杏林大学総合政策学部専任講師
松井孝太
トランプ大統領は、昨年12月22日、議会がメキシコとの国境の壁建設費用を盛り込んだ予算案を承認するまで、連邦政府を部分的に閉鎖することを宣言した。昨年11月の中間選挙で民主党多数となった下院が壁建設費用を認めなかったことから、政府閉鎖は史上最長の35日間に及んだ。今年1月25日にトランプ大統領がつなぎ予算に合意したことで政府閉鎖はひとまず終了したが、閉鎖中も国の安全にとって不可欠(vital/essential)とされた一部の職員が無給勤務を強いられるなど、多くの連邦政府職員に影響を与えた[1]。政府閉鎖自体の主要因は国境管理をめぐる議会民主党との対立であるが、実は政府閉鎖以前から、トランプ政権は連邦政府職員に対して厳しい政策を打ち出してきた。そこで本論考では、政治アクターとしての連邦政府職員という側面に焦点を当てて、トランプ政権との関連を中心に最近の動向を紹介したい。
連邦政府は民主党の地盤?
トランプ大統領は、壁建設費用を認めない民主党を批判するツイッター発言の中で、「民主党は、給料を支払われていない人々のほとんどが民主党支持者だということに気付いているのか?(Do the Dems realize that most of the people not getting paid are Democrats?)」と述べ、政府閉鎖の影響を受ける連邦政府職員の多くが民主党支持者であると示唆した[2]。さらにトランプ大統領は、「読む価値がある」として、連邦政府職員を辛辣に批判する政権幹部の論説を紹介した。『私はトランプ政権の幹部であり長期間の政府閉鎖が抵抗勢力を炙り出すことを望む』と題するその匿名論説は、政府閉鎖の第一目標は壁予算だが、第二の目標は忠誠心に欠ける政府職員の追放と政府規模の縮減による効率化であると主張するものであった[3]。
個々の連邦政府職員の党派性については後で見るが、連邦政府職員を組織する労働組合の活動が民主党支持に大きく傾いていることは確かである。複数存在する連邦政府職員組合の中で代表的な組合が、31万人の組合員を擁し、70万人の連邦政府職員を代表している全米政府職員連合(American Federation of Government Employees; AFGE)である。政治資金情報を収集・公開している政治応答性センター(CRP)のデータによると、AFGEは2018年選挙サイクルにおいて、約492万ドルの献金を行っている[4]。そのうち候補者に向けられた献金は、約139万ドル(89%)が民主党候補者へ、約18万ドル(11%)が共和党候補者へ向けられている。2016年以前の選挙サイクルと比較して共和党候補者への献金が増えている点が注目されるが、なお民主党支持の割合が圧倒的に高い傾向が見られる。
このように連邦政府職員組合に民主党支持色が強いことから、トランプ政権は発足以来、組合との対立姿勢を示してきた。昨年5月にトランプ大統領が署名した大統領命令13836号、13837号、13839号では、連邦政府職員組合に厳しいルールが定められた。具体的には、連邦職員が組合活動に使える時間の制限、連邦政府ビルのスペースを利用する労働組合員への使用料請求、連邦政府へのロビイング費用支払いの制限、組合との協約交渉の厳格化、連邦政府職員の解雇の容易化などが盛り込まれた(これらの命令の違法性を主張する複数の政府職員組合が訴訟を提起し、昨年8月に連邦地裁が一部無効とした)。
さらにトランプ政権は、連邦政府職員の昇給停止も一貫して追求してきた。トランプ大統領は昨年8月、連邦政府職員の雇用経費が「国家的緊急事態ないし公共福祉に影響を与える深刻な経済状況」に該当するとして、2019年の連邦政府職員の昇給をゼロにする意思を議会両院に伝達した[5]。昨年12月末には2019年の昇給を停止する大統領命令13856号を発し、2月に行政管理予算局(OMB)が発表した予算提案でも昇給停止案が盛り込まれた[6]。再度の政府閉鎖を回避するために2月11日にトランプ大統領が同意した予算パッケージでは昇給が盛り込まれたが、政府閉鎖時の未払給与も含めて今後も紛争の可能性は残る。
ところで、連邦政府職員組合の政治姿勢はすでに述べたように圧倒的に民主党寄りであるが、組合に所属する個々の職員の党派性についても同様の傾向は見られるのだろうか。やや古いデータであるが、2010年のギャラップ社の調査によると、労働組合に加入している連邦政府職員の政党支持は、民主党39.5%、共和党27.2%、無党派31.4%であった(表1)。それに対して、労働組合に加入していない職員については、民主党29.3%、共和党32.5%、無党派36.3%であった[7]。組合員の民主党支持割合は非組合員と比べると明らかに高いが、共和党を支持する連邦政府職員組合員も決して少なくないようである(昨年8月の論考で紹介したように、共和党が労働組合の権利制限を推進している背景にもこのような事情があるといえよう)。なお民間部門においても同様の傾向は見られる(表1)。
表 1:連邦政府職員組合員の党派性(2010年・単位%)
また、連邦政府職員全体の党派性について見ても、必ずしも民主党に大きく偏っているわけではないようである。2016年大統領選挙の直前10月に連邦政府職員を対象として実施された調査によれば、回答者の34%が民主党員、25%が共和党員、32%が無党派と答えている。また、「今日の時点で、あなたは民主党寄りですか?共和党寄りですか?」という質問に対しては、42%が民主党寄り、43%が共和党寄りと回答している[8]。
ただし、2018年中間選挙での個人献金に関するワシントン・ポスト紙の調査によると、政府閉鎖の影響を受けた財務省、司法省、農務省、国土安全保障省の職員による献金は、過半数が民主党候補者に向けられていた(それぞれ82%、79%、72%、60%)[9]。連邦政府職員が民主党の強固な地盤であるとは断言できないが、政治的に活動的な層に関しては、やはり民主党支持が優勢であるとは言えそうである。
なお、ピュー・リサーチ・センター社の今年1月の調査によれば、下院選挙区ごとの連邦政府職員数は、民主党選出区(平均10,800人)と共和党選出区(平均10,400人)で、ほぼ変わらない[10]。軍事基地が無い選挙区に限定しても、両者にはほとんど差がない(6,900人と6,700人)。つまり、連邦政府閉鎖の影響は、共和党議員の選挙区にも少なからず及んでいたと考えられる。ただし、政府閉鎖の際には、職員の所属や職種に応じて、政府閉鎖中の勤務継続が不可欠(vital)か否か等の判断が行われる。それらの判断には大統領には裁量の余地があり、今回の政府閉鎖の際にも、トランプ政権が支持層への政府閉鎖の影響を限定する配慮を行った可能性が指摘されている[11]。
政治活動制限の新たなガイダンス
国家公務員法及び人事院規則によって政治的行為が厳しく制限されている日本と比較すると、アメリカの連邦政府職員が市民として政治活動を行うことは、政治献金の勧誘や職権を用いた選挙干渉などの例外を除いて幅広く許容されている[12]。しかし、職場や職務における政治活動は重大な制約を受けるほか、ソーシャル・メディア等の普及によって新たな問題も生じている。
連邦政府職員の政治活動を規律しているのは、1939年に制定されたハッチ法である。ハッチ法は、職場や職務において、連邦政府職員が党派的政治活動に参加することを禁止している。その執行を担うのは独立行政機関の特別法務官局(Office of Special Counsel; OSC)であり、同法の適用に関する助言的意見を発する権限を有している。
昨年3月、OSCはトランプ大統領が2020年の大統領選挙の候補者であると認定し、連邦政府職員に対して、職場や職務中においてトランプ大統領の再選運動に関連する活動に従事することを禁止するガイダンスを発表した[13]。具体的には、トランプ再選への明示的な支持・反対だけでなく、「アメリカを再び偉大に(Make America Great Again; #MAGA)」や「トランプに抵抗する(#ResistTrump)」といったスローガンの着用や配布も禁じられるとした。またこの制限が、職務中のソーシャル・メディア上での表現に適用されることも明示されている[14]。
さらにOSCは、連邦政府職員からの照会への対応として、昨年11月27日に新たなガイダンスを発表した[15]。そこで示された内容は次のようなものである。
第一に、候補者の当落支援とは無関係に政権の政策や行動を批判または称賛することは政治活動とはみなされないが、政党や党派的公職候補者の当落を目的とした批判や称賛は政治活動である。第二に、「弾劾」は、大統領も含め連邦公職者を解職し、将来的な公職資格を剥奪する手続きであるため、選挙候補者の弾劾への支持ないし反対は、ハッチ法が禁じる政治活動に該当する(ただし党派的公職候補者でない人物が対象の場合は、弾劾を支持ないし反対しても、政治活動とはみなされない)。第三に、OSCがトランプ大統領を2020年大統領選挙の候補者と認定した以上、最近よく見られる「抵抗(resistance;#resist)」等の用語の使用は、トランプ氏の再選運動と無関係と示されない限り、ハッチ法が禁ずる政治活動と推定される(ただしこの推定は、連邦政府職員がその職務にある場合に限られたものであり、職務外や職場外での使用は自由である)。
二点目の但し書きが、トランプ大統領との関係では従来とは異なる問題を生じさせている。過去にもニクソン大統領やクリントン大統領が弾劾に近付いたが、いずれも2期目で再選の余地が無かったため、選挙候補者にはならなかった。それに対して、1期目のトランプ大統領は2020年大統領選挙の候補者であることから、連邦政府職員の意見表明に対してより強い制約が課される状況となっているのである。連邦政府職員組合は、職員の言論の自由を不必要に委縮させるものであるとして、概してこのガイダンスに対して批判的である[16]。
「獣を飢えさせる」
トランプ政権発足以降、連邦行政機関の多くで職員の著しい志気低下が見られるという意識調査結果が報告されている[17]。本来は政権の政策実現の手足となるべき連邦政府の有効性低下を厭わないトランプ政権の政治姿勢は、どのように理解すればよいのだろうか。
一つの考え方は、すでに触れたように、連邦政府内に潜む民主党勢力を弱め、政府職員の政権への忠誠心を高めるという観点である。二つ目の考え方は、上述の匿名論説からも推察されるように、連邦政府職員への攻勢が連邦政府の縮減に向けた有効な政治戦略であるという認識が持たれている可能性である。アメリカの財政保守派の政治戦略としてよく知られるキャッチフレーズに、「獣を飢えさせる(starve the beast)」という言葉がある。連邦政府(獣)の肥大化を食い止めるためには、そのエサとなる財源を断てばよい。つまり、減税を進めればよいという考え方である。そのアナロジーを用いるなら、トランプ政権による一連の対職員政策についても、獣の手足(連邦政府職員)を縛ることで、政府縮減というメタ政策が追求されているという見方もできるかもしれない。
[1] 無給勤務強制に対しては連邦政府職員組合の批判が強く、複数の訴訟が提起されている。違法性の根拠としては、①奴隷制や本人の意に反する苦役を禁止した合衆国憲法第13修正違反の疑い、②法の適正な手続き(デュー・プロセス)を定めた合衆国憲法第5修正違反の疑い、③最低賃金や時間外労働賃金を規定する公正労働基準法(FLSA)違反の疑い、が挙げられている。今回の政府閉鎖中の無給勤務への対応として、連邦議会は1月中旬に政府被用者公正待遇法を制定し、予算成立後に未払い分の給与が支給されることが保証されたが、政府閉鎖が将来再度発生した場合の無給勤務状態の発生は依然懸念されている。
[2] トランプ大統領の2018年12月27日ツイート(https://twitter.com/realDonaldTrump/status/1078260814157701121)。トランプ大統領が意図した対象が、予算未成立によって影響を受けるプログラムの受益者等という可能性もあるが、真意は不明である。
[3] https://dailycaller.com/2019/01/14/smoke-out-resistance/
[4] https://www.opensecrets.org/orgs/totals.php?id=D000000304&type=P&cycle=2018
[5] https://www.whitehouse.gov/briefings-statements/text-letter-president-speaker-house-representatives-president-senate-32/
[6] https://www.whitehouse.gov/wp-content/uploads/2018/02/ap_7_strengthening-fy2019.pdf
[7] Gallup, March 24, 2011. (https://news.gallup.com/poll/146786/democrats-lead-ranks-union-state-workers.aspx)
[8] Government Business Council, Government Executive 2016 Presidential Poll: October 28, 2016. (https://www.govexec.com/insights/reports/government-executive-2016-presidential-poll-october-28-2016/132721/)
[9] Phillip Bump, “What campaign contributions tell us about the partisanship of government employees,” Washington Post, December 27, 2018.
[10] Bradley Jones, “Democratic and Republican House members on average represent similar numbers of federal workers,” Pew Research Center, January 15, 2019. (http://www.pewresearch.org/fact-tank/2019/01/15/democratic-and-republican-house-members-on-average-represent-similar-numbers-of-federal-workers/)
[11] Steve Esack, “Q&A: Is it legal to force federal employees to work without pay?” The Morning Call, January 24, 2019.
[12] ただし、司法、治安、安全保障などの分野の職員には追加的な制約が課されている。
[13] https://osc.gov/Resources/Candidate%20Trump%20Hatch%20Act%20Guidance%203-5-2018.pdf
[14] https://osc.gov/Resources/HA%20Social%20Media%20FINAL%20r.pdf
[15]https://osc.gov/Resources/OSC%20November%2027%202018%20Guidance%20Extension%20and%20Clarification.pdf)
[16] Charles S. Clark, “Guidance Warning Feds Not to Discuss ‘Resistance’ or ‘Impeachment’ at Work Sparks Uproar,” Government Executive, November 30, 2018.
[17] Gregory Wallace and Aaron Kessler, “Tough times for many federal employees, new report finds,” CNN, December 12, 2018.