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シンポジウムレポート「グローバル化と中国の人権問題」

May 22, 2008

創立10周年記念シンポジウム「グローバル化時代の価値再構築」

<テーマ> 第7回「グローバル化と中国の人権問題」
<開催日時> 2008年5月16日
<パネリスト> 羅豪才(前・中国人民政治協商会議全国委員会副主席、中国人権研究会会長、元北京大学副学長)
原田 明夫(弁護士、国際民商事法センター理事長、東京女子大学理事長 (元検事総長))
<モデレーター> 青木 昌彦(東京財団 特別上席研究員(スタンフォード大学名誉教授))

「協商」により公権力と人々の意見を調整

青木:羅豪才先生は今年の3月まで、日本の参議院にあたる中国人民政治協商会議全国委員会で副主席をお務めになりました。また、国連のNGO会議のメンバーとなっている中国人権研究会の会長として活動され、慣例などのソフトローを研究する北京大学ソフトロー研究センターの発展にも尽力されています。

羅:講演の前に、このたびの四川大地震にあたって日本の皆様から多大な支援をいただき、誠にありがとうございます。さて、本日は中国の「協商メカニズム」を中心にお話ししたいと思います。この「協商」という言葉は、商業に関するものではなく、日本語の「協議」や「対話」にほぼ相当します。

中国は計画経済から市場経済に転換することにより目覚しい経済発展を遂げていますが、政治の面でも、人治から法治への移行、政府機能の縮小などの改革が進んでいます。そして、中国の統治制度を振り返りますと、計画経済の時期には、公権力が人々に命令し、人々はこれに服従する上意下達が行われていました。しかし、政治改革の進展に伴って、公権力と人々がともに意思決定に参加する混合ガバナンスに移行しています。この公権力と人々の意見調整に「協商」という手法が用いられています。

協商の具体例をあげますと、私は中国人民政治協商会議全国委員会で副主席を務めていました。この協商会議は1949年、中華人民共和国が成立する直前に設立され、中央人民政府の発足にも深く関わりました。協商会議には現在、政権を担当する共産党、その他8つの政党、各種の団体が参加し、国の政策や人事、法律についての協商が一年に十数回、行われています。協商にあたっては、協議に参加する諸主体が平等の立場で話し合い、議題の修正や新たな議題の提起も自由に行われます。また、国家権力が結論を強制することはなく、理性的な協議や説得が行われています。協商はまた、全国レベルのみならず地域や業界でも行われ、地域や業界の規約が協商によって定められています。さらに、歴史的にみますと、「協商」は儒教において「和合」「調和」などと並ぶ重要な価値であり、今日の中国人もこの価値を尊重しています。そのため、私たちは協商メカニズムが中国の民主化に大きく貢献できると考えており、協商メカニズムの制度化や規範化に力を入れています。

また、中国の統治制度において「ソフトロー」が重要な役割を演じます。「ソフトロー」と反対の概念は「ハードロー」で、法律は一般に国家権力が定める「ハードロー」の形をとっています。しかし、その一方で慣例のように法律の形をとらない決まりごとが存在します。これが「ソフトロー」です。ソフトローはどの社会にも存在しますが、中国ではハードローの整備が進んでいません。そのため、他国に比べソフトローが大きな役割を演じてきました。

次いで中国の人権保障についてお話しします。中国は、国連の安全保障理事会の常任理事国の一つとして、国連憲章や世界人権宣言に基づいた人権保障を推進してきました。また、中国は20余りの世界人権公約に加入し、国連人権委員会、国連人権理事会にも積極的に参加しています。国内では、幅広い議論を経て、2004年の憲法修正案に「国が人権を尊重し、保護する」との内容が盛り込まれました。また、行政訴訟法、国家賠償法など人権保障に関わる法律が相次いで制定され、刑事訴訟法や民事訴訟法の改正も進んでいます。

とはいえ、その一方で、中国の人権保障には依然として多くの課題が残されています。しかし、人権の内容や人権を実現する方法が社会によって異なることも事実です。そのため、この相違を理解し、互いの人権のあり方から長所を学び合うことが肝要であり、このことは世界的な人権保障の促進にもつながります。

羅豪才氏スピーチ原稿はこちら

「和諧」に基づく調和でグローバル化に対抗

青木:羅先生、ありがとうございました。先生がご指摘されたとおり、人権の内容は社会の発展に伴って変化するものだと思います。たとえば、私は1960年代に米国に留学したのですが、当時は黒人の権利向上を求める公民権運動が盛んでした。この運動の先頭に立っていたマーティン・ルーサー・キング牧師は1968年に暗殺されましたが、その40年後の現在、黒人系のバラク・オバマ上院議員が民主党の大統領候補に選出されようとしています。私はこの間の黒人の権利向上に深い感慨を覚えます。

もう一人お招きしました原田弁護士は検事総長を務められた方ですが、1970年代に米国の日本大使館に一等書記官として赴任され、ロッキード事件をめぐってソフトローにも関わられました。また、中国の法曹界に多くの知己をお持ちです。では原田先生、羅先生のお話にコメントをお願いします。

原田:中国は多くの民族から構成され、宗教や文化的伝統も多様です。この多様性を調和させながら発展を図ることは容易ではなく、先生が話された統治制度もこのような背景から生じたのだと思います。私はまた、「協商」という言葉をお聞きして、「和諧」という言葉を思い出しました。この言葉は日本語の「調和」に相当すると思いますが、もともとは儒教の言葉で、「和をもって貴しとなす」から始まる聖徳太子の憲法十七条もこの言葉の影響を受けています。そして、「和諧」は現代中国で最も重要な指導理念の一つであり、中国に行きますと、北京でも地方でも「和諧」の文字を目にします。私はこの言葉をよりどころにした国民の調和が中国の発展を促進しているのだと思います。その一方で、グローバル化の進行は市場原理を世界に浸透させ、各地でマネーゲームを引き起こしています。私はこのような風潮には何か誤った部分があり、人間社会には調和や対話が必要ではないかと思います。そして、調和や対話を進めるにあたり、「和諧」や「協商」の思想が大いに役立つのではないかと思います。

ハードローとソフトローの両様で司法改革

青木:原田先生、ありがとうございました。では、会場からの質問を受け付けます。

会場からの質問:中国では毎年一万人もの死刑が執行されています。これについて、どのようにお考えですか。

羅:確かに中国では厳しい刑罰が科されています。しかし、現時点では、これが大幅に緩和される可能性は低いと思います。

原田:日本では死刑の宣告、執行ともに大きく減りました。また、ヨーロッパ諸国や国連から死刑存続の問題点を指摘されていますが、国民の8割以上は死刑の存続を支持しています。

会場からの質問:中国の司法は共産党の影響下にあり、独立性が低くなっています。そのため、中国の国際的信用を高めるには、司法の独立性の向上が不可欠だと思います。

羅:中国では、裁判官は自らの意思で判決を下しており、上訴や控訴の制度も整っています。したがって、一定の独立性は確保されていると思います。しかし、改革の余地はあり、漸進的な改革が行われています。急激な改革は社会不安を招く恐れがありますので、私は漸進的な改革を支持しています。

原田:中国では、5年ほど前に日本の司法試験に相当する試験制度が導入され、大学の法学部の定員も近年大幅に増員されるなど、法曹家の育成が本格化しています。この動きが司法や裁判の独立性にも影響すると思います。

青木:司法制度の改革について、中国ではどのような議論がなされているでしょうか。

羅:これにはさまざまな議論があります。たとえば、司法に対するチェックを誰がどのように行うかが議論の的となっています。行政訴訟については調停など法廷外での解決方法を整備しようという意見があります。国家賠償の関連では、国家賠償法が制定される以前、中国の政府機関は国民との紛争を手元資金で私的に解決していました。これは先ほど話しましたソフトローの一例なのですが、この不透明な慣行が今も根強く残っています。このように中国の司法制度はまだ多くの問題をはらんでいます。そのため、日本など海外の制度も参考にしながら、これからも改革を進めていく必要があります。

青木:調停に関連して思い出しましたが、米国の研究者が中国の上海周辺で調査したところ、民事上の問題を裁判で解決する事例も増えていますが、同時に弁護士同士の話し合いで解決する事例も増えているそうです。また、他の米国の研究者が日本で自動車事故の解決方法を調査したところ、示談でも訴訟でも結果に大きな差がなく、そのため日本人が示談を好むことはむしろ合理的だと結論付けています。示談が成り立つには、その一方で裁判制度が整備されている必要があり、これらはハードローとソフトローが補完し合っている好例のように思います。さて、そろそろ時間となりました。パネリストのお二人、本日はありがとうございました。

    • 前・中国人民政治協商会議全国委員会副主席 中国人権研究会会長 元北京大学副学長
    • 羅 豪才
    • 羅 豪才
    • 弁護士、国際民商事法センター理事長、東京女子大学理事長 (元検事総長)
    • 原田 明夫
    • 原田 明夫
    • 経済学者 スタンフォード大学名誉教授
    • 青木 昌彦
    • 青木 昌彦

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