オバマ政権が設置した財政再建のための超党派委員会 *1 の活動が終了した。正式な提案こそ採択できなかったが、「政府の大きさ」に関する議論を活性化させた功績は特筆に価する。
予想以上の賛成票
12月3日、オバマ政権が設置した財政再建のための超党派委員会(National Commission on Fiscal Responsibility and Reform。以下、超党派委員会)は、共同議長がまとめた報告書 *2 の採択結果を発表した。18名のメンバーのうち、賛成を表明したのは11名。正式提案に必要な14名には及ばなかったが、過半数のメンバーが議長案に賛同する結果となった。
超党派委員会が過半数のメンバーが賛同できる財政再建策の策定にこぎつけたという事実は、大いに評価されてしかるべきだろう。実は米国では、超党派委員会に対する期待はそれほど高くなかった。財政再建は「国のあり方」が問われる試み。もっとも党派間の意見の違いが顕在化しやすい論題である。ただでさえ党派対立が歴史的な高水準にあるといわれる現在の米国において、大多数のメンバーが賛同するような再建策の作成が至難の業なのは、委員会の設立当初から明らかだった。
実際に、採択に先立って共同議長が発表した私案 *3 に対しては、各方面から激烈な批判が浴びせられた。議長私案は、年金・医療改革や税制改革を幅広に盛り込んだ、いわば「聖域なき財政再建策」。民主党の関係者が「公的年金などの歳出削減を通じた財政再建は認められない」と猛反発すれば、共和党関係者は「増税を含む財政再建には応じられない」と反論する。まるで「大きな政府の民主党と小さな政府の共和党」という立場の違いを誰にでもわかるように説明することが狙いであるかのように、古典的な論戦が展開された。
それでも、最終提案がそれなりの支持を得られたのは、「財政再建を本気で進めるためには、歳出・歳入の双方に切り込まざるを得ない」という現実があるからだ。共和党・民主党それぞれから6人ずつ選ばれていた議員のメンバーは、いずれも賛成3人・反対3人に綺麗に分かれた。再建策に対する賛成は、まさに「超党派」だったことになる。ちなみに、大統領が指名した有識者メンバー6人は、5人が賛成に回り、反対したのは1人だけだった。
誘発された数々の財政再建策
超党派委員会の思わぬ副産物となったのが、財政再建を巡る議論の活性化だ。超党派委員会の報告にあわせるように、有識者やシンクタンクが次々と具体的な財政再建策を発表したのである。
提案には2つの種類がある。第一は、有識者や議員経験者による中立的な色合いの強い提案である。その代表例が、共和党のPete Domenici元上院議員と、歴代の民主党政権で行政予算管理局(OMB)局長などの要職を歴任したAlice Rivlin氏が座長を務める、Bipartisan Policy Centerのタスクフォースによる提案。また、ブルッキングス研究所のBill Galston氏と、Committee for a Responsible Federal Budget代表を務めるMaya MacGuineas氏からも独自の提案が発表されている。変わったところでは雑誌のEsquire誌が、民主党のGary Hart元上院議員や共和党のJohn Danforth元上院議員をメンバーとする委員会を組成し、やはり財政再建策を発表している。
もう一つの種類は、党派色の濃い提案である。まず民主党側では、超党派委員会のメンバーでもあるJan Schakowsky下院議員が、自らの提案を発表している。また、Economic Policy Institute (EPI)などのリベラル系のシンクタンクや団体も、連名で民主党色の強い提案を明らかにした。一方の共和党側では、これも超党派委員会のメンバーであるPaul Ryan下院議員が、本格的な財政再建策(A Roadmap for America’s Future)をしばらく前に提案して話題を呼んでいる。
鮮明になった「政府の大きさ」の基準
百花繚乱の趣すらある多数の財政再建策の発表には、とかく抽象的になりがちな財政再建の議論を、具体論の領域へと一歩前進させる働きがある。具体的な提案と数字を伴った議論を展開する段階になれば、「大きな政府」や「小さな政府」を擁護する紋切り型の主張は通用しにくくなる。それどころか、それぞれの具体的な提案を整理すれば、誰もが同意できる共通項が浮かび上がってくる可能性も否定できない *4 。
とくに興味深いのは、「政府の大きさ」に具体的な数値が与えられた点だ。明確な数値を導き出すのが難しいSchakowsky下院議員の提案を除くと、いずれの提案でも目指す歳出や歳入の水準を国内総生産(GDP)に対する比率で示すことができる。歳出の水準をどの程度に設定した上で、どの程度の歳入を確保するのか。印象論で「政府の大きさ」を論ずるのではなく、具体的な数値での比較が可能になるわけだ。
図表1では、2020年度を基準として、それぞれの再建策が目指す歳出と歳入の水準を比較している。比較の目安となる歳出と歳入の水準としては、ベースライン(現在の政策を維持した場合の水準)とオバマ政権の予算案、さらに過去40年の平均値を記した。
この図表からは3つの結論が導き出せる。第一に、いずれの提案も、過去40年の平均よりも高水準の歳出を容認している。高齢化や医療費の高騰といった現実の前で、以前よりも「大きな政府」に進むことはやむを得ないという判断だろう。
第二に、中立的な提案は、歳出・歳入双方の取り組みを通じて、財政赤字を減らそうとしている。ベースラインやオバマ政権の提案と比較すると、いずれの提案も歳出の水準は低く、歳入の水準は高い。これらの提案を比較する限りでは、目標とされる歳出・歳入の水準の幅はそれほど大きくなく、歳入はGDP比で20.5~21.4%、歳出では同じく21~23%の幅に収まっている。
第三に、党派色の強い提案には、その特徴が明確に現れている。共和党のRyan下院議員による提案は、歳入の水準(GDPの18.5%)を他の提案よりも低く抑えている。一方で、EPIなどによる提案では、歳出の水準が他の提案を上回っている(同じく25.4%)。
党派色の強い提案の副作用は、財政再建に時間がかかることだ。図表2では、それぞれの提案が描く2020年度の国債発行残高の水準を、やはりGDP比で比較している。Ryan下院議員の提案とEPIの提案は、その他の提案よりも国債発行残高の水準が高い。とくにEPIの提案は、オバマ政権の提案よりも国債発行残高が膨らむ見込である。
「次の一手」は政権の番
財政再建をめぐる議論が具体性が増してきたからといって、再建策の実施に向けた政治的な合意が容易になるとは限らない。むしろ、正式提案とはならなかったために、超党派委員会の報告がこのまま議会で審議される機会もとりあえずはなくなった。
米国の財政政策は、転換点を模索する時期に入っている。焦点となるのは、当面の景気の下支えと中長期的な財政再建の組み合わせ方だ。
米国の景気回復はいまだ磐石とはいえず、直ちに財政再建に取り組む環境は整っていない。むしろ、数々の財政再建策の発表とは裏腹に、大詰めでの妥協が発表されたブッシュ減税の延長論では、複数の追加的な減税を組み合わせることで、予想以上に財政赤字を増やす内容で決着する方向にある。先の中間選挙での共和党の躍進も、財政を緊縮方向に動かすどころか、先進国では例外的に財政による景気の下支え継続を容認する展開につながった。
その一方で、ブッシュ減税の延長にからむ実質的な「追加景気対策」の実施は、米国の財政事情をさらに悪化させる。今後、中長期的な視点での財政再建の必要性にさらに注目が集まっても不思議ではない。実際に、「追加景気対策」の機運をみて、ムーディーズなどの主要格付け機関は、米国の中長期的な財政の健全性への懸念を表明し始めている。
財政再建に向けた「次の一手」を指す順番は、オバマ政権に回ってくる。来年の2月までに、オバマ政権は2012年度の予算案を発表しなければならないからだ。実は今回の超党派委員会には、オバマ政権の関係者が一人も参加していなかった。このため、超党派委員会にかけるオバマ政権の意気込みを疑う向きもある *5 。しかしオバマ政権の思惑がどうであれ、超党派委員会の活動によって、財政再建に向けた議論が一歩前に進んだのは事実である。振り返ってみれば、そもそも超党派委員会を設置したのはオバマ政権である。この先の展開がどうなるにせよ、オバマ政権が超党派委員会からバトンを引き継ぐ役割を担わされるのは、当然の成り行きだといえよう。
*1 :超党派委員会を巡る議論については、拙稿 「超党派委員会は機能するのか~過去の経験からの教訓(アメリカNOW第44号)」 、 「歴史的視点で測る超党派員会の「責務」の大きさ(同第52号)」 も参照いただきたい。
*2 :National Commission on Fiscal Responsibility and Reform, The Moment of Truth , December 1, 2010.
*3 :National Commission on Fiscal Responsibility and Reform, CoChairs' Proposal , November 10, 2010.
*4 :この点については、Committee for a Responsible Federal Budget, 10 Themes Emerging from the New Debt Reduction Plans , November 23, 2010が興味深い。
*5 :超党派委員会のメンバーでもあるJudd Gregg 上院議員などの提案では、委員会には財務長官やOMB長官が参加し、政権も議論に参加するはずだった。しかしオバマ政権は、有識者をメンバーに任命するに止め、委員会への明確なコミットメントを行なわなかった。John Maggs, Was deficit commission doomed from start? , POLITICO, November29, 2010.
■安井明彦:東京財団現代アメリカ研究プロジェクトメンバー、みずほ総合研究所ニューヨーク事務所長