1 第五回研究会の目的
第五回研究会が、11月16日に開催された。第五回研究会のテーマは、共和党を中心に大きな影響力を有する保守主義運動の動向と、現代アメリカの若者を対象とした選挙運動や有権者教育の現状についてであり、研究メンバーの中山俊宏氏、横江公美氏の両氏によって、報告が行われた。
現在、2008年大統領選挙に向けた、両党の選挙運動および候補者選定に向けた動きが、本格化しつつある。1980年のレーガンの当選、1994年の中間選挙での歴史的勝利、そしてブッシュ政権の誕生と、保守主義運動は順調にその影響力を拡大させてきたようにみえる。今回の選挙でも、その動向がカギを握っていることは、疑いない。しかし、イラク戦争の泥沼化を背景に、昨年の中間選挙では共和党が大敗を喫したほか、保守運動内部でも現在さまざまな矛盾が表面化しつつある。これまで、アメリカの保守主義運動はどのように発展し、現在いかなる問題に直面しているのだろうか。
また、現在若者有権者の投票率が上昇し、2006年の中間選挙でも、その投票行動が選挙結果に一定のインパクトを及ぼした事実からも明らかなように、現代アメリカ政治において若者有権者の動向は重要性を増している。今度の大統領選挙でも、無視できないファクターの一つということができよう。そして、その投票行動に影響を与えるものとして、政治教育・有権者教育が果たす役割も重要である。現在アメリカにおいて、若者を対象とした選挙運動や政治教育はどのように展開されているのだろうか。
第五回研究会では、以上のような、2008年大統領選挙の帰趨を考える上で極めて重要な二つの問題について、包括的な検討が行われた。
2 第一報告「2008年大統領選挙と米保守派の動向」(中山俊宏氏)
まず中山氏により、「2008年大統領選挙と米保守派の動向」と題された報告が行われた。報告は、アメリカの保守主義運動が現在深刻な内部矛盾に直面し、大きな転換点に直面しているとの立場から、その歴史的な発展過程と現状について考察したものであった。
かつて、リベラリズムが優勢だった時代に、それに対する反発として登場してきた保守主義運動は、まさに反乱分子であった。しかし、その後一定の年月を経て、いわば「中年期」に差し掛かるにつれて、運動自体ルーティーン化し、初期のインパクトを失いつつある。また、「大きな政府」や価値相対主義、政治腐敗を食い止めることができないなど、運動の言行不一致的な側面もあらわになり始めている。さらに、保守イデオロギー内部の矛盾も噴出しつつある。もともと保守主義運動は多様な要素から構成されており、内的な整合性のあるイデオロギー運動であったためしはなかった。運動は、その誕生当初から、リバタリアンに代表される経済的な自由主義と、伝統的な価値の保守を唱える宗教的・文化的な保守主義と、反共主義に象徴される外交的な保守主義という三つの流れに分裂していたのである。それが保守主義運動としての一体性を保てたのは、リベラリズムという共通の敵が存在したからであり、ウィリアム・バックリー・ジュニアやフランク・マイヤーは、こうした立場から「融合主義」を唱え、運動の統合を訴えたのである。
そして、1960年代には、保守主義運動をバックにした初めての候補者として、ゴールドウオーターが大統領選に出馬する。結果は大敗北ではあったものの、その後運動はさらなる発展を遂げていくことになった。しかし依然として、「trads(徳)」対「libs(自由)」という形での、運動内部の対立は解消されなかった。他方、知識人を中心としたネオ・コンサーバティズムの運動が台頭するのもこの時代であり、従来までの保守=反知性主義というイメージを打ち破っていく。さらに1970年代になると、ヘリテージ財団の創設など運動のインフラが整備されていくとともに、宗教右派の動員が進んだ。1980年代におけるレーガン政権の誕生は、こうした保守主義という「対抗文化」が一つの完成をみた時代ということができる。レーガンは、リバタリアニズム、伝統主義、反共主義、ネオ・コンサーバティズム、宗教右派という五つの潮流をまとめることに成功したのであり、ケートー研究所など代表的な組織が出そろったのもこの時代であった。まさに1980年代に、反乱分子であった保守主義運動はワシントンを手中に収め、権力側へと移行したのである。
しかし、その後保守主義運動は、再びアイデンティティの問題に直面することになる。1989年にはソ連の崩壊によって共産主義という国外の敵がいなくなり、自由民主主義の勝利という「歴史の終焉」が唱えられた。その結果、保守主義運動は新たに国内の敵に目を向け、中絶や同性愛などの文化問題にこれまで以上に力を入れるようになる。こうしたなか、1992年にクリントンが大統領に当選したことは、方向性を失いつつあった保守主義運動にとっては「贈り物」だったといえる。これによって、「放っておいてくれ連合」の形成にみられるように、新たな融合主義が可能になったのである。そして、2001年にはブッシュ政権が誕生する。しかし、ブッシュがはたして保守主義者なのか否かは、疑問と言わざるを得ない。実際、彼のイデオロギーが判明する以前に、9月11日の同時多発テロ事件が勃発し、この点は曖昧なままになってしまった。現実に、ブッシュ政権が、行政府の権限拡大や「大きな政府」につながるような政策をとった点も否定できない。
こうしたなか、現在、2008年大統領選挙を控えて、保守主義運動は深刻な内部矛盾に直面している。たとえば、伝統的に共和党を支えてきた宗教右派であるが、中絶や同性愛以外の問題に関心をもった新たな世代が台頭するとともに、パット・ロバートソンがリベラル色の強いジュリアーニへの支持を表明する一方で、ポール・ワイリックがトンプソンを応援するなど、その足並みは乱れている。ジェームズ・ドブソンは、共和党からの離脱を示唆している。また、中道穏健派ジュリアーニの善戦は、もはや右派勢力だけを固めても選挙に勝利できないとの、共和党内の危機感の表れということもできる。「保守主義」という言葉は、依然として好印象ではあり、頻繁に用いられている。しかし、はたしてその中身が何なのか―現在、保守主義運動は、こうした問いを突きつけられている。世論調査などにおいても、現在、運動にとって危険な兆候が表れ始めている。政府の積極的な役割を容認する意見が増加しており、また古い価値観が支持を失い多様なライフスタイルを認めるべきであるとする声が、若者を中心に高まっている。さらに軍事力を通じて平和を実現すべきであるとする主張も、支持を失っているのである。こうしたなか、保守主義運動は、自らを再定義する必要性に、改めて直面しているといえる。
3 第二報告「大統領選挙の教育機能とヤング・ヴォーターへのアプローチ」(横江公美氏)
続いて横江氏が、「大統領選挙の教育機能とヤング・ヴォーターへのアプローチ」と題された報告を行った。報告は、現代アメリカにおける、若者を対象とした選挙運動と、その下地としての政治教育・有権者教育の現状について考察したものだった。
現在アメリカの選挙において、若者有権者の動向は、ますます重要なものとなっている。実際、18歳から24歳までの若者の投票率は上昇傾向にあり、1972年には52%だったものが、2000年には27%に下がったものの、2004年には再び47%にまで回復している。また、2006年の中間選挙では、その大学生部門を強化した選挙区において、民主党の上院議員が僅差で勝利を収めるなど、選挙結果にも無視できない影響を及ぼしている。2008年大統領選挙においても、若者有権者の動向がカギを握るのは、確実である。それゆえ、ヤング・ボーターに対する政治教育・有権者教育の役割も、ますますその重要性を増しているということができる。
では、若者有権者が自らの投票行動を決定するにあたって、情報提供などの面で、とりわけ重要な教育機能を果たしているのは、どのようなメディアや組織であろうか。まず注目すべきなのは、MTVである。MTVは、大統領選挙についてのニュースを頻繁に放送しており、また、大統領選候補者を招いて、大学生との間で質疑応答を行うといったイベントを開催している。さらに、質疑応答とともに、候補者についての好感度調査を同時に行い、その結果を公開している。すでに、オバマやエドワーズといった有力候補者について、こうしたイベントが行われた。さらに、MTVはサイトにThink MTVというページを運営し、ウェブを通じて、教育、雇用、環境など若者の関心が高いテーマについて、積極的な情報発信をおこなっている。
また、TV討論会の存在も重要である。とりわけ今回の選挙においては、これまで以上に頻繁に、討論会が開催される傾向にあり、CNNだけでも、民主党予備選挙について計六回、共和党予備選挙について計三回のTV討論会が開かれる。また民主党は、七月二十三日に、You Tubeとの協力のもとに、TV討論会を開催した。その他、CNBC, MSNBC, PBS, LGBTなどでも討論会が開催されており、各社とも自らのウェブ上で、その概要をビデオあるいは文書にて公開している。ただし、今回はあまりに回数が多いため、その政治的な意義や影響力については、数字の上では落ちることが予想される。
さらに、大学生の間では、コメディ・ニュースも人気がある。とりわけJon Stewartの”The Daily Show”は、大学生にとって、時事問題についての情報を得るにあたっての、重要かつ貴重なニュース・ソースとなっている。その他同様の番組として、”Saturday Night Live”, David Lettermanの“Late Show”, Jay Lenoの”Tonight Show”などが存在する。さらに、若者有権者向け組織の活動も活発化しており、”Declare Yourself”, “Voter-Smart Org”, “Care 2”, “Rock the Vote”などのサイトが存在する。
もともとアメリカでは、民主主義の土台をなすものとして、有権者教育の役割がきわめて重視されてきた。有権者教育が理想の民主主義の実現や良き有権者の養成につながるとの考え方は、すでにジェファソンの時代から存在していたといえる。こうした有権者教育は、大きくは、選挙(投票行動の決定)、立法(立法過程への参加)、司法(陪審員になるための準備)、行政(行政への参加や監視)などの種類に分類することができる。また予算面では政府や企業、プログラム面ではNPOやメディア、情報提供については政府、政治化、メディア、NPO,企業などが、それぞれ貢献している。また、こうした情報をもとに実際に投票行動を決定する際には、情報の収集→意思決定に十分な情報か→情報は他の事実と適合するか→情報源は信頼できるか→本当に十分か(たとえば、その情報は誰に利益があるのか)、などのステップを踏むことが理想とされている。実際、大統領選挙の前には、多くの学校で模擬投票が行われている。このようにアメリカでは、若者を対象とした有権者教育が、きわめて重要視されているのである。
4 質疑応答
報告後、参加者との間で、質疑応答が行われた。
中山氏の報告については、保守イデオロギーへの支持が下落しているとされるが、こうしたなか「思いやりのある保守主義」的な戦略がますます重要になってくるのではないか、共和党候補者がブッシュを批判することはあまりないが、未だ共和党支持者の間では彼への支持が高いのではないか、1990年代の保守主義運動にとって、ビル・クリントンは「贈り物」であったが、ヒラリーはどうなのか、保守主義イデオロギーへの支持の下落は今後とも持続するのか、イラク戦争がうまく成功していれば、保守主義運動の内部矛盾はそれほど露呈しなかったといえるのか、フォードが共和党の中絶容認派の最後の候補者であることを考えると、ジュリアーニが共和党候補者になることのインパクトは大きいのではないか、ゴールドウオーターの保守主義の特質とは何だったのか、イラク戦争で財政赤字が増えているが、財政保守派はこの点についてどのように考えているのか、2004年大統領選挙の際のような、保守派によるグラスルーツ・レベルでの動員の成功はありえるのか、といった質問がなされた。
これに対して、横江氏の報告については、有権者教育とは、すでに成人に達し選挙権を獲得した人間を対象としているのか、それともこれから成人になる人間(子供)を対象としているのか、MTVの積極的な取り組みは特殊な事例といってよいのか、それとも他のTVも同じような取り組みをおこなっているのか、確かに大学生にとってコメディ・ニュースの存在は極めて重要であるが、人気のある政治化を風刺したりすることは、むしろ政治へのシニシズムを強めるだけであり、マイナス効果もあるのではないか、MTVが積極的に取り組んでいる背景には、その暴力表現規制反対という政治姿勢と関係があるのではないか、日本では、政治を笑いの対象とすることに抵抗感があるなど、アメリカとの間にかなりの文化的な違いが存在するのではないか、civic educationという概念は、日本には存在しないものではないか、アメリカにおいて、有権者教育がとりわけ盛んである背景には、有権者登録制をとっているという制度的な要因が存在するのではないか、といった質問がなされた。
文責:天野 拓