ポール・J・サンダース
センター・フォー・ザ・ナショナル・インタレスト常務理事
東京財団「現代アメリカ」プロジェクト・海外メンバー
福島第一原子力発電所事故の発生から5カ月が経ち、日本では原子力エネルギーの今後に深刻な疑問が突きつけられている。原子炉も全体の3分の1しか稼働していない状態が続く。辞任を間近に控えた管直人首相は、政治的には少々孤立気味に見えるものの、日本の原発技術に関心を寄せる諸外国政府との輸出交渉を一時中断するという決定を下した。一方、ドイツは、2022年までに国内の原子力発電所の稼働停止を決定した。ヨーロッパ最大の経済大国で原子力エネルギーがその役割に終止符を打つというのである。多くの先進国で反原発に向かう機運が高まりつつある中、米国はこれまで原子力エネルギーとの関わりにおいては、ついたり離れたりといった立場をとってきた。しかし、最近の動きは、新たな発電能力の構築に向けて、今後も慎重な歩みを続けていくことを示唆している。
8月18日、連邦政府系のテネシー川流域開発公社(TVA)の理事会では、1974年に始まり1988年に中断されたままのアラバマ原子力発電所の建設を完成させることを決定した。まもなく設置が義務づけられる空気清浄機をTVAの石炭火力発電所に導入するよりは、アラバマ原子力発電所プロジェクトを完成させるほうが安上がりと判断したためだ。ベルフォント原子力発電所は、今後約10年近く稼働しない見込みであるが、TVAのワッツバー原子力発電所では来年2号機が完成する予定となっている。
日本やドイツ同様、福島原発事故が、アメリカでも原子力発電に対する新たな不安や疑念を喚起したことは明らかである。事故直後にCBSニュースが行った調査では、国民の44%が自国内での原発事故に対する不安が拡大したと回答している。また、原発の新規建設に賛成するアメリカ人は2008年の57%から、事故直後には43%に減少した。当然といえば当然のことながら、建設に賛成した人々でさえ、その多くが自分たちの住む地域での建設に抵抗感を示している。
とはいえ、ドイツとは異なりアメリカ人の圧倒的多数はそれでもなお現在ある原子力発電所の運転継続を望んでいる。CNNの行った世論調査によると、全ての原発の永久停止を望んだのはわずか10%にとどまったという。なぜアメリカ人は日本での事故にもっと強い反応を示さないのだろうか。
考えられる理由は3つある。第一に、一番重要な理由だと思われるのが、アメリカ人にとって最も記憶に新しい重大な原発事故、スリーマイル島原子力発電所事故が、福島ほど深刻ではなく、しかも事故発生からは既に30年以上も経過しているということである。スリーマイル島の事故は、人々に強い不安をもたらし、その後何十年にも亘って原子力発電所の新規建設を思いとどまらせる結果となったが、その一方で、米国の原子力産業が1979年のこの事故以来、重大な過失もなしに操業されてきたという事実が挙げられる。その結果、現実にはリスクが存在するにもかかわらず、アメリカ人は原子力発電の安全な管理が可能であると認識している。このような見方をすれば、スリーマイル島の事故は稀に見る例外的な出来事で、厳しい警告にはなったが、それ以上には発展しなかったと言える。
そういった意味で、アメリカ人は、日本での事故もまた稀に見る例外的なもの、すなわち歴史的な大自然災害が引き金となったもので、アメリカでも、それ以外の場所でも、同じような事故が繰り返される可能性は低いと安易に考えてしまうのである。このことは、3月11日以降、原発事故に関する米国でのニュース報道はほとんど地震や津波に集中し、東京電力による原発稼働のあり方や日本政府の過失に関する疑念を、掘り下げて検証することはなかったという事実に反映されている。不安が大きく広がった日本とは異なり、アメリカでは、こうした問題が専門家や活動家たち以外の一般の関心を引くことはなかった。また、オバマ政権も、先手を打って、国民を安心させ、原子力規制委員会(NRC)に米国の原子力政策の短期・長期見直しを開始させるなど、積極的に行動することによって、人々のこうした不安のいくばくかをかわすことができた。NRCは7月に第1回目の調査結果を公表している。
最後の理由であるが、日本やドイツ同様、アメリカでも原子力発電は、古くからの推進論者と、それとはまた別に、温室効果ガス排出の少ない原発に魅力を見出し始めたグループの双方から支持を受けてきた。ドイツでは、とりわけ太陽光や風力といった代替エネルギー推進の新たな連携によって、多額の政府補助金が低炭素・再生可能エネルギー分野に交付されるようになったため、原子力推進の連携関係は結局破綻を迎えたのであるが、日本でもこの連携関係にひびが入ったように見受けられる。ほとんどのアメリカ人が、スリーマイル島と福島の事故は稀に見る例外的な出来ごとで相互の関連性はないと考えているため、緩やかな連合体をなすアメリカの原子力発電支持グループは先に述べたようなプレッシャーには曝されていない。特に日本と比較した場合、米国の原子力発電支持者たちは、電力供給全体に占める原子力発電の割合を飛躍的に拡大させることよりも、むしろ現状維持というさほど野心的でない目標しか持っていないことも幸いしていると言えるだろう。
アメリカにおける原子力エネルギーの長期的展望は、依然不透明である。エネルギー省では、発電量は増加するものの、原子力の占める割合は2035年までに20%から17%へと低下すると予測している。また、原子炉の寿命に関する政府規制やインセンティブ(補助金や税制上の優遇措置)の安定性について、国民の間に懸念や疑念が消えていないため、アメリカの電力会社や投資家は現在も原子力発電に対する慎重な姿勢を崩していない。しかし、アメリカ国内にある104の原子力発電所が安全に稼働し続ける限り、米国の原子力エネルギーの未来は安泰のようだ。