1 第四回研究会の目的
第四回研究会が、10月5日、開催された。第四回研究会のテーマは、現代アメリカの外交政策においてきわめて重要な位置を占める、国防総省の人脈や、国防総省を中心とした情報戦略についてであり、研究メンバーの川上高司氏(拓殖大学)、秋元千明氏(NHK解説委員)の両氏によって、報告が行われた。
国防総省(United States Department of Defense)とは、アメリカの国防や軍事を管轄する行政機関であり、しばしば「ペンタゴン」とも呼ばれる。ブッシュ政権のこれまでの外交政策、さらには今後のアメリカ外交を理解する上では、この国防総省においてどのような人事が行われ、またそれがいかなる変容を遂げてきたのか、という点について理解することは不可欠である。たとえば、アメリカの対イラク政策は、ラムズフェルドの国防長官就任、ウォルフォウイッツなどネオコンの台頭と衰退、そして中間選挙での大敗に伴うゲイツ長官の就任、などの流れを抜きにしては理解できない。また、9.11テロ事件から、イラク戦争にいたるアメリカの外交政策においては、情報の収集・解析・統合といった一連の戦略がきわめて重要な位置を占めるにいたっている。そして、こうしたアメリカの情報戦略を理解するにあたっても、国防総省を中心とする情報コミュニティの役割について理解することが不可欠である。
第四回研究会では、このように、アメリカ外交においてきわめて重要なな位置を占める国防総省の役割とその変容に焦点をあてつつ、ブッシュ外交の特質と今後についての包括的な検討が行われた。
2 第一報告「国防総省の変革を巡る人脈」(川上高司氏)
まず川上氏により、「国防総省の変革を巡る人脈」と題された報告が行われた。報告は、ブッシュ政権下の国防総省人事が、対イラク戦争・対イラク政策の展開によって、大きく規定されてきた、との立場から、その変遷過程について考察したものであった。具体的には、ブッシュ政権下での国防総省人事を、?第一期:ラムズフェルド長官前期、?第二期:ラムズフェルド長官後期、?第三期:ゲイツ長官期、という三つの時期に分類し、それぞれの特質についての検討が行われた。
このうち、第一期は、ポール・ウォルフォウイッツが国防副長官に、ダグラス・ファイスが国防次官に就任するなど、国防総省人事はネオコンを中心とした人脈によって構成され、それがアメリカの外交政策に大きな影響を与えた。たとえば、2002年の1月に、ブッシュ大統領は、イラク、イラン、北朝鮮の三国を「悪の枢軸」と批判し、また同年九月には、ウェストポイント演説においていわゆる「ブッシュ・ドクトリン」を打ち出し、そのなかで先制攻撃論を公にするが、それらは極めてネオコン色の濃い内容だった。とりわけウォルフォウイッツは、かなり以前からPNACなどでの活動を通じて、いかにイラク戦争に踏み切るかという点について周到な計画を練っており、それがブッシュ外交に大きなインパクトを与えたといえる。国防総省内のイラク作戦局としては、特に特別計画局(OSP)が新たに創設され重要な役割を果たした。しばしばアメリカは、イラクにおける具体的な復興プランなしに、戦争に踏み切ったのではないかとの批判があるが、実際にはそうではなく、国防総省の中でも当初から検討はなされてきた。しかしその後、イラク情勢は悪化の一途をたどり、徐々に先行きの見えない状況に陥ってしまった。
こうしたイラク情勢の悪化に伴い、国防総省人事も刷新を迫られることになる。ウォルフォウイッツが2005年の3月に世界銀行総裁に転任し、ファイスも国防総省を去るなど、第一期と比較してネオコン色は後退することになった。ここに第二期がはじまるわけであるが、とりわけ国防総省を実質的に仕切ってきたウォルフォウイッツが辞任したことによって、人事上の権限は新たにラムズフェルドに集中することになった。ラムズフェルドは、実務集団を中心に人事をおこなう一方で、次官、補佐官などに彼に近い側近を積極的に起用した。また軍人人脈をフル活用した人事を展開した。これによって、国防総省におけるラムズフェルド体制は強固なものとなる。しかし、その後イラク情勢はさらに泥沼化し、その影響から、2006年中間選挙において、共和党は上下院で多数を失うという大敗を喫する。その結果、ラムズフェルドは退任に追い込まれ、代わってロバート・ゲイツが新たに国防長官に就任することになった。
ゲイツは、ラムズフェルド人脈の慎重な切り崩しを図り、現実主義路線を重視するなど、その国防総省人事は一定の転換をみた。しかし政権内では、チェイニーなどネオコンや強硬派が、いまだ影響力を保持している点も否めない。この点は、現在、国防総省の矛先が、新たにイランへの制裁に向かっている点からも明らかである。実際、国防総省内には新たにイラン部が創設されるなど、イランへのブッシュ・ドクトリンの適応の可能性もある。イスラエルの安全保障や、反米強硬派であるアフマデネジャド大統領の失脚、イラクに対する介入(シーア派への支援など)の阻止などを目的に、近いうちに、アメリカがイランを空爆するのではないか、という憶測も消えない。ただし、米軍は対イラク戦争で疲弊しており、また退役軍人がイラン攻撃を阻止しようという動きをみせるなど、今後の対イラン政策の見通しは未だ不透明である。
3 第二報告「米国の情報戦略と情報機関」(秋元千明氏)
続いて秋元氏が、「米国の情報戦略と情報機関」と題された報告を行った。アメリカでは、1947年の国家安全保障法以降、各政府機関がそれぞれ独自の情報コミュニティを育んできた。実際、現在では16の機関が存在しているが、それらの情報を全体的に統括する中央情報長官の権限は過去、明確ではなかった。情報機関のなかでとりわけ大きな位置を占めてきたのが国防総省である。複数の情報機関を管理するとともに、圧倒的な情報収集能力を誇り、コミュニティ全体の85%の予算を管理してきたからである。この国防総省は、2001年の同時多発テロ事件以降、情報担当の国防次官ポストを新設するなど、独自に情報収集能力を強化するための改革に乗り出してきた。一般的に、情報活動は、IMINT(画像諜報), SIGINT(通信諜報), HUMINT(人間諜報)の三つの大別することができる。このうち、CIA・中央情報局は伝統的に、HUMINTを重視してきたのに対して、国防総省管理下の情報機関は他の二つを重視してきた。そして、CIAはHUMINTで得た情報を、他の情報機関、特に国防総省に提供することに消極的な姿勢をとってきた。情報の内容が非常に機微であるうえ、情報が少しでも政府の外部に漏洩すれば、金と時間をかけて開拓した情報源が一瞬にして消え失せるからである。
ところが、このように各情報機関がばらばらに活動する状況は、9.11同時多発テロ事件によって、大きく見直しを迫られることになる。2001年10月には、ホワイトハウスに、OHS・国土安全保障室とHSC・国土安全保障会議が設置された。そして、その後それらは、各省庁からの情報やテロの専門家を集めた、国土安全保障省に発展していくことになる。またアメリカ軍も本土を防衛するため北方軍を創設し、さらにCIAにはTTIC・テロ脅威総合センター、FBIにはTSC・テロリスト評価センターが新たに設置され、いずれも各省庁間を横断的に結ぶセンターとして発展していく。加えて、2003年のイラク戦争で、イラクの核兵器開発疑惑やイラクとアルカイダとの連携関係などの情報が、結果的に誤りであることが明らかとなり、この問題について調査するための独立調査委員会が2004年2月に発足した。
その後、2004年12月には情報機関改革法が成立、アメリカの情報コミュニティは、大きく改革されることになる。その結果、情報コミュニティを全体的に指揮する国家情報長官のポストが新たに創設された。このポストは、大統領の直属で、国家安全保障会議などへの助言、情報活動全体の年次計画、各情報機関への予算配分や重要ポストの人事決定などを行う権限を持っている。また、議会の監督権が存在しない情報活動予算の70%が、新たに国家情報長官によって管理されることになった。この国家情報長官は、各省庁や情報機関を束ねて、情報活動に関する様々な委員会や会議を開催しているが、その最も重要な仕事は、?PDB(the President’s Daily Brief/大統領日報)、?NIE(National Intelligence Estimates/国家情報評価)、?SEIB(the Senior Executive Intelligence Brief/上級行政官情報報告)、?MID(the Military Intelligence Brief/軍事情報報告)という四種類の秘密報告書の作成と報告である。 また、伝統的に、情報機関は地域別に配置された専門家が情報を分析する傾向にあるが、新たに問題の分野別に情報を集約し、分析するセンターも創設された。
これらアメリカの情報戦略、情報機関における改革は、まだ発展途上の段階であり、現時点で最終的な評価を下すことは困難である。しかし、その問題点として、以下の三点を指摘することができる。第一は、スリム化、効率化による弊害である。改革によって、情報機関は組織としてはスリム化した。しかし、一元的な組織は、管理する側からみれば効率的であるが、それが本当に情報収集力の向上につながるかどうかは疑わしい。第二に、伝統的なHUMINTの能力不足である。すでにこの分野での情報収集力の不足は、ベトナム戦争当時から指摘されてきた。その背景要因としては、人脈確保の手段として資金だけに頼りすぎる傾向があるため、情報源が長続きしないこと、伝統的にアメリカ社会は技術を過信する傾向があること、イギリスの情報機関との間に深い関係性があること、などの点が指摘されている。そして、第三は、情報機関へのスパイ潜入の危険性である。情報作戦の対象がテロ中心となってから、情報の収集や分析にあたるスタッフの人員不足が深刻化している。とりわけ、アラビア語などの言語に精通したイスラム系のスタッフを多数募集しているが、その中にテロ組織と関係のある人物が入り込む危険性がある。
4 質疑応答
報告後、参加者との間で、質疑応答が行われた。
川上氏の報告については、ブッシュ政権がイラン攻撃を行う可能性はどの程度あるのか、行うとすればいかなるタイミングのもとに行うのか、イランを攻撃するとしたら、その理由として最も重要なのは、核開発問題というよりも、イラクへの介入を防ぐ点にあるのか、より根本的に、攻撃の大義名分は立てることは可能なのか、イラン攻撃は大統領選を戦う上での共和党の戦略とどのように関係しているのか、攻撃の手段としてはやはり空爆しかないのか、ヨーロッパ諸国はイラン攻撃に反対するのではないか、ヒズボラ、ハマスなどの反発を考えれば、イラン攻撃のリスクはあまりに高いのではないか、イランの核開発はどの程度進んでいるのか、とった質問がなされた。
これに対して、秋元氏の報告については、アメリカの情報機関においては、情報をシェアするカルチャーがあまり存在しないが、それは出し惜しみのためなのか、こうした状況は現在改善されているのか、同時多発テロ以降、情報戦略や情報機関は統合化に向かっているとされるが、それは正しいのか、それは根本的には多元的であるべきではないか、ロシアや中国と比較した場合の、アメリカの情報機関の特質とは何か、現在の議会と情報機関との関係性のあり方、すなわち議会による情報活動に対する監督権限が不在な点に問題はないのか、不足しているとされるが、アメリカにもHUMID能力は存在するのではないか、イランによるイラクへの介入を裏付ける情報は存在するのか、アメリカとイギリスの情報機関の間には、イラン攻撃に対して温度差が存在するのではないか、情報戦略における情報収集と情報分析との関係性とはいかなるものか、といった質問がなされた。
文責:天野 拓