では次に、共和党候補者は、どのような医療保障制度改革案を打ち出しているのだろうか。共和党の多くの候補者は、民主党候補者、とりわけヒラリーの案を、政府による医療管理や増税につながるものとして批判し、民間・市場原理に依拠した漸進的な改革案を打ち出している。
たとえばルドルフ・ジュリアーニは、ヒラリーの改革プランを「大きな政府」につながると批判し、政府が国民に対して保医療保障制度への加入を義務付けるのではなく、税的な優遇措置によりボランタリーなかたちで加入を促していくべきだと主張する。彼の案の特徴は、税的な優遇措置の提供や医療貯蓄口座(health savings account)などを通じて、個人が自らの自由と自己責任のもとに民間保険に加入するシステムを推奨する点にある。具体的には、雇用者提供保険に加入していない夫婦に対して、保険料を補助するために、1万5千ドルまでの所得税の控除(income exclusion)(独身者には7500ドル)を提供し、低所得者あるいはその家族に対しては、新たな医療保険のための払い戻し可能な税額控除を創設する。また、家族には15000ドルまで、個人には7500ドルまでの、非課税の医療貯蓄口座の創設を認める、としている。こうした税制上の改革は、それによって、何百万人規模の人間を、雇用者提供保険から個人購買保険へと移行させるためのものだ。医療費の抑制は、患者、医療供給者、そして保険者に対してコストについての比較データを提供することによる、価格面の透明性の促進、情報技術への投資、医療過誤訴訟制度改革などによって実現するとしている。
医療問題をめぐり、共和党候補者の間でとりわけ注目を集めているのは、ミット・ロムニーであろう。既に述べたように、マサチューセッツ州知事時代の昨年四月に、全州民に医療保障制度加入を義務付ける、皆保険制度の導入を実現させたからである。彼が同州で実現したプランは、全ての個人に医療保障制度への加入を義務付ける(”individual mandate”)といった点で、ヒラリーなどの民主党候補が現在掲げている案に類似している。しかしロムニーは、マサチューセッツ州での改革を、そのまま連邦レベルにまで拡張することには慎重である。加入の義務付けを支持するか否かは各州の決定に委ね、それぞれの州が、市場アプローチを用いて、独自に改革案を発展させることを推奨しているのである。具体的には、個人で購買する保険について、保険料やコスト・シェアリングを含む医療費の控除を認めるよう、税制改革をおこなうとともに、民間保険市場の拡張と規制緩和によって、より多くのアメリカ人がポータブルかつクオリティの高い民間保険プランに加入するようなシステムを促進しようとしている。また、創設条件の緩和による、医療貯蓄口座の促進をも打ち出している。
これに対して、現在宗教保守派を中心に支持を集めつつあるマイク・ハッカビーは、現行の医療保障制度が「崩壊している」ことを認めつつも、連邦政府が強制する皆保険制度には反対している。彼も、医療費の抑制やアクセスの改善のための、市場原理に基づいた解決策を提唱しており、州政府を新たな市場原理に基づいた改革戦略の実験場として用いようとしている。また、雇用者ではなく消費者個人に基盤を置いた医療へと移行しようとしている。具体的には、自ら医療保険を購買する個人に対する、医療保険料の所得税控除の創設、低所得者家庭の医療保険料に対する税額控除の提供、高免責額保険プランに加入していない人間にも創設を認めることによる、全国民レベルでの医療貯蓄口座の拡大、などである。医療費の抑制は、民間のイノベーション、予防医療の充実、医療過誤訴訟制度改革などによって行うとしている。
次にジョン・マッケインは、1. クオリティある医療にのみに医療費を支出する、2. 個人のニーズに基づいたさまざまな医療保険プランを提供する、3. 個人に責任性の感覚を回復させる、という三つの原理を掲げ、税額控除や医療貯蓄口座の推進による、市場原理に依拠した改革案を打ち出している。彼のプランの中核は、現在の雇用者提供保険のみが税的に優遇されている状況を変えて、すべての個人と家族に税額控除を提供するとともに、個々人が自ら医療保険に加入するインセンティブを高めることにある。それによって、個人の自由な保険加入選択を可能にし、民間保険プラン間の市場競争を促進しようとしているのである。具体的には、保険料を補助するために、個人については2500ドルの税額控除(家族には5000ドル)を提供することが提案されている。また医療供給者に対する支払い方式の変更や、医療過誤訴訟制度改革などによって、医療費を抑制するとしている。
以上、共和党の主要候補者の医療保障制度改革案について概観してきた。多くの候補者が、民間・市場原理に基づいた改革プランを打ち出そうとしており、民主党同様、お互いのプランのあいだにはあまり大きな違いが存在しない。概してその改革プランは、税額控除や医療貯蓄口座の促進などによって、個人が自らの自由と自己責任のもとに保険加入や医療費の管理を行うシステムを促進しようとするものだ。こうした改革プランは、1990年代以降、保守派勢力が「消費者主導医療(consumer-driven health care)」という旗印の下に推進してきたものであり、ブッシュ政権が「オーナーシップ社会(ownership society」構想のもとに打ち出した改革とシンクロするものである。ここから明らかとなるのは、1980-90年代以降、共和党保守派や保守系シンクタンク、あるいは保守系利益団体などが開発・先導してきた改革アイディアが、共和党内全体に順調に浸透しつつある点である。
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■研究プロジェクトメンバー:天野拓(慶應義塾大学非常勤講師)