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神庭豊久・荒井達也
弁護士
1.はじめに
本年6月、「所有者不明土地の利用の円滑化等に関する特別措置法」が成立し、その一部が本年11月に施行された。もっとも、同法は公共事業等の公共的な土地の利用を念頭に置いており、問題の根本的な解消には民間による利用拡大を進める施策等が必要であるとの指摘がある(2018年6月7日付『日本経済新聞』朝刊「所有者不明地、公園や施設に 公益利用認める特措法成立 知事判断で10年」参照)。
弁護士であるわれわれも、民間の事業者から「事業予定地に所有者不明土地が含まれていることが判明し、事業が進められない」等の相談を受けることがあり(特に近時は再生可能エネルギーで地方創生に寄与したいという事業者からこのような相談を受けることが増えている)、その際、現行法制度の問題点や民間が利用しやすい法制度の必要性を感じることが少なくない。
そこで、本稿では、弁護士実務の現場から見た所有者不明土地問題の現状を解説し、民間による所有者不明土地の利用拡大に向けた法制度上の問題について検討したい。
2.弁護士実務の現場で感じる問題点――長期の相続登記未了による権利の分散
所有者不明土地は、土地の所有者が「不明」である点が問題としてフォーカスされる傾向にあるが、弁護士であるわれわれとしては「不明」であることは問題の入り口にすぎず、問題の本質はその先にあると考えている。
すなわち、日本では明治時代以降、戸籍や住民台帳等が整備されており、これらを調査することができれば(もっとも、こうした調査にもさまざまな法的制約や課題等はあるが、本稿では紙幅の都合により割愛する)、所有者を把握することができる場合も少なくない。
実際、全国に九州本土の面積に匹敵する所有者不明土地があると述べた所有者不明土地問題研究会(座長・増田寛也東京大学公共政策大学院客員教授、野村総合研究所顧問。以下、「増田研究会」)においても、所有者不明土地で最終的に所在がわからなかったのは全体の0.41パーセント(%)にすぎず、それ以外は戸籍や住民票等の調査により最終的に権利者の所在が判明したと述べている(増田研究会「所有者不明土地問題研究会最終報告~眠れる土地を使える土地に『土地活用革命』~」[2017年12月]9頁参照)。
むしろ、問題は、所有者不明化の主な原因である相続未登記が長期間にわたって何代もなされないことにより、土地の権利が多数の相続人に分散していることにあると考えている。
実際、増田研究会では相続が原因で共有者が約700名となった支障事例等が紹介されており、また本ウェブサイトの過去の記事においても、相続人が雪だるま式に増えていく問題の重大性が指摘されている(本サイト「所有者不明土地問題を考える」における岡元譲史「所有者不明土地問題の現場から――迷子不動産活用プロジェクトの試み」および高村学人「所有者不明土地問題の背後にあるアンチ・コモンズの悲劇」等を参照)。
なお、法務省が、全国約10万筆の不動産登記簿を調査したところ、中小都市・中山間地域では、50年以上新たな登記がなされていない土地が全体の4分の1以上に上ることがわかったとのことである(法務省「不動産登記簿における相続登記未了土地調査について」[2017年6月]参照)。こうした調査からも、長期間の相続登記未了問題が(量的にも)決して軽視できるものではないことがわかる。
3.民間が所有者不明土地を利用するためには
長期間にわたって相続登記がなされない土地の多くは、法的には多数の相続人による「共有」状態になっている可能性が高い。
共有状態になっている土地を民間の事業者が事業用に長期間利用するには基本的に共有者全員の承諾が必要になる。もっとも、共有者が多数になる場合、こうした承諾の取得が困難であり、また、仮に承諾を取得できた場合でも、その後に相続が発生した場合の契約名義の変更、登記手続、許認可手続への協力要請等の各場面において再度承諾が必要になる場合もあり、共有状態のままでは長期的かつ安定的に土地を利用することが難しい場合も少なくない。
そこで、民間の事業者がこのような土地を利用するにあたっては共有状態を解消することができるかが重要なポイントの一つとなる。以下では、実務の現場でどのような方法が検討されているかを解説する。
(1) 遺産分割または相続した共有持分の買取
最もオーソドックスな共有状態の解消方法は、相続人に遺産分割協議を行ってもらい、特定の相続人に土地の権利を集約してもらう方法である。
もっとも、遺産分割協議を成立させるためには、相続人全員の同意が必要であり、特に相続人が多い場合は、相続人相互で面識がなく、協議が現実的ではない場合も少なくない。また、相続人の中に行方不明の者がいる場合はそもそも協議ができないという問題が生じたり、過去に相続紛争があった場合には、遺産分割協議がなされていない相続財産が発見されたことをきっかけに、過去の相続紛争が蒸し返され、きっかけを作った事業者がこうした相続紛争に巻き込まれるリスクが生じる場合もある。
そこで、遺産分割協議を待たず、個々の相続人から相続した共有持分を個別に買い取るという方法を検討することもある。もっとも、相続人一人ひとりと交渉を進める必要がある点で手間や費用がかかり、また、不明者がいる場合には交渉ができないという難点がある。
(2) 共有物分割請求訴訟
相続人から協力が得られない等の理由により共有持分の買取が進まない等の場合に検討する方法として「共有物分割請求訴訟」という裁判手続がある。
共有物分割請求訴訟とは、共有状態を解消するために民法で認められている裁判手続であるが、行方不明や協力的でない共有者等がいる場合でも、裁判所が、公平な立場から判決により共有状態の解消方法を決定することができるというメリットがある。
共有状態の具体的な解消方法の例としては、共有地に境界線を引き、土地そのものを分割する「現物分割」や、特定の共有者に土地の全ての共有持分を取得させ、残りの共有者には金銭支払いにより清算する「価格賠償」等の方法がある。
もっとも、共有物分割請求訴訟は、共有者全員で進める必要がある応用的な裁判手続であり(例えば訴訟中に当事者が一人でも死亡すれば、そこで手続が中断してしまう)、また、判決内容が裁判所の裁量により決まるため(そのため、希望する判決が得られるか等の見通しについて十分な検討が必要になる)、弁護士等の専門家の協力なしには進めにくい側面のある点が難点でもあるともいえる。
(3) 財産管理制度
民法には、権利者が行方不明等の理由で管理不全に陥っている財産を、権利者に代わって裁判所が選任した財産管理人が管理する財産管理という制度がある。
代表的なものとして、①権利者が行方不明の場合における不在者財産管理制度や、②権利者が死亡しその相続人がいない場合等の相続財産管理制度がある。
もっとも、①不在者財産管理制度では行方不明者1人につき1人の管理人を選任する必要があり、行方不明者が多数の場合に費用や手間がかかるという難点がある。他方、②相続財産管理制度は相続人が1人でもいれば、制度自体が利用できないため、利用場面が限定的という難点がある。
この点についてわれわれが注目しているのが、「熟慮期間経過前の相続財産管理制度」という財産管理制度である。
相続人は自分が相続人になったことを知った時から3カ月の間、相続するか放棄するか等を判断することができ、この期間を「熟慮期間」という。熟慮期間が経過するまでの間は、相続人が確定しないため、相続財産が管理不全に陥る可能性があることから、民法上、財産管理人の選任が認められている。これが熟慮期間経過前の相続財産管理制度である。熟慮期間経過前の相続財産管理人は、相続人となる者全員を代理する権限を有しているため、多数の相続人を個別に相手にすることなく、当該財産管理人を相手に法的手続を進めることができるというメリットがある。
3カ月という期間は一見短いようにも思われるが、所有者不明土地の相続に関してはそもそも相続人が、自分が相続人になったことを知らず、熟慮期間が開始していない場合も少なくないと考えられ(それゆえ長期間相続登記がなされていないというケースも少なからずあるように思われる)、熟慮期間経過前の相続財産管理制度の活用が期待できる事案も少なからず存在するように思われる。
なお、公開情報から確認できた実例として、戦前に死亡した土地所有者の相続人が100人超となっていた事例や土地所有者が遠い海外で死亡し、国内にいた多数の兄弟の子が相続人になっていた事例等がある。
(4) 信託
上記(1)でも述べたとおり、一般的な遺産分割協議では、誰が遺産を相続するかという形で骨肉の「争族」が発生する場合があり、遺産分割協議がまとまらない結果、相続登記がなされず放置されるというケースが少なからずあるように思われる。
この点に関して、われわれが注目している制度が「信託」という制度である。信託とは、財産の管理を「信」じる者に「託」すことにより、財産管理・財産承継を円滑に行う制度といわれている。
信託は単に財産を預けるだけの「寄託」制度や財産管理等の事務を委託する「委任」制度とは異なり、財産の管理を委ねる相手方(受託者)に財産の名義・所有権を移しつつ、土地の地代等の財産から生じる利益については権利の名義人・所有者以外の者(受益者)が受け取ることができるという点に特徴がある。
例えば、相続により共有状態となっている不動産について、信託を使って、家業を継いだ子どもに不動産の管理を託し、不動産の名義・所有権を移すことで権利の分散化を防止しつつ、他の相続人については受益者として相続持分割合に応じた地代収入等を受け取らせるというバランスのとれた仕組みを作ることができる(経済的には共有を維持する状態に近いため、相続紛争を回避しながら進められる場合もあると考えられる)。
なお、この信託の仕組みを応用して100名超の共有者がいる山林の権利を取りまとめようという試みがあるが、この点については拙稿「所有者不明土地問題への民事信託の活用可能性」(『金融法務事情』第2098号)をご覧いただきたい。
4.最後に
以上のとおり、民間による所有者不明土地の利用にあたっては、実務の現場でさまざまな工夫や検討がなされているが、現行法制度にはさまざまな難点があることは否定できないと考えられる(また、法的専門知識等を要する場合も少なくないため、弁護士その他の専門家の協力なしには進めにくい側面もある)。
この点について、現在、法務省では「登記制度・土地所有権の在り方等に関する研究会」(座長・山野目章夫教授)が設置され、2020年に法改正を行うことを目標に急ピッチで議論が進められている。具体的には、共有物分割請求訴訟における「価格賠償判決」の基準の明確化やより簡易な方法による共有解消手続、共有者または相続人の全員を一人の財産管理人が代理することができる財産管理制度の創設等の議論がされている。
われわれもこのような法改正の動向を注視しつつ、民間による所有者不明土地の利用拡大に向けて法制度のあり方を引続き検討していきたいと考える。
【参考文献】
神庭豊久・荒井達也「所有者不明土地問題への民事信託の活用可能性」『金融法務事情』第2098号(2018年9月)。
神庭豊久(かみにわ とよひさ)
稲葉総合法律事務所パートナー弁護士。外資系法律事務所勤務および米国ロースクール留学を経て2016年同事務所参画。第二東京弁護士会の国際委員会副委員長および国際的な法曹団体であるLAWASIAのYoung Lawyers CommitteeのCo-chairを務める。知的財産権、訴訟、再生可能エネルギーなど国内外企業を代理した国際案件を幅広く取り扱う。
荒井達也(あらい たつや)
稲葉総合法律事務所アソシエイト弁護士。日本弁護士連合会所有者不明土地問題等に関するワーキンググループ幹事。第一東京弁護士会環境保全対策委員会委員。不動産取引、訴訟、信託、金融法務、再生可能エネルギー法務その他の企業法務全般を幅広く取り扱う。
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