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第8回 現代アメリカ研究会報告

March 24, 2008

1 第八回研究会の目的

第八回研究会が、3月10日に開催された。第八回研究会のテーマは、共和党の大統領選挙に向けた戦略と、民主、共和両党の予備選挙候補者の掲げる財政政策についてであり、本プロジェクト研究メンバーの吉原欽一氏、中林美恵子氏によって、報告が行われた。周知のように、すでに共和党側では、ジョン・マケインが本選挙候補者に選出された。ではマケインは、なぜ予備選挙を勝ち抜いたのだろうか。さらに共和党は、大統領選に向けてどのような戦略を打ち出そうとしているのだろうか。また今回の大統領選では、ベビーブーマー世代の退職を控えて、連邦財政が逼迫する中、財政政策がますます重要な政治的争点となりつつある。では、民主、共和両党は具体的にどのような政策を打ち出しており、その違いとは何か。第八回研究会では、以上のような、現在行われている2008年大統領選挙をめぐるイデオロギー対立の構図を考える上で極めて重要な諸テーマについて、包括的な検討が行われた。

2 第一報告「2008年アメリカ大統領選挙の展望―共和党の大統領選挙戦略について―」(吉原欽一氏)

まず吉原氏により、「2008年アメリカ大統領選挙の展望―共和党の大統領選挙戦略について―」と題された報告が行われた。報告は、まず共和党が現在置かれている現状についての考察から始まった。2006年中間選挙で共和党は大敗を喫し、多数の議席を失うとともに、知事選挙や州議会選挙でも敗北した。こうしたなか、2008年も「民主党の年」になることが予測され、共和党はまさに危機的な状況に直面している。その背景に存在するのは、イラク戦争の泥沼化だけではない。1994年以降2006年までにピークに達した観のある保守主義運動は、なによりも共和党のスキャンダルの影響を大きく受けていることである。

こうした危機的状況のなか、2008年大統領本選挙の候補者として、ジョン・マケインが選出された。ではなぜ、マケインは予備選挙に勝利できたのだろうか。重要なのは、2007年の7月に、主要なスタッフの入れ替えが行われた点である。具体的には、ジョン・ウィーバー(John Weaver)とテリー・ネルソン(Terry Nelson)が辞任するとともに、新たにリック・デービス(Rick Davis)が大統領選挙対策マネージャーに就任したことである。ウィーバーらは、2000年にマケインが出馬した時の選挙スタッフでもあり、いわば彼と一心同体とでもいうべき存在であった。しかしリベラルと近くまた、ローヴと因縁浅からぬウィーバーは、ノーキスト達が率いる保守系団体とは反りが合わなかった。2004年大統領選挙の際に、民主党のケリー候補の副大統領候補にマケインの名前が挙がったときも、ウィーバーの画策であろうと共和党関係者は訝った。しかし、彼らが辞任し、新たに共和党に幅広い人脈を持っているデービスが就任することによって、ノーキスト達はマケイン支持を打ち出すことが可能になった。またそのことが、マケイン陣営に対する選挙資金の飛躍的な増加にもつながった。

では、2008年大統領選挙に向けて、共和党はいかなる戦略を打ち出しているのだろうか。問題は、マケイン候補のもとに、いかに保守勢力を結集するか、という点である。まず、もう一度、保守系団体からなる「ほっといてくれ連合」を再結集させなければならない。ノーキストは、そのためにも、それぞれの保守系団体がマイノリティであることを再認識するとともに、小異を捨てて大同団結し、新たにマジョリティを形成しなければならない、と主張する。また政策面で、民主党との間に、明確な対立点を打ち出さなければならない。現在共和党には、かつての保守運動がもっていた、パッションが失われてしまっている。それを取り戻すためにも、「小さな政府」や減税など、保守の原点に立ち戻るべきである。他方、イラクへの長期駐留・積極的関与などの、ネオコン的な世界観は封印すべきである。今後のマケイン陣営の選挙戦略のなかで重要なのは、副大統領候補を誰にし、どのような選対チームを作り上げるか、という点だ。2004年にカール・ローブは、強力なブッシュ選対チームを作り上げ、勝利をおさめた。こうした「ローブ・シンドローム」とも呼ぶべきものが、マケイン陣営の戦略に影を落としている。

現在、民主党側では、ヒラリーとオバマが、本選挙候補の座を激しく争っている。では、共和党にとって、どちらの候補者のほうが、より戦いやすいのだろうか。一般的には、オバマよりもヒラリーのほうが、共和党にとって戦いやすいとみられているが、必ずしもそうではないとの意見もあがっている。ヒラリーが、中道路線にも目配りしているのに対して、オバマの政策は、きわめてリベラル色の強いものだからである。これは民主党が、「大きな政府の時代は終わった」と宣言したビル・クリントンに代表される中道路線から、ふたたびリベラルな路線へと、明確にシフトしている点を示している。実際、オバマの選対チームのなかでは、党内リベラル派のダシュル元上院議員などが、大きな影響力を行使している。共和党側には、オバマのような「左派」が候補になったほうが、より民主党との違いを鮮明にすることが可能となり、そのことによって「保守主義」がもう一度活気づく契機になる、との期待する声もある。

3 第二報告「アメリカ大統領選挙:予備選候補者たちによる財政政策の方向性についての一考察」(中林美恵子氏)

続いて中林氏が、「アメリカ大統領選挙:予備選候補者たちによる財政政策の方向性についての一考察」と題された報告を行った。いかなる政策も、財政状況を考慮しなければ実現しないという点で、財政政策はきわめて重要である。そして今後、その重要性はますます高まることが予想される。ベビーブーマー世代の退職が迫り、メディケアやメディケイドの医療費が今後急騰することが確実ななか、このままいけば累積赤字は大幅に増大するためである。したがって、今後、民主、共和いずれの政党の候補者となっても、財政の建て直しという、きわめて深刻な政策課題を背負うことは明白である。実際、今回の大統領選挙において、経済、そして医療保険をめぐる問題は、イラク戦争とならんで、有権者の高い関心を集めている。では、両党の候補者は、具体的に、どのような財政政策プランを打ち出しているのだろうか。

主要候補者の財政政策を比較してみると、民主、共和両党の間に、大きな違いが存在する点が、明らかとなる。一方で、民主党候補のヒラリーやオバマは、積極的な財政出動を約束している。最も支出額が多いのはオバマであり、その額は年間総額2870億ドルにものぼる。またヒラリーも、年間2182億ドルという、多額の財政支出を約束している。これに対して、共和党候補のマケインの約束している財政支出額は、たった69億ドルにとどまる。支出目的という点からみても、オバマは、防衛費、それ以外のドメスティックな支出双方で、突出している。他方、マケインの約束している財政支出は、双方ともに少額にとどまっている。興味深いのは、こうした、各候補が約束している財政支出の額が、選挙資金の額と比例している点である。マケインと比較して、オバマ、そしてヒラリーは多額の選挙資金を集めており、それが出費額の約束の面にも反映されているように見えるところは興味深い。

主要候補の具体的な経済政策の内容にも、両党の違いが鮮明に表れている。たとえばヒラリーは、富裕層への課税措置であるAlternative Minimum Tax増税やブッシュの富裕層への減税の見直し(他方、中産階級への減税措置は維持)、新たな退職口座への自動加入の促進、大学入学を支援するための税額控除の提供、500億ドルの戦略エネルギー基金の設立、国民皆保険制度の導入、などを提案している。その財政出動についての「約束」は、選挙戦が進むにつれて、ますます増加傾向にある。他方オバマも、サブプライム問題対策、富裕層へのブッシュ減税の見直し(中産階級への減税は維持)、高額所得者へのAMT増税、労働者への税額控除の提供、児童向け税額控除の拡大、大学教育費のための還付型の税額控除の提供、退職口座への自動加入の促進、国民皆保険制度改革など、大盤振る舞いの政策を打ち出している。これに対して、マケインは、財政保守派に配慮した政策を打ち出しており、AMTの撤廃、所得税やキャピタル・ゲイン税の抑制、ポークバレルや予算上の無駄づかいの削減措置、社会保障や医療保険についての個人貯蓄口座制度の促進、などを提案している。

このように、財政規律についての考え方という点で、民主党と共和党の立場は、大きく異なる。こうした点は、Citizens against Government Wasteが行っている調査結果からも明らかである。同団体は、財政の無駄使いにつながるイヤマークという地元利益誘導(ポークバレル)の歳出に関して、どれくらいそれを行ったかという、無駄遣いスコアを作成している。それは、無駄遣いをせず、完全な納税者の味方であることを示す100%から、無駄遣いを促進し、納税者の敵対者であることを示す0%まで、議員がどのような位置を占めるのか、を判定したものだ。それによると、大統領候補者の中で議員として最も無駄遣いに繋がる支出を行っているのは、ヒラリー(14%)であり、次がオバマ(30%)となっている。これに対してマケインは95%であり、地元利益誘導型の歳出に誘惑されていないことが、明らかとなる。これは、長年彼が反ポークバレルの運動を打ち出してきた事実と呼応している。またこの調査は2006年のものであるため、新人議員のオバマは本領を発揮していないことを考慮する必要がある。現在進行形の予備選挙における「約束」ではわずかにヒラリーを上回っており、こちらが本領である可能性が残る。いずれにしても、民主党か共和党かというくくりで3人の候補を考察すれば、政党による財政政策の方向性は、明らかに違ったものになることが予想される。

4 質疑応答

報告後、参加者との間で、質疑応答が行われた。
吉原氏の報告については、共和党にとってオバマとヒラリー、どちらの候補者のほうが戦いやすいのか、マケインにとって、民主党候補者の選出が長引けば長引くほど有利なのか、ヒラリーとオバマが、大統領候補、副大統領候補としてタッグを組む可能性は存在するのか、ダシュルやブラッドレーとオバマの関係はどのようなものなのか、ウィーバーを切ることによって、本当にマケインは政策を転換したのか、小さな州での勝利を積み重ねるオバマの戦略は妥当なのか、オバマの支持層はリベラル派のほかに、どのような層から構成されているのか、今回の選挙は、ワシントンのインサイダーが仕掛けることが可能な選挙ではなく、自生的に展開している選挙なのではないか、といった質問がなされた。
他方、中林氏の報告については、民主党候補が予備選挙段階でお互いに選挙資金を支出すると、マケインと戦うために用いることが可能な資金が枯渇するのではないか、今後、民主党のプラットフォームはどのように決定されるのか、共和党は、従来までの均衡予算路線、「小さな政府」路線で果たして選挙に勝てるのか、もしこうした路線を打ち出せば、むしろ中道的なマケインの長所が失われてしまうのではないか、クリントンとオバマの財政政策、たとえば健康保険政策はどのように異なるのか、といった質問がなされた。

文責:天野 拓

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    • 天野 拓
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