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党派的選挙区割り(ゲリマンダリング)をめぐる最高裁判所の新判決
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党派的選挙区割り(ゲリマンダリング)をめぐる最高裁判所の新判決

August 9, 2019

杏林大学総合政策学部専任講師
松井孝太


今年627日、アメリカ合衆国最高裁判所は、党派的選挙区割り(ゲリマンダリング)の合憲性に関して注目すべき新たな判決(以下Rucho判決)を下した[1]。本論考では判決の概要と、その背景及び影響について論じたい。 

党派的ゲリマンダリングとは何か

アメリカの選挙の大半は小選挙区制を用いており、2020年大統領選挙と同時に実施される連邦議会下院選挙でも、人口に比例して各州に配分される全米435の小選挙区から1名ずつ議員が選出される。連邦政府の選挙であるが、各州内の選挙区割りを策定する権限は、合衆国憲法によって各州議会に与えられている[2]。アメリカでは1960年代の最高裁判決により投票価値の平等(one person, one vote)が厳しく要求されており[3]、州政府は10年ごとの国勢調査の結果を受けて連邦議会下院や州議会の選挙区割り見直しを行うのが一般的である。

よく知られるように、有権者の支持政党割合が議席数に直接的に反映しやすい比例代表制に対して、小選挙区制では選挙区内の少数派票が死票となる傾向がある。そのため、各選挙区の人口を等しくするという制約の下でも、選挙区の境界線の引き方を工夫することによって、ある程度、特定の政党や人種に有利な選挙結果を生み出すことが可能である[4]。そのような意図的な選挙区割り操作を一般的にゲリマンダリング(gerrymandaring)と呼ぶ。図1は、党派的なゲリマンダリングの仮想事例を示したものである[5]。 

図 1:党派的ゲリマンダリングの仮想事例


上述のように、連邦下院の場合は各州に選挙区割りの権限があるため、州政府の多数党が自党に有利な選挙区割りを作成することがしばしば問題となってきた。今回のRucho判決事件では、ノース・カロライナ州とメリーランド州の有権者らが原告となり、それぞれの州の選挙区割りが合衆国憲法の修正第14条(平等保護)、修正第1条(結社の自由)、第1条第4節(選挙制度)、第1条第2節(下院議員選出)に違反していると主張した。原告らによれば、ノース・カロライナ州の選挙区割りは民主党を不当に差別するものであり(2016年選挙では共和党得票率53%で13議席中10議席を獲得)、逆にメリーランド州では共和党にとって不当に不利な選挙区割りとなっていた(同年、民主党得票率65%以下で8議席中7議席を獲得)。連邦地方裁判所は、党派的ゲリマンダリングの違憲性について原告らの主張を認めたため、合衆国最高裁判所に直接上訴された。

Rucho判決:党派的ゲリマンダリングの可否は司法判断ができない政治的問題

最高裁では、保守派裁判官5名(ロバーツ、トーマス、アリート、ゴーサッチ、カバノー)が法廷意見を示し、リベラル派裁判官の4名(ケーガン、ギンズバーグ、ブライヤー、ソトマイヨール)が反対意見を出すいう、明確な党派的判決となった。

判決の結論を述べると、ロバーツ裁判官らの法廷意見は、ノース・カロライナ州などの選挙区割りを違憲とする原告らの主張を認めなかった。党派的ゲリマンダリングが、連邦裁判所による司法判断に適さない政治的問題(nonjusticiable political question)だからというのがその理由である。ある選挙区割りが過剰な党派的ゲリマンダリングであるのか否かに関して、明確かつ裁判所が運用可能な基準を見つけ出すことは不可能であるという。

もっとも、選挙区割りの問題に関して最高裁がこれまで全く司法判断を行ってこなかったわけではない。1962年の画期的なBaker判決[6]では、厳密な11票ルールを示し、選挙区間の人口平等を各州に求めた。また1995年のMiller判決[7]では、選挙区割りの策定において人種を最重要要素として考慮すること(人種的ゲリマンダリング)が、憲法の平等保護に反すると判示した。

しかしRucho判決の法廷意見によれば、最高裁が司法判断を示したこれらの事件と、今回の党派的ゲリマンダリングの事件には、大きな違いがある。投票価値格差の事件において裁判所による司法判断が可能だったのは、有権者の票がすべて同じ重みを持たなくてはならないという明確な平等保護権の問題が存在したからである。しかし、その論理が政党にまで拡張されることはない。合衆国憲法は比例代表制を要請しておらず、自らが支持する政党が州全体の支持率に見合った議席数を確実に獲得できるようにする権利が各有権者にあるとは言えないのである。また人種的ゲリマンダリングの場合は、人種を基にした意思決定という本質的に疑わしい意図があるため、裁判所は人種による区別の廃止を求めることができた。しかし、党派的ゲリマンダリングに関して、裁判所が党派性の廃止を要求することはできない。憲法が選挙区割りの決定を政治部門に委ねていることからも、党派的利害の考慮はある程度想定されていると考えられるのである。

党派的ゲリマンダリングを裁判所が解決するためには、明確・運用可能かつ政治的に中立な基準が必要である。しかし選挙区割りに関して何が公平と言えるのかは明らかでない[8]。競争的な選挙区の数を増やすことなのか、各政党が「適切」な割合の安全選挙区を確保できるようにすることなのか、あるいは各州が定める選挙区割り基準(コンパクトかつ飛び地がない等)への遵守の程度によって測定すべきなのか。これら異なる見解の選択は法的問題ではなく政治的問題である。そもそも特定の選挙区割りが将来の選挙でどのように機能するのかを裁判官が正確に予測することは困難であり、憲法判断を司法の専門性の外にある不安定な根拠に基づかせる危険性がある。

行き過ぎた党派的ゲリマンダリングが問題でないとは言えないが、その改革は、州の憲法改正や立法、連邦議会による関与など、憲法起草者たちが確立した政治的方法によって行うべきである。裁判所が党派的ゲリマンダリングの問題を解決しなくてはならないという原告及び反対意見の要求は、前例のない司法権の拡大をもたらすものである。

以上が、Rucho判決の大まかな内容である。これに対し、ケーガンらリベラル派の裁判官4人が反対意見を付している。反対意見は、党派的ゲリマンダリングが、政治過程への平等な参加という最も基本的な権利を侵害する民主主義への脅威であり、過剰な党派的ゲリマンダンリングに関しては裁判所による司法判断が可能であると主張する。 

最高裁判所の保守化と今後の選挙への影響

実は、党派的ゲリマンダリングの訴えが退けられた最高裁判決は、今回が初めてではない。ペンシルベニア州議会の選挙区割りが問題となった2004年の事件[9]では、保守派裁判官4人とリベラル派裁判官4人の間で意見が割れ、比較的中道寄りのケネディ裁判官が保守派4人の判決結果に同意したため、党派的ゲリマンダリングの訴えが認められなかった。しかし、リベラル派4人とケネディ裁判官は、党派的ゲリマンダリングは司法判断が可能な問題であるとしており、またケネディ単独意見では、将来的には裁判所が運用可能な判断基準が作り出されるという可能性が示唆されていた。

昨年の筆者の論考でも紹介したように、昨年7月にケネディ裁判官が引退し、保守派のカバノー裁判官が就任したことにより、最高裁は保守派多数の性格をより明確に帯びるようになっている。あくまで仮定に過ぎないが、仮にオバマ政権期に最高裁判事の任命が行われていれば、今回の事件でも党派的ゲリマンダリングが司法判断可能であるという判決が下されていた可能性がある。その意味でも、トランプ政権の誕生は、アメリカの司法に対して重大かつ長期的なインパクトを与えるものであったと言えよう。

ところで、今回の判決は、今後の選挙との関連でどのような意味を持つのだろうか。

まず、どの政党が州議会を支配するのかが、全国政治との関連でも引き続き重要になる。次回の国勢調査は2020年に実施されるため、2020年州議会選挙の動向は特に注目される。図2が示すように、近年は共和党が議会多数党となっている州が多く、この傾向が続けば、短中期的には連邦議会下院においても共和党にアドバンテージを与える可能性がある。

さらに、党派的ゲリマンダリングの深刻度を調査した研究者らの報告によれば、民主党議会による選挙区割りよりも、共和党議会が作成した選挙区割りの方が、より自党有利な選挙結果を生み出しやすいものとなっているという。その理由としては、民主党支持者が都市部に偏在する傾向があるために、共和党に有利なゲリマンダリングが比較的容易に出来るという可能性が指摘されている[10]

また周知のように、近年のアメリカではイデオロギー的分極化と党派対立の激化によって超党派的な政策決定が困難になっているが、その要因が党派的ゲリマンダリングであるという仮説がある。他方で、分極化のメカニズムは複雑であり、党派的ゲリマンダリングによる説明には限界があるとする有力な見解もある[11]。党派的ゲリマンダリングが議会政治に与える厳密な影響についてはなお検証の必要性があるが、露骨なゲリマンダリングの蔓延が有権者の政治不信を増幅するといった可能性は否定できないであろう。

図 2:州議会の多数党である州の数

党派的ゲリマンダリング抑制の試みと限界

近年、有権者の党派性や投票行動に関して利用可能なデータの質的・量的進歩によって、ゲリマンダリングの精度もかつてなく向上している。そのような状況にあって、いくつかの州では、州民投票による州憲法の改正や立法によって、党派的ゲリマンダリングを抑制する取り組みが行われている。201811月には、コロラド州とミシガン州で、連邦議会下院と州議会の選挙区割りの責任を担う委員会を創設する州憲法改正が行われた。またミズーリ州では、州議会選挙区割りを作成する州人口統計官の役職が新たに創設された[12]

また連邦レベルでも、州による選挙区割り方法に一定の制約を課したり、州に対して選挙区割り策定を担う独立委員会の設置を求める法案が繰り返し議会に提出されている。とは言え、ケーガン裁判官らが反対意見の中で指摘しているように、再選動機を持つ議員自身による党派的ゲリマンダリングの抑制には自ずと限界がある。現に、連邦議会で提出されたゲリマンダリング対策法案は、いずれも可決に至っていない。

今回のRucho判決は、党派的ゲリマンダリングの是正に関して、現在のメンバー構成の最高裁が積極的な役割を果たす可能性が低いということを明らかした。繰り返しになるが、大統領は最高裁判事の任命を通じて司法府の世界に自らの任期を超えた長期的影響を与えることができる。誰が最高裁判事の指名権を得るのかという観点からも、2020年大統領選挙の今後の展開が注目される。

 


[1] Rucho v. Common Cause, 588 U.S.  (2019)

[2] ただし合衆国憲法は、州政府に対する抑制手段として、連邦議会にも関与する権限を与えている。憲法第1条第4節第1項「上院議員および下院議員の選挙を行う日時、場所、方法は、各々の州においてその立法部が定める。但し、連邦議会は何時でも、上院議員を選出する場所に関する事項を除き、法律によりかかる規則を制定し、または変更することができる」(アメリカンセンターJapanによる訳)

[3] ただし投票価値の平等が徹底されているのはあくまで州内の選挙区割りである点には注意が必要である。連邦議会下院の場合、選挙区の平均人口は710,767人(2010年)であるが、選挙区が州境をまたぐことができず、また各州に最低1議席を配分することが憲法上定められている結果、2議席が配分されたロードアイランド州の選挙区(2010年:527,624人)と1議席が配分されたモンタナ州の選挙区(2010年:994,416)の間には約1.88倍の投票価値較差がある。

[4] 日本の衆議院の場合、衆議院議員選挙区画定審議会が選挙区割りを審議して内閣総理大臣に勧告し、総理大臣が国会に提出して審議に付される。原則的には大都市を除いて市区町村を分割しないことが方針とされており、また有権者の党派性について都道府県内の地域的偏在がそれほど明確でないためか、党派的ゲリマンダリングは大きな争点となっていないように見受けられる。しかしそれ以上に、選挙区間の投票価値平等(定数不均衡問題)に関してさほど厳しい司法判断が行われていないことが問題視されている。最高裁平成301219日大法廷判決は、選挙制度の仕組みの決定については「国会に広範な裁量が認められて」おり、「裁量権を考慮してもなおその限界を超えており、これを是認することができない場合に、初めてこれが憲法に違反することになる」として、2倍近い最大較差による選挙も合憲であるとした。

[5] 人種や党派などの様々な要求に従いながら選挙区の境界線を引くゲリマンダリングを実際に体験できるオンライン・ゲーム(The ReDistricting Game)が、南カリフォルニア大学の研究者らによって公開されている(http://www.redistrictinggame.org/game.php)。改革案などに関する情報も豊富でありお勧めしたい。

[6] Baker v. Carr, 369 U.S. 186 (1962)

[7] Miller v. Johnson, 515 U.S. 900 (1995)

[8] 法廷意見はこのように述べるが、政治学者の多くは、ある選挙区割りが党派的対称性(partisan symmetry)を有しているか否かで選挙区割りの公平性を判断すべきという点で合意している。例えば、共和党が55%の票を獲得した場合の議席割合が60%であれば、民主党が55%の票を獲得した時もやはり60%の議席を獲得できるようになっていないと「公平」な選挙区割りとは言えない。わかりやすい解説として、Gary King. Edited transcript of a talk on Partisan Symmetry at the 'Redistricting and Representation Forum'.” Bulletin of the American Academy of Arts and Sciences, Winter 2018, pp. 55-58.(http://j.mp/2hSaZyC)

[9] Vieth v. Jubelirer, 541 U.S. 267 (2004)

[10] Alex Keena et al., “Here’s How to Fix Partisan Gerrymandering, Now That the Supreme Court Kicked It Back to the States,” The Washington Post, July 2, 2019. (https://www.washingtonpost.com/politics/2019/07/02/heres-how-fix-partisan-gerrymandering-now-that-supreme-court-kicked-it-back-states/?utm_term=.0875521ff757)

[11] 例えば、Nolan McCarty, Keith T. Poole, and Howard Rosenthal. (2009) "Does Gerrymandering Cause Polarization?" American Journal of Political Science. Vol. 53, No.3。わかりやすい例では、州全体が選挙区であるためゲリマンダリングが問題にならない上院でも分極化が観察される事実が、ゲリマンダリング以外のメカニズムの存在を示唆している。

[12] コロラド州をはじめとする各州の取り組みについては次の記事に紹介がある。Jesse Paul, Despite U.S. Supreme Court Ruling, Redistricting Reforms Are Already Taking Root in Many States. Colorado is One of Them,” The Colorado Sun, June 29, 2017. (https://coloradosun.com/2019/06/27/colorado-redistricting-2022-reform-supreme-court-ruling/)

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