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【経済論文レビュー第2回】個々人の選択は科学的な結果を変えるか?
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【経済論文レビュー第2回】個々人の選択は科学的な結果を変えるか?

September 25, 2019

今回は下記論文を取り上げます。

Oster, Emily. Behavioral Feedback: Do Individual Choices Influence Scientific Results?. 
presented at NBER Summer Institute 2019.

前回紹介した論文(Hjort, J. et al., “How Research Affects Policy: Experimental Evidence from 2,150 Brazilian Municipalities”)では、政策効果に関する研究結果を政策担当者に伝えることで政策が変わりうることを、ブラジルの2,150の自治体の首長を対象とした実験結果に基づいて示しています。しかしながら、政策効果に関する研究には、その性質上、用いるデータにバイアスがかかっている可能性が常に存在します。もし、バイアスのある研究に基づいて推奨される政策が優れたパフォーマンスを上げている自治体で採用されたら、その政策と自治体のパフォーマンスとの間に相関が発生します。つまり、バイアスのある政策が、優れたパフォーマンスを上げると誤解される可能性があるのです。今回紹介する論文では、文脈は異なりますが、健康に関する研究結果が個々人の選択により歪められる可能性について実証分析しています。

要約

  • ある特定の行動が健康によいことを示す研究結果を受けて、健康志向の人がその行動をとるようになると、結果としてその行動と健康の関係にバイアスがもたらされるメカニズムを実証する
  • ビタミンEの摂取に健康効果があることを示す研究結果が発表された1993年以降、喫煙せず、適度な運動をし、食生活を気に掛ける人がビタミンEを摂取する傾向にあり、逆にビタミンE摂取の効果が否定された2004年以降、その傾向は弱まった
  • このメカニズムを示すことによって、ビタミンEの摂取と死亡率の関係が歪められた可能性を示唆する

ビタミンEの事例

この論文ではいくつかの事例を扱っていますが、ここではビタミンEの事例を紹介します。

1993年にビタミンEの摂取が心臓疾患による死亡リスクを低下させるとの研究結果が米国の権威ある医学誌で報告されます。しかしその後、2004年にはまったく逆に、ビタミンEの過剰摂取は死亡率を高めるとのメタアナリシスに基づく研究結果が報告されました。これらの研究結果に対応するように、米国人1人あたりのビタミンEサプリメントの摂取量は1993年以降上昇し、2004年を境に減少傾向に転じます(論文の図1参照)。

この論文では、まず初めにビタミンE摂取量と他の健康に関わる行動との関係を見ることで、ビタミンEの効果を示す研究結果が明らかになってそれを摂取するようになった人は、それ以前から摂取していた人と属性が異なることを明らかにします。論文の図2では、ビタミンEの摂取量と健康に関わる行動との相関を時系列にプロットしています。ビタミンEの摂取量と喫煙の相関は、1993年以前にはゼロに近い値だったのが、同年に心臓病リスク減の効果が喧伝されると負の値に転じ、2004年に心臓病リスクを増大させる可能性が指摘されると再びゼロ近くに戻っています。運動や食生活も同様に、ビタミンE摂取量との相関は1993年以降高まり、2004年以降低下しています。このことは、ビタミンE摂取の効果を示す研究結果が明らかになって、喫煙せず、適度な運動をし、野菜を多く摂取する人がビタミンEを摂取するようになった可能性を示しています。

次に、この論文ではビタミンEの効果を示す研究結果が明らかになって、それを摂取する人の属性が変わったことが、ビタミンEの摂取と健康のみせかけの相関関係に影響を与えたことを確認しています。ここでは看護師の健康調査(Nurses' Health Study, NHS)のデータを用い、ビタミンEの摂取と回答者の2年後の死亡率の相関をみています。その結果、ビタミンEを摂取する人の死亡率は、それを摂取しない人に比べ、1993年以前は10%程度低かったのに対し、1993~2004年は20~30%程度低くなり、2004年以降は再び10%程度に戻っています。つまり、ビタミンEの摂取を奨励する研究によって生み出された疑似的な相関関係がかなり強かったことを示唆しています。

より精緻な実証分析の必要性

この論文では、研究対象が生きた社会であるがゆえに生じる、研究結果から個々人の選択への、そして個々人の選択から研究結果へのダイナミクスの存在を実証しています。これは社会科学においてより精緻な実証分析が必要とされていることを示しています。ただデータをプロットし、相関係数をみるだけでなく、理論とデータを用いた精緻な実証分析が政策形成にも必要になっていくのではないでしょうか。

    • 猪野明生/Akio Ino
    • 元東京財団政策研究所リサーチアソシエイト
    • 猪野 明生
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