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2008年大統領選挙と医療問題 第一回 高い注目を集める医療問題

December 27, 2007

2008年大統領選に向けて、候補者たちの間で、激しい論戦が繰り広げられている。争点は多岐にわたるが、医療問題もそのひとつとして、高い関心を集めている。民主党のビル・クリントンが、国民皆保険制度改革を政治公約に掲げて当選を果たした、1992年選挙時の「熱狂」には及ばないかもしれない。しかし、おそらくそれ以降の大統領選挙のなかでは、最も医療問題についての関心が盛り上がりを見せている選挙といってよい。それは、さまざまな世論調査結果からも明らかである。

たとえば、カイザー家族財団(Kaiser Family Foundation)が今年十月に行った調査によると、大統領や議会が対処すべき最も重要な問題とは何か、という質問について、イラク戦争の54%に続き、医療は29%で第二位を占めている(続いて、経済の16%、移民問題の12%となっている)。とりわけ、民主党支持者やインデペンデントの間では、それぞれ36%、31%と相対的に関心が高く、イラク問題の62%、52%に続く位置を占めている。また共和党支持者の間でも、イラク戦争の53%に続いて、医療は22%で第二位を占めている。さらに、ピュ-・リサーチ・センター(Pew Research Center)の今年十月の調査でも、有権者の76%が医療を重要な問題として答えている。とりわけ、民主党支持層における重要度はより高く、その割合は88%にのぼる(共和党支持層では59%)。

さらに、大統領候補者がそれについて議論するのを最も聞きたいと思う問題を二つあげよ、という問いに対しても、医療と答えた人間は、イラク問題(44%)に続いて、第二位(38%)という高い割合にのぼった(先のカイザー家族財団の調査による)。とりわけ民主党支持者の間では、医療はイラク問題(48%)に続く45%を集めており、共和党支持者の間でも、イラク問題(42%)に続く、30%の回答を得た(ただし、共和党支持層の間では、医療費の抑制(44%)が、無保険者への医療保険給付の拡大(21%)より高い関心を集めている一方、民主党支持層の間では、給付の拡大(41%)が若干医療費の抑制(38%)への関心を上回っているという違いはある)。とりわけ、男性よりも女性の有権者の間で関心が高く、同一の質問に対しては、45%の女性が医療問題をあげた(男性は30%)。とりわけ、民主党支持層では52%にのぼっている(共和党支持層では38%)。

では、なぜ、医療問題についての関心が、これほど高まりを見せているのだろうか。第一に指摘しなければならないのは、やはり問題自体の深刻化であろう。まず、無保険者の増加がある。周知のように、アメリカには、日本やヨーロッパ諸国のような国民皆保険制度が存在しない。公的医療保障制度は、高齢者や低所得者層など特定層を対象とする極めて限定されたものであり、むしろ医療保障制度の中核をなすのは民間保険である。しかし重要なのは、こうした制度のもとでは、公的医療保障の受給資格をもたず、民間保険に加入する経済的な余裕や加入機会に恵まれない人間は、無保険者となるしかない点である。実際、その数は、2001年以降急増し、2006年時点で約4700万人、国民の約15.8%にのぼる。また、医療費の高騰も深刻である。全体的な規制の不在、医療過誤訴訟の多さ、保険事務や管理運営面での煩雑さなどを背景に、医療費は1970年代威高急騰し、1980年代に入るとGDPの10%を突破、2004年には 15.3%に達した。2004年時点の日本における医療費のGDP比率が8.0%であることを考慮すれば、その医療費がきわめて高いレベルにあることは明白である。

第二に指摘しなければならないのは、州レベルでの改革の進展である。とりわけ重要なのは、2006年の4月12日に、マサチューセッツ州で、ミット・ロムニー州知事のもと、全州民に医療保障制度加入を保障する法律が制定された点であろう。その内容は、2007年7月1日までに、すべての州民に医療保障制度加入を義務付ける(いわゆる”individual mandate”)点を基本としており、そのために、1)民間保険に加入できる個人が、それにもかかわらず加入しなかった場合、所得税上の優遇措置が失われる、2)従業員10人以上の企業が、医療保険給付を提供しない場合、年間で一人当たり最高295ドルが課税される、などの措置が盛り込まれている。また、所得が連邦の貧困レベル三倍以下であり、メディケイドに加入資格をもたない人間には補助金を拠出し、さらにそのような家庭の児童に対しては、メディケイドへの加入が認められる。また、連邦の貧困レベル以下の所得の人間には、保険料負担を免除するとともに、個人や企業には税額控除を提供し、保険会社には低コストの保険プランの販売を促す、などの内容が盛り込まれている。予算は、今後三年間で12億ドルになる見通しだ。またマサチューセッツ州以外に、バーモント州でも、2006年の5月に、同様に包括的な医療保障制度改革が実現している。さらに今年に入り、カリフォルニア、ペンシルベニア州などでも、それぞれ包括的な医療改革案が提案されている。こうした州レベルでの改革の進展や改革への気運の高まりが、連邦レベルでの医療問題への関心を押し上げているのである。

第三に、2006年の中間選挙での民主党の勝利も、改革への気運を高める要因として重要である。周知のように、イラク戦争の泥沼化もあり、2006年中間選挙において、民主党は1994年以降十二年ぶりに、上下院で多数を獲得した。歴史的に医療保障制度改革に積極的な姿勢をとってきた民主党は、この勢いにのり、医療問題を重要な政治的アジェンダとして掲げようとしている。メディケア処方薬価格に対する政府の交渉権限の強化や、無保険者児童のための州児童医療保険プログラムの予算増額、ヒト胚・胚性幹細胞研究の推進などが、これにあたる。また第四に、マイケル・ムーア監督の映画『シッコ』のインパクトも無視できない。国民皆保険が存在せず、民間保険(とりわけマネジドケア)中心のアメリカの医療保障制度の問題点を、ユーモアを交えながら描いたこのドキュメンタリー映画は、この六月に公開され、アメリカで大きな話題を集めた。医療問題が国民の間で高い関心を集め、大統領選の候補者の多くが、医療保障制度改革を公約に掲げている背景に、この映画のインパクトがあることは、疑いない。

以上のように、2008年大統領選挙に向けて、医療問題は重要な政治的争点として浮上している。しかしながら、抜本的な改革プランを打ち出すことは、それほど容易ではない。社会保障費の増加や連邦財政赤字の膨張などによって、「ニューディール」や「偉大な社会」時代のような、社会保障給付の拡張を目的とした、積極的な財政拠出が容易であった時代は終わりを告げた。さらに保守主義が台頭するなか、とりわけ1980年代以降、「大きな政府」、「高福祉・高負担」、増税、公的規制の強化などに対する反感や懸念は、これまで以上に高まりを見せている。それゆえ、いまや、どのような社会保障プログラム関連の支出や、その他政府機能の拡大につながる政策を新たに決定するにあたっても、予算面、そしてイデオロギー面での制約を考慮せざるをえなくなっているのである。

また、それは同時に、限定された予算の分配をめぐるアクター間の対立がますます激しいものとなり、新たな予算支出が必要となる政策を実現するにあたってのコアリション形成が、これまで以上に困難なものとなりつつあることを意味している。とりわけ医療の場合、GDPの七分の一以上を占める一大セクターであり、医師、病院、保険会社、製薬産業、企業雇用者、労働者、患者、州政府など、多様なアクターの利益が複雑に錯綜しているため、事態はより深刻である。たとえば、1993年から94年にかけてのクリントン政権の国民皆保険制度改革の際には、きわめて多種多様な利益団体が、それぞれの立場から活発なロビーイングを展開し、政治的な合意形成を困難なものにした。

まさに現在の大統領選において、改革への気運が高まりをみせる一方で、公的医療保障制度と民間保険制度の役割、換言すれば、医療に関して政府が果たすべき役割とは何か、国民に保険加入を義務付けるべきか否か、改革にあたって必要となる財源をどう調達するのか、といった点をめぐり、激しい論戦が展開されている背景には、以上のような困難が存在する。では、民主、共和両党の、それぞれの主要な候補者たちは、2008年大統領選に向けて、具体的にどのような医療保障制度改革プランを打ち出しているのか。そして、候補者間の論戦は、これまでどのように進展し、今後さらにどのようなかたちで展開していくと考えられるだろうか。以下、こうした点について、簡単な考察を試みたいと思う。

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■研究プロジェクト メンバー:天野拓(慶應義塾大学非常勤講師)

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