用し、一部の腐敗問題は目に余り、官職や指導的地位にありながらやるべき事をやらない者がいる。
特に反腐敗運動が大々的に展開されて以降、地方において行政の不作為が目立っていると言われる。
3.2015年の経済政策の基本方針
今年の経済政策の基本方針について、報告では以下の4点に整理して記述している。
(1)経済の新常態
報告は、各種矛盾及びリスクを解消し、「中等所得の罠」を越えて現代化を実現するには、やはり発展に依拠しなければならないとする。しかし同時に、「わが国の経済発展は新常態に入っており、難関を越える重要な段階にある。体制メカニズムの弊害と構造的矛盾は『行く手を阻む虎』となっており、改革を深化し経済構造を調整しなければ、平穏で健全な発展を実現し難い」としている。
このため、発展を第一の重要任務としつつも、「改革に依拠して科学的発展を推進し、経済発展方式の転換を加速して、質と効率の高い持続可能な発展を実現しなければならない」と強調している。
(2)2015年の情勢認識
今年の中国経済については、「わが国経済の下振れ圧力はなお増大しており、発展における深層レベルの矛盾が際立ち、今年直面する困難は昨年より大きい可能性がある」とし、「我々は憂患意識を強め、必勝の信念を固め、発展の主動権をしっかり把握しなければならない」としている。
(3)2015年の総体要求
報告は、2015年は改革全面深化のカギとなる年であり、法に基づく治国を全面的に推進するスタートの年であり、安定成長と構造調整のための重要な年であると位置づける。そのうえで、政府活動の総体要求として、「『4つの全面』という戦略手配に基づき、経済発展の新常態に主動的に適応し、これをリードし、安定の中で前進を求めるという政策の総基調を堅持し、経済運営を合理的区間に維持し、経済発展の質と効率の向上に力を入れ、発展方式の転換と構造調整を更に重要と位置づけ、改革の堅塁攻略にしっかり取り組み、イノベーションによる駆動を際立たせ、リスク防御を強化し、民生保障を強化し、改革、発展及び安定の関係をうまく処理し、社会主義経済建設、政治建設、文化建設、社会建設及び生態文明建設を全面的に推進し、経済の平穏で健全な発展と社会の調和及び安定を促進する」ことだとしている。
なお、「『4つの全面』という戦略的手配に基づき」は、政府案にはなかったが全人代修正で盛り込まれた。「4つの全面」とは、①小康社会の全面的実現、②改革の全面深化、③法による治国の全面推進、④党を全面的に厳しく治めることであり、習近平総書記がここのところ強調しているものである。また政府案の冒頭には、当初「党を全面的に治めることに新たな進展を得た」という表現がなかったが、李克強総理は「印刷ミス」だとして急遽これを付け加えた。
(4)マクロ経済の目標
報告は、中高速成長の維持と、国際分業における中国産業の位置づけを従来の低付加価値製品生産の水準からミドル及びハイエンド(中高)の付加価値製品生産の水準へと転換する、という「2つの中高目標」に着眼し、一方における政策の安定及び市場期待の安定と、他方における改革促進及び構造調整の「双方を結びつける」ことを堅持し、大衆による起業及び万人によるイノベーションと公共財及び公共サービスの増加という「2つのエンジン」を作り上げ、「発展の速度を調整しても勢いを減ずることなく、量を増やし質をより最適化して、中国経済の質と効率の向上を実現しなければならない」とする。
マクロ経済の主要予期目標は以下のとおりである。
①GDP成長率目標:7%前後(2014年は7.5%前後、実績7.4%)
成長目標を引き下げた理由として、報告は「需要と可能性を考慮したものであり、これは小康社会の全面的実現という目標とリンクし、経済総量の拡大と構造のグレードアップという要求に適合し、客観的な実際に符合するものである。このような速度によってかなり長期の発展を維持し、現代化実現の物質的基礎をより充実させる。安定成長も雇用を維持するためのものであり、サービス業のウエイトが上昇し、小型、零細企業が増加し、経済の容量が増大するにつれて、7%前後の速度は比較的十分な雇用を実現できる」と説明している。
国家発展及び改革委員会の経済報告ではさらに踏み込み、「この速度は経済発展の新常態に適応しており、現段階の経済成長の潜在力を反映し、市場の期待と結びついており、努力すれば実現できるものである。同時に、ここ数年の経済成長及び構造変動と雇用増加の関係からすると、7%前後の経済成長は1000万人以上の都市新規就業増をもたらすことができる」としている。
成長率目標の引下げは昨年も議論されたが、実現できなかった。今年は第13次5ヵ年計画が秋の中国共産党5中全会で議論されることもあり、成長率の相場観を引き下げておく必要があったのであろう。
②消費者物価上昇率:3%前後(2013年は3.5%以内、実績は2.0%)
政府活動報告は特に変更の理由を説明していないが、国家発展及び改革委員会の経済報告は、「国際大口商品価格が低位で徘徊する可能性があり、国内重要商品の供給が充足し、一部工業分野の生産能力過剰と需要の疲弊という矛盾が相互に交錯しており、物価総水準は引き続き低下傾向にあること、そして同時に価格改革に余地を残しておくことを考慮した」と説明している。
中国のエコノミストの中には、むしろ経済がデフレに向かうことを心配する者もあり、経済の合理的区間の下限に物価水準も入れるべきではないかとの意見も出ている。
また、雇用、失業率、輸出入については、それぞれ以下の目標が提示された。
③都市新規雇用増:1000万人以上(2014年は1000万人以上、実績は1322万人)
④都市登録失業率:4.5%以内(2014年は4.6%以内、実績は4.09%)
⑤輸出入:6%前後(2014年は7.5%前後、実績は3.4%)
4.マクロ経済政策の基本的考え方
マクロ経済政策の基本的な考え方について、報告は、「積極的財政政策と穏健な金融政策を引き続き実施し、事前調整と微調整を更に重視し、方向を定めたコントロールを更に重視し、ストック(遊休資金)をうまく用い、フローを活性化して、脆弱部分を重点的に支援する。ミクロの活力によってマクロの安定を支え、供給のイノベーションによって需要の拡大をもたらし、構造調整によって総量のバランスを促進し、経済運営が合理的区間にあることを確保する」としている。財政政策と金融政策に関するポイントは以下の通りである。
(1)積極的財政政策:力を加え、効率を高めなければならない
2015年の財政赤字は1兆6200億元を計上(前年度比2700億元増)し、うち中央財政赤字は1兆1200億元(同1700億元増)、地方財政赤字を5000億元(同1000億元増)としている。財政赤字の対GDP比率は昨年度2.1%から2.3%に拡大した。
財政赤字が拡大したこともあり、報告は「債務管理と安定成長の関係をうまく処理し、地方政府の起債による資金調達メカニズムを刷新及び整備する」とする。
また、条件の符合した建設中のプロジェクトのつなぎ資金を保障し、リスクの隠れた弊害を防止、解消するとともに、構造的減税と普遍的な費用引下げにより、企業とりわけ小型、零細企業の負担を軽減するとしている。
なお、楼継偉財政部長は3月6日の記者会見で、前事務年度の繰越金1124億元と地方政府債務の特別債 [1] 1000億元を加えると、収支差額は更に拡大し対GDP比率は約2.7%になるとしている。
これ以外にも、財政部は1兆元の地方政府債券発行により、2013年6月30日に審計署が確定した地方政府が償還責任を負う債務のうち、2015年に満期がくる債務の借り換えを認めることとしている。財政部によれば2015年に満期の来る債務は1兆8578億元であり、これで53.8%をカバーできるとしている。
(2)穏健な金融政策:緩和と引締めを適度にしなければならない
金融政策は「マクロプルーデンス管理を強化及び改善し、公開市場操作及び金利及び預金準備率及び再貸付等の金融政策手段を柔軟に運用し、マネー及び貸出と社会資金調達規模の平穏な伸びを維持する」とする。
2015年のM2の予期伸び率は12%前後(2013年目標は13%前後、実績は12.2%)と前年の目標を引き下げた。ただし、「実際の執行中、経済発展の需要に応じて、やや高めてもよい」と柔軟にしている。
おわりに
一般に1-3月期の成長率は10-12月期より低下する傾向がある。全人代で新年度予算が承認されるまでは新規の大型プロジェクトは発動しにくく、全人代終了後にプロジェクト認可が集中的に行われ、着工は4-6月期にずれこみがちだからである。
しかし、2014年10-12月期の成長率はかなり悪化していた。表向きの数字は7-9月期及び10-12月期ともに7.3%となっており、成長は鈍化していないように見える。しかしこれは前年同期比であり、先進国が用いている前期比では10-12月期は1.5%と、7-9月の1.9%から大きく落ち込んでいる。年率換算はこれを4倍することになるので、10-12月期の成長率は実際には6%程度だったことになる。これより更に経済が落ち込むとなれば、事態は深刻である。
このため経済の失速を防ぐべく、まずは人民銀行が全人代開催前の2月に預金準備率引下げ及び2度目の利下げを発動し、金融政策で経済を支えた。また李克強総理は2月25日に国務院常務会議を開催し、小型、零細企業と起業、イノベーションに対する税及び費用の引下げ、そして水利プロジェクトの推進を決定した。全人代終了後の3月30日には人民銀行、住宅及び都市農村建設部、銀行業監督管理委員会、財政部、国家税務総局が通達を発し、住宅住み替えに対する住宅ローンの条件緩和及び営業税の減免を発表した。
李克強総理は3月15日、全人代終了後の内外記者会見で「我々はここ数年、短期的な強い刺激策を採用しておらず、政策運用の余地が比較的大きく、我々の『道具箱』の中の道具はなお比較的多い」と強調した。1-3月期の成長率の数値次第では、追加的な景気刺激策が打ち出される可能性がある。