オバマ政権が第一期目の後半をキックオフするに際して、ホワイトハウスの主要スタッフも交替し、フレッシュなスタートを切ることになった。これで、本腰を入れて再選活動を展開するための人事態勢が整いつつある。
新人事
まず、主任補佐官がラーム・エマニュエルから、ウィリアム・デイリーに交替した。ウィリアム・デイリーは父、そして兄リチャードがシカゴ市長を務めた有名な政治家一家の出だ。兄リチャードが89年から勤めていたシカゴ市長職からの引退を発表したことから、ラーム・エマニュエルが市長選に出馬するために昨年10月、首席補佐官の座を退いた。その後任にウィリアムが就任することで、シカゴ・ネットワークが維持されたことになる。なお、ウィリアム・デイリーが後任に任命にされるまで、臨時代理として首席補佐官を務めたピーター・ラウスは、これまで通り上級顧問として残る。
デイヴィッド・アクセルロッドは大統領上級顧問の座を去り、オバマの再選活動に専念するためにシカゴに戻った。大統領次席補佐官だったジム・メッシーナもシカゴに戻り、アクセルロッドと再選活動に専念することになっている。なお、大統領再選のための選対本部がワシントン地域を離れるのは近年では珍しい試みである。唯一、それに近いのが、大統領としての再選活動ではないが、副大統領だったアル・ゴアが大統領民主党予備選挙中に選対本部をワシントンからテネシー州に移したケースだ。ビル・ブラッドレー候補との大接戦で苦戦したゴアが、モニカ・ルウィンスキーとのスキャンダルで弾劾裁判の対象となったクリントン大統領から距離を置くための動きだった。
アクセルロッドに代わり、上級顧問として新たに正式にホワイトハウス入りしたのが、デイヴィッド・プラフである。プラフは2008年大統領選挙で選対本部長として大活躍し、その後、中間選挙参謀として2010年1月からホワイトハウス外部顧問を務めてきた。アクセルロッドや辞任の意図を明らかにしたロバート・ギブス報道官の後任として、コミュニケーションと政治面のオペレーションの方針について、指導力を発揮することになる。
これでオバマに近いスタッフとして、政権を実質支配し、たびたび批判の対象ともなってきたシカゴの4人組のうち、エマニュエル、ギブス、アクセルロッドが去り、唯一、残るのはヴァレリー・ジャレット上級顧問だけとなった。
経済面では、ローレンス・サマーズ国家経済会議委員長の後任として、財務長官顧問だったジーン・スパーリングが就任した。スパーリングはクリントン政権でも、この国家経済会議委員長を務めた経験を持つ。なお、大統領経済回復諮問委員会委員長だったが、あまり活用されなかったことに不満を抱いていたポール・ヴォルカーは委員長を辞任した。
新主要スタッフの経歴、評判
ウィリアム・デイリー
新首席補佐官となったデイリーは、もともとオバマに近い存在ではなく、むしろ、バイデン副大統領と親しい。そもそも、デイリー兄弟に代表されるシカゴの政治マシーンやビジネスや法曹界に対して、オバマは距離を置いていたのだが、アクセルロッドを通じて、デイリーとの知己を得た。そして、デイリーは民主党大物の中で、2006年末にヒラリー・クリントンではなく、オバマに対する支持を表明する第一号となったのである。オバマ当選後には、大統領政権移行チーム、および就任式委員会の共同委員長を務めた。
デイリーは歴代の民主党大統領、大統領候補のために献身的に貢献してきた。それはカーター大統領国家経済機会諮問委員会メンバー(78年)に始まる。84年にモンデール民主党大統領候補のトップ補佐官となりモンデールの遊説に同行し、87年にはバイデンの民主党大統領予備選挙中のアドバイザーとなった。その後、92年、クリントンのイリノイ州選対部長を務めた後、93年にはNAFTA担当特別顧問として、同協定を成立させ、97年、商務長官に就任した。そして、2000年にはゴアの選対本部長を務めた。その間、民間ではシカゴの有力法律事務所メイヤー・ブラウン&プラットのワシントン事務所パートナー、シカゴのアマルガメイテッド銀行の総裁、ファニー・メイ理事、ブティック投資銀行のエヴァーコア・キャピタル・パートナーズの副会長、SBCコミュニケーション社長、J.P.モーガン・チェイス銀行中西部会長などを務めている。
以上の経歴からもわかるように、デイリーは特にビジネス界にリーチアウトする役割を果たすのに適している人物だ。NAFTAを100人あまりの民主党議員に売り込み、彼らの支持を獲得するなど、タフなネゴシエーターとしても知られており、下院を支配するようになった共和党とホワイトハウスの橋渡し役も期待できそうだ。政治とビジネスの両分野に経験とつながりを持ち、熟知している類稀な存在である。特定のイデオロギーを信望しない現実主義者のデイリーは、オバマ大統領の再選活動に向けて貴重なプレーヤーとなるであろう。
デイヴィッド・プラフ
プラフの経歴については、本財団 「オバマ政権の主要高官人事分析」 p.17-19に詳しいので、省略するが、彼のホワイトハウスでのミッションは、有効なコミュニケーション戦略を展開することによって、オバマを再選させることである。
オバマ政権第一期前半では、アクセルロッドとギブスのコミュニケーション戦略がしばしば、有効でなかったことが批判されていた。したがって、プラフは従来の民主党支持者に加え、マイノリティー、女性、若者という2008年大統領選でオバマに勝利をもたらした有権者たちを再び活性化させねばならない。
2008年の大統領選では「変化」を訴えればよかったが、2012年にはオバマの実績を理解させて、支持を勝ち取らねばならない。その実績というのがヘルスケアや金融改革、景気刺激策など複雑でスローガンになり難いことから、このプラフの任務は容易ではない。しかし、冷静沈着で日々の些少なワシントンの政治的やりとりにはとらわれない性格は、オバマと共通しており、国民が理解できるようなメッセージを形成し、展開していくと思われる。
ジーン・スパーリング
スパーリングの経歴も前述、 「オバマ政権の主要高官人事分析」 のp.172をご参照いただきたい。彼は前任者サマーズ同様、クリントン政権のベテランであり、その経済理念も中道である。元々、80年代はリベラルのロバート・ライシュ元労働長官のリサーチ・アシスタントだったが、90年代にはウォール街に近いロバート・ルービン財務長官に同調し、民間に転出してからはゴールドマン・サックスの女性をターゲットとしたフィランスロピーを担当したり、スピーチ活動やブルームバーグのコラムを執筆した。また、プログレッシブな民主党系シンクタンク、アメリカ進歩センターの上級研究員を務めていたが、決してリベラルではない。再選に必要なビジネス界や中道の支持を得るような経済政策を展開するのに適した人事である。
その他
ロバート・ギブス報道官の後任はまだ発表されていないが、女性、またメディア業界からの人材が検討されているといわれている。ギブスはオバマに非常に近かったが、その手堅いメディア・コントロールはホワイトハウスのプレスには不評だった。メディア嫌いのオバマの報道官として、よりオープンなホワイトハウスというのは難しい課題だが、今後2年、プラフのメディア戦略を日々、展開していくパートナーとしての報道官の存在はこれまで以上に重要になる。
■池原麻里子(ワシントン在住ジャーナリスト)