帝京大学法学部准教授
宮田智之
アメリカにおいてシンクタンクは非営利団体であり、そのほとんどは寄付に依存している。シンクタンクの主な資金源としては、個人、助成財団、企業、政府などが挙げられ、近年は外国政府や関連機関からの寄付、いわゆる外国マネーも資金源の一つとして重要性を増してきている。一方、シンクタンクの性格をめぐっては、資金源の影響を問題視し「大口支援者の意向を代弁している」といった批判は以前から存在するが、数年前の『ニューヨーク・タイムズ』紙の報道以降は、外国マネーとの関係についても厳しく問う声が高まってきている。
2014年9月、『ニューヨーク・タイムズ』紙は「外国勢力がシンクタンクで影響力を買っている」とする長文の記事を掲載した。同紙によると、2011年以降でノルウェー、カタール、アラブ首長国連邦、日本など少なくとも64の外国政府や関連機関が28の主要なシンクタンクに資金を提供しており、その総額は少なく見積もっても9,200万ドルに達した[1]。その上で、外国マネーへの依存によってシンクタンクの「独立性」が脅かされており、そのことを示唆するエピソードの一つとして、ブルッキングス・ドーハ・センターで客員研究員を務めていた人物が採用面接の際に「カタール政府に批判的な立場を提示することはできない」と指示されたという事例が紹介された[2]。当然、名指しされたシンクタンクの側は即座に外国マネーの影響を否定する声明を発表したが、その後他のメディアも追随し議員の一部からも強い批判が生じた[3]。このように『ニューヨーク・タイムズ』紙の報道はワシントン政界で一時センセーショナルに受けとめられた。
しかし、シンクタンクの動向に精通する人々の反応は対照的であり、「シンクタンクの現場を知らない人物による分析」といった声が大半を占めた。まず、そもそもアメリカのシンクタンクへの外国マネーの流入自体は決して新しい現象ではなく、かなり古くから見られる。1950年代の時点で早くも台湾がシンクタンクへの資金提供を始め、1970年代に中東諸国が加わり、日米貿易摩擦が激化した1980年代以降はそれへの対応の一環として日本が主要なシンクタンクに多額の資金を提供するようになった。当時、現地の日本大使館ではシンクタンクの動向を専門にフォローする職員が存在するほどであった[4]。そして、近年は対米外交の文脈においてシンクタンクへの寄付の意義が広く認識されたことで、極めて多くの国々がシンクタンクへの資金提供を行なっている。しかし、『ニューヨーク・タイムズ』紙の報道は以上の経緯については全く言及していない。
また、『ニューヨーク・タイムズ』紙報道は、シンクタンクが外国政府の利益を実現しようとアメリカ政府や議会に影響力を及ぼしていると指摘した。言い換えると、シンクタンクを外国ロビーの一種と規定したのである。無論、シンクタンクが外国政府の意向を代弁しているケースがないとは言い切れないものの、同紙が取り上げた個々の事例はそのことを必ずしも証明するものではなかった上に、アメリカのシンクタンク全体が外国ロビーとしての性格を有しているかのような印象すら与えた。いずれにせよ、記事の内容には少なからず問題があり、そのためシンクタンクの世界に詳しい人々の間では「素人による分析」と否定的に受け止められたのである。
しかし、その後の状況を見ると、『ニューヨーク・タイムズ』紙報道を意味のないものと退けることも好ましくない。なぜなら、この報道を契機に明らかに外国マネーに対するメディアの関心が増大したからである。それ以前、外国マネーに関心を寄せたジャーナリストは、『ネーション』誌に寄稿していたケン・シルバースタインなどに限られていた[5]。しかし、『ニューヨーク・タイムズ』紙の報道以降、より多くのジャーナリストによって、外国政府とシンクタンクの関係が取り上げられるようになった。シンクタンクに対するジャーナリストの視線がより厳しさを増したのであり、たとえば、何か外交上の問題や大きな事件などが発生すると、外国マネーに対する関心が再燃するようになった。最近もジャマル・カショギ殺害事件後に、『ワシントン・ポスト』紙などではワシントン政界における「サウジ・ロビー」の一角として、どのシンクタンクがサウジアラビア政府から寄付を受けているかが報じられたばかりである[6]。
『ニューヨーク・タイムズ』紙の報道直後、シンクタンク関係者の中では「いずれ誰も関心を持たなくなる」といった声も存在した。しかし、現在も外国マネーに関する報道は見られる。このような報道が続くことで、「シンクタンクは外国マネーの影響を受けている」といった認識が一層助長される可能性がある。『ニューヨーク・タイムズ』紙報道の中身はともかく、その影響については過小評価すべきではない。
[1] どのくらいの数の外国政府がシンクタンクに資金を提供しているのか、またその総額はどのくらいに達するのか、実態を正確に把握することは不可能である。非営利団体は、監督官庁の内国歳入庁に毎年財務申告書を提出することを義務づけられているが、財務申告書では寄付の内訳まで明記する必要はない。こうした中で、寄付の内訳を知る基本的な方法は、各シンクタンクがホームページで発表する年次報告書となる。全てではないが、シンクタンクの中には年次報告書で寄付の内訳を自発的に公表しているところもある。『ニューヨーク・タイムズ』紙が外国マネーを受けているシンクタンクの具体例として挙げたのは、こうした積極的に寄付の内訳を公表しているシンクタンクであった。
[2] Eric Lipton, Brooke Williams and Nicholas Confessore, “Foreign Powers Buy Influence at Think Tanks,” The New York Times, September 6, 2014< https://www.nytimes.com/2014/09/07/us/politics/foreign-powers-buy-influence-at-think-tanks.html>
[3] Eric Lipton, “Lawmaker Assails Foreign Donations to Think Tanks,” The New York Times, September 12, 2014<https://www.nytimes.com/2014/09/13/us/lawmaker-assails-foreign-giving-to-think-tanks.html>
[4] John B. Judis, “Foreign Funding of Think Tanks Is Corrupting Our Democracy,” The New Republic, September 10, 2014< https://newrepublic.com/article/119371/think-tanks-foreign-contributions>; John B. Judis, “The Japanese Megaphone,” The New Republic, January 22, 1990.
[5] Ken Silverstein, Pay to Play Think Tanks: Institutional Corruption and the Industry of Ideas < https://drive.google.com/file/d/0B5MMPY9ZYoG1ajB5TjRhRnVCZ2M/edit>; Ken Silverstein, “The Secret Donors Behind the Center for American Progress and Other Think Tanks,” The Nation, May 22, 2013.
[6] Tom Hamburger, Beth Reinhard and Justin Moyer, “Inside the Saudi’s Washington influence machine; How the kingdom gained power through fierce lobbying and charm offensives,” The Washington Post, October 21, 2018<https://www.washingtonpost.com/politics/inside-the-saudis-washington-influence-machine-how-the-kingdom-gained-power-through-fierce-lobbying-and-charm-offensives/2018/10/21/8a0a3320-d3c3-11e8-a275-81c671a50422_story.html?utm_term=.e2a503e3dd28 >; Aleander Nazaryan, “Think tanks reconsider Saudi support amid Khashoggi controversy,” Yahoo News, October 16, 2018<https://www.yahoo.com/news/think-tanks-reconsider-saudi-support-amid-khashoggi-controversy-193104698.html >