「 1%の富裕層」との格差を問題視するOccupy Wall Street運動 *1 に触発されてか、米国の格差問題や「中間層の窮状」への関心が改めて高まっている。草の根運動に米国の政策動向を左右する役割があるとすれば、今後の米国では格差是正に向けた政策対応が大きな論点になっていく可能性がある。
こうしたなかで米CBO(議会予算局)は、1979~2007年にかけての所得配分の潮流を分析した報告書を発表した *2 。本稿では、主に財政による所得再分配の働きに焦点をあてて、同報告書の内容を紹介する。
格差に影響を与える政策とは
一言で所得格差に影響を与える政策といっても、そこには幾つかの種類が考えられる。一つの類型は、所得そのものの格差を是正しようとする政策である。例えば教育改革には、低所得層の教育水準を引き上げることによって、こうした家計の所得を底上げする効果が期待されている。
もう一つの類型は、財政の所得再分配機能を利用して、そもそもの所得の格差を事後的に調整する政策である。ここには、公的扶助や公的年金・医療保険など、家計にとっての移転所得に関わる政策と、累進的な税制による所得移転が含まれる。これらの政策は必ずしも格差の是正を主たる目的としているとは限らないが、その効果が累進的であるために、結果的に事後的な格差調整の役割を果たしている。
今回CBOが報告書で取り上げているのは、後者の財政を通じた所得再分配機能が果たしてきた役割である。以下、本稿で「政策効果」といった場合には、こうした事後的な調整に限った効果を指すこととする。
所得格差と中間層の実態
政策効果に関する分析を紹介する前に、所得格差と中間層の実態を確認しておきたい。
今回のCBOの報告書では、所得上位1%の家計の実質所得の伸びが他の階層を大きく上回っている姿が改めて確認されている(図1)。1979年から2007年までのあいだに、所得上位1%の家計の実質平均所得は278%も増えている。同じ期間で実質平均所得を比較すると、所得が下から20%の低所得層は18%。同じく21~80%の中間的な家計でも40%しか増加していない。
「超リッチの一人勝ち」を違う観点から示唆するのが、平均所得と中位所得の乖離である(図2)。1979年と2007年を比較すると、実質平均所得が62%増加しているのに対し、実質中位所得は35%しか増えていない。平均所得は全ての家計の所得を家計の数で割った数値であり、中位所得は家計を所得の高低で並べた場合にちょうど中間にあたる家計の所得である。仮に最も富裕な家計の所得だけが伸びたと仮定すると、前者(平均所得)は上昇するが、後者(中位所得)は変わらない。
中間層の所得を支えた政策効果
図2で気づくのは、平均所得ほどではないにしても、米国の実質中位所得が着実に上昇しているという事実である。「1%の富裕層」と「99%の国民」を対峙させるOccupy Wall Street運動などの主張は、中間層を含めた幅広い家計(「99%」)の窮状を暗に訴えている。しかし、実質中位所得の推移を見る限り、「中間的な家計」の所得環境が停滞してきたとは言い難い。
実は中間層の所得を支える役割を果たしてきたのが、財政による所得再分配機能である(図3)。ここまで紹介してきた実質所得の動きには、移転所得や税制の影響が加味されている。しかし、政策効果を差し引いた場合には、2007年の実質平均所得は1979年から19%しか増えていない。2000年の景気拡大期に注目すると、政策効果前の実質中位所得が前回の景気拡大期のピークに戻るには、2006年まで待つ必要があった。
もっとも、中間層の実質所得を支える政策効果が一貫して拡大してきたわけではない(図4)。むしろ前年との比較でみると、政策効果が減少している年も見受けられる。中間層の実質所得への影響という点では、政策効果の大きさにトレンドを見出すのは難しい。
ちなみに、政策効果の大きさを左右するのは、政策の変更に限らない。政策変更を行わなかった場合でも、経済状況の変化が財政の所得再分配機能に自動的に影響を与えるからだ。例えば、景気が悪ければ、失業保険給付などの移転所得は自然に増加する。図4からも、景気後退期には政策効果が大きくなる傾向が見受けられる。
格差是正効果はやや低下
財政が格差を是正する効果はやや低下傾向にある(図5)。財政が格差の大きさを示すジニ係数を低下させる度合いは、1979年から2007年の間に6.3%低下している。景気循環の影響を出来るだけ排除するために景気のピーク同士で比較すると、1980年代の景気拡大期の低下度合いがもっとも大きく(▲4.7%)、90年代(▲0.7%)、2000年代(▲0.9%)の変化は相対的に小さい。
政策別の格差是正効果の推移には大きな違いがある。移転所得による政策効果は、1980年代(▲1.7%)、90年代(▲2.0%)の双方でほぼ同じ程度低下している。2000年代(▲0.1%)の低下度合いはそれほどでもないが、これに先立つ景気後退期に政策効果が大きく上昇していた点には注意が必要かもしれない。
移転所得による格差是正効果の低下には、個別の政策の相対的な大きさの変化が影響している。具体的には、低所得層に対象を限らない高齢者向けの移転所得(公的年金、メディケア)が拡大した一方で、低所得層を対象とする公的扶助が縮小し、全体に占める低所得層向け部分の割合が低下した。
税制の格差是正効果は、1980年代(▲3.7%)に大きく低下した一方で、1990年代には逆に上昇している(1.4%)。2000年代(▲0.9%)には再び政策効果は低下しており、その度合いは1980年代ほどではないものの、同じ時期の移転所得による効果の低下(▲0.1%)を大きく上回った。こうした変化のほとんどは、所得税制の累進性の変化によるものである。
もっとも、財政による格差是正効果の低下を格差拡大の主たる要因とみるのは難しい。米国では、政策効果を加味する前のそもそもの格差が拡大する度合いが大きい(図6)。1979年と2007年の所得格差の水準をジニ係数で比較すると、政策効果を加味する前の水準が23%上昇しているのに対し、移転所得加味後では29%、税制を加えた政策加味後では33%の上昇となっている。そもそもの格差の拡大に政策効果が追いつかず、むしろややこれを助長してしまったのが、米国の実情といえそうだ。
*1 : 安井明彦、 一歩引いて見る「Occupy Wall Street」 、アメリカNOW第81号、2011年10月21日。
*2 :Congressional Budget Office, Trends in the Distribution of Household Income Between 1979 and 2007 , October 25, 2011.
■安井明彦:東京財団「現代アメリカ」プロジェクト・メンバー、みずほ総合研究所ニューヨーク事務所長