ポール・J・サンダース
米センター・フォー・ザ・ナショナル・インタレスト 上席研究員
米エネルギー・イノベーション・リフォーム・プロジェクト プレジデント
気候変動対策をめぐる国際協議が難航している。今秋の米大統領選挙後に新大統領が気候変動交渉に再び参加し、停滞しているプロセスが活性化する可能性があるにもかかわらず、各国がさらに野心的な温室効果ガス排出削減目標に合意する見込みは極めて低い。問題の根は深く、克服するのは容易ではない。仮に米国のリーダーシップが各国の行動を促したとしても、その効果は限定的だろう。温室効果ガス排出削減を進めるためには、すべての国が新たな目標と戦略を検討する必要がある。
昨年12月にスペイン・マドリッドで2週間にわたって開催された国連気候変動枠組条約第25回締約国会議(COP25)では、より厳しい排出削減を求める枠組みに基づいて気候変動対策を進めることの難しさが浮き彫りになった。参加国は排出量の算定方法に関するルールについても、国際的な排出量取引に関するルールについても合意するに至らなかった。排出量の算定方法で合意できなかったのは、ブラジル、中国、インドなどの主要排出国と、EU加盟国および開発途上の島嶼諸国との意見の隔たりが埋まらなかったためである。
COP25で十分な成果が得られなかったことについて、メディアは主要排出国やトランプ政権によるパリ協定離脱決定に批判の矛先を向けるとともに、「新しいことを決めるなら米大統領選挙の結果を見てから」という各国の姿勢にも責任があると非難した。これらの批判は確かに的を射ている。だが現実はもっと複雑だ。
何が排出削減交渉を妨げているのか?
パリ協定の柱である各国の自主目標を含め、温室効果ガス排出削減交渉における最大の問題の一つは、求める利益や優先順位が国によって違うという点にある。政治学者に言わせれば、気候変動問題は「コモンズ(共有地)の悲劇」の典型例だ。「コモンズの悲劇」とは、19世紀の英国の牧夫の行動―牧夫たちがコモンズを利用するにあたり、利用者同士が協力して利用を制限すれば全員が利益を得られるにもかかわらず、それぞれが家畜に自由に草を食べさせた結果、牧草はなくなり、家畜が飢えてしまった―にちなんで名づけられた、集団行動で生じる問題を指す。この問題を解決するには、話し合いをするだけでは不十分で、人間の本性を変えるか、それが無理ならせめて世界の文化を変える必要がある。それを成し遂げることは不可能ではないだろう。ただし長い時間がかかり、その間にも気候変動は進む。
もう一つの問題は、気候変動問題に対する責任と能力のレベルが国によって異なることである。京都議定書は、1992年の国連気候変動枠組条約に基づいて1997年に開催されたCOP3で採択されたが、その核となるのが「差異のある責任」の原則である。先進国が途上国よりも(少なくともこれまでの)気候変動に対して大きな責任を負っているという点に議論の余地はなく、京都議定書に署名、批准した先進国は、気候変動に対する責任が小さな途上国よりも問題に積極的に取り組む必要があると認めた。だが「差異のある責任」が何を意味し、先進国は途上国に対してどれだけ経済的な支援をすべきなのかという点に関する議論は、この先も続くだろう。中国、インド、ブラジルなどの途上国が豊かな国になりつつあり、温室効果ガスの主要排出国になっているという事実も、問題を一層複雑にしている。
これらの問題は、たとえ米国の新しい大統領が気候変動問題への取り組みを強化したとしても解決されるわけではない。私たちはすでにそのことを知っている。なぜなら、米国にはかつて気候変動問題に積極的に取り組んだ大統領がいたからだ。2009年1月から2017年1月までの8年間、大統領を務めたバラク・オバマ氏である。オバマ前大統領は、米国内でも国際的にも、温室効果ガス排出量の大幅削減を合意に導くことができなかった。任期最初の2年間は上下両院で民主党が多数党だったにもかかわらずだ。オバマ前大統領も議会民主党も、気候変動を憂慮してはいたが、2007~2008年の世界金融危機に対応した景気刺激策、医療保険制度改革、移民政策など、国内の課題を優先したのだ。
民主党の気候変動政策案に対する共和党の反対もあり、結局オバマ前政権は2015年のパリ協定について、国際的な条約として上院の承認を得ることなく、行政協定として締結した。このことが結果的には、トランプ大統領によるパリ協定の離脱表明を容易にした。
議会共和党はエネルギー政策や気候政策において譲歩の姿勢を見せ始めているが、仮に今後民主党政権が誕生し、民主党が多数党になったとしても、共和党は新たに制定される法律に対して大きな影響力を持つはずだ。そうした状況下で法律が成立しても、米国が国際交渉において大きな力を発揮できるとは考えづらく、米国の交渉担当者が苦しむことになるだろう。しかもこれは「さらなる排出量削減に向けた話し合いの場で米国がリーダーシップを取る」という最善のシナリオに基づいた予測であって、トランプ大統領が再選を果たすか、あるいは再選されなくても共和党が上院の多数党であり続ける可能性は十分にあるのだ。
オバマ前大統領がパリ協定の採択に重要な役割を果たしたことは間違いない。しかし同時に、環境活動家がパリ協定と同協定の下で締約国が提出する自主削減目標「自国が決定する貢献(NDC)」に深い失望を示したことも忘れてはならない。パリ協定ではNDCという仕組みによって、先進国と途上国との差異および豊かな途上国とそれ以外の国々との差異が覆い隠され、問題は解決されることなく先送りにされた。そしてCOP25を見れば分かるとおり、問題を解決するのは容易なことではない。パリ協定が示すように、米国のリーダーシップは限られた範囲での妥協を促しはするが、他の参加国、とりわけ今や米国の約2倍の温室効果ガスを排出する中国から大幅な譲歩を引き出すことは不可能なのだ。
今、私たちがするべきこととは
気候変動がもたらす最悪の結果を避けるためには、急ピッチで温室効果ガスを削減していく必要がある。それを考えると、今後の排出削減交渉は極めて困難なものになるだろう。だが私たちはあきらめることなく、気候変動問題への新たなアプローチを考えていかなければならない。最も現実的な選択肢は、温室効果ガスの排出量が低いかゼロのエネルギー技術の開発と普及を加速させることだろう。
温室効果ガス排出量を制限するという国際的な合意の形成を目指すことは、排出削減に向けた取り組みの方向性として正しいとは言えない。それよりも重要なのは、安価なエネルギー技術を開発し、全世界に速やかに普及させることだ。実際、そうした技術がなければ、排出量を削減またはゼロにするという合意を実現することはできない。つまり気候変動対策を推進する上で求められているのは、排出削減交渉ではなく、低コストでクリーンなエネルギー技術なのだ。そうしたエネルギーの開発・普及の加速化は、京都議定書とパリ協定では間接的にしか求められておらず、今後採択されるであろう新たな枠組みにおいても同様だろう。だが必要なのは、国レベルでの研究開発の強化、国際的な共同研究の拡大、そして国境を越えたエネルギー技術の取引と投資(用地の確保、建設・製造、利用などに関するルールと基準に基づく)の緩和に向けた具体的な計画だ。
世界のエネルギーシステムは巨大でコストがかかるうえ、日々拡大し続けている。気候変動を技術面から解決しようとするのは簡単なことではない。しかし外交だけで気候変動問題を解決することはできないが、技術は外交抜きでも確実に気候変動問題の解決に貢献できる。