ロムニー以外の共和党大統領候補を求める声
最有力候補視されながら、一向に支持が盛り上がらないのがミット・ロムニー元マサチューセッツ州知事だ。その結果、共和党大統領予備選が始動して以来、ずっと保守的「救世主」の出現が熱望され、その過程でミッチ・ダニエルズ・インディアナ州知事(インディアナ)やサラ・ペイリン元アラスカ州知事などの出馬に対する期待が高まった。そして、リック・ペリー・テキサス州知事が出馬したが、その後、討論会などでの準備不足が目立つと、今度はクリス・クリスティー州知事(ニュージャージー)に熱いまなざしが注がれた。結局、クリスティーが出馬しなかったため、次はハーマン・ケインの支持率が高まった。しかし、外交政策に関する準備不足、10月30日以来、彼の全米レストラン協会会長時代(1992-99年)のセクハラ数件、そして13年間の不倫疑惑が浮上し、12月3日、予備選からの撤退を表明。これに伴い、これまで支持も一ケタで、選挙資金不足に悩んでいたニュート・ギングリッチ元下院議長の支持率が急上昇してきた。しかし、彼も必ずしも「保守」とは言えないし、共和党に不人気な連邦住宅金融抵当金庫(フレディマック)や連邦住宅抵当公庫(ファニーメイ)の廃止を訴えているが、実は不動産バブル崩壊以前に前者から160~180万ドルのコンサルタント料を受理し、医療保険企業や業界から8年で370万ドルの報酬で、年収5万ドル以上の国民に医療保険加入を義務付ける政策を推進していたという「ワシントン・インサイダー」的な不都合な事実を釈明しなければならない。3度の結婚もマイナス要因だ。
以上のように、有力なライバルが存在しない現時点でさえ、ロムニーの支持率は25%を超えたことがない。最近の数字では20.4%に下がり、ギングリッチ(26.6%)におされ気味だ(RCP平均11月13日~30日 *1 )に留まっている。その原因は何か。1つはオバマ大統領の医療保険改革のモデルになったマサチューセッツ州知事時代に施行した医療保険改革、および連邦上院議員候補、マサチューセッツ州知事候補として中絶の自由を容認するなど社会的にリベラルなポジションをとったことにある。ロムニーはミシガン出身だが、ハーバード大JD/MBAを取得し、マサチューセッツでコンサルタントとして成功した「東海岸のエリート」というイメージが強いため、彼に対する共和党支持者や無党派の反感も根強い。そして、彼の支持が伸びないもうひとつ原因は、彼がモルモン教徒であることのようだ。
共和党のリーダー達の中には、予備選で共和党員たちがオバマ大統領に勝てる候補=ロムニーを支持すると考えている者もいるが、前述の世論調査によると、共和党支持層と共和党寄りの10 人中7人が「自分と同じ価値観の候補を支持することの方が、オバマに勝てる候補の選出より重要である」と回答しており、リーダー達の見解は現実より、希望と期待を反映しているようだ。そして、「マサチューセッツの医療保険改革を理由にロムニーを支持しない」と回答したのは、保守層では55 %、全共和党支持者とどちらかというと共和党寄りの層では48 %である。また、「ロムニーがモルモン教徒なので支持しない」と回答したのは保守層では32%、全共和党支持者とどちらかというと共和党寄りの層では20%という数字が出ているのだ。
ロムニーのイメージ
ワシントン・ポスト/ピュー・リサーチ・センターの世論調査(10月13-16日) *2 によると、ロムニーを表す言葉として「モルモン教徒」と回答した者が60%、次は「医療保険改革」で17%、「風見鶏」13%という結果が出ている。モルモン教徒としてのイメージが一番強いことは明らかだが、次が医療保険改革や風見鶏と、ネガティブ度が高いことがわかる。しかも、ロムニーが2008年の共和党大統領予備選にも出馬していたにもかかわらず、3分の1が実は彼を形容する言葉を思い浮かべることができなかったという事実は、ロムニーが自分の信念が何かを売り込めていなかったことを意味する。
またPublic Religion Research Instituteが10月に実施した調査 *3 によると、予備選で活発な白人福音主義者の53%、ティー・パーティー・メンバーの52%がロムニーがモルモン教徒であることを認識している。これは無党派の41%、民主党支持者36%に比べて、高い数字である。
また別のピュー・リサーチ・センターの世論調査(11月9-14日) *4 によると、有権者の半数、白人福音主義者の60%がロムニーがモルモン教徒であると認識している。しかも、後者はモルモン教をキリスト教とは認めていない。
モルモン教のイメージ
さて、米人口の2%以下、600万人のモルモン教徒は米社会において、どのように観られているのだろうか。何といっても、その一番強いイメージは男尊女卑、一夫多妻制である。1830年に設立されたモルモン教は長年にわたる政府との摩擦の後、1904年についに一夫多妻制を廃止したが、それに納得しなかった原理主義派が現在でも存在している。たとえば近年の例として、米国民が思い浮かべるのはFundamentalist Church of Jesus Christ of Latter-Day Saints (FLDS Church)代表ウォレン・ジェフスの事件だ。ジェフスは2006年5月にオサマ・ビン・ラーデンもリストアップされていたFBIの10大指名手配犯(Ten Most Wanted List)となった。翌月、ジェフスは逮捕されが、未成年の少女たちに男性信者達との結婚を強要したり、未成年との性的関係や近親相姦の嫌疑で裁判にかけられ、2011年に終身禁固の刑罰が下された。
反ゲイというイメージも強い。2008年、カリフォルニア州では同性婚を非合法化する州憲法修正案(プロポジション8)が住民投票で採決されたが、その際にモルモン教会が同修正案推進運動に出資したり、ボランティアを提供したことが、リベラルの反感をかった。推進運動に対する州外からの寄付の45%がモルモン教徒の多いユタ州から、全寄付の半分もモルモン教徒から流れたほか、初期に戸別訪問でプロポジション8推進運動を展開したボランティアの90%近くがモルモン教徒だったためだ。
それでは、キリスト教徒からはどう見られているのだろうか。ロバート・ジェフレスというダラスにあるメガチャーチ、第一バプテスト教会の牧師が、10月7日にワシントンで開催されたValues Voters Summitというキリスト教福音派の集会において、「モルモン教は異端カルトであり、ロムニーは本当のクリスチャンとは言えない」と発言したことから、物議をかもした。そして、ジェフレスはワシントン・ポスト紙上(10月19日) *5 で大統領候補の信仰が重要であるという主張を展開し、ペリー候補支持に回っている。また、サザンバプテスト神学校学長のアルバート・モーラー博士も 「キリスト教的観点から見ると、モルモン教は独自の聖書、牧師、儀式、教義を持った新興宗教である。最も重要な点だが、その教えは歴史的なキリスト教正統主義を否定したものである。」「モルモン教をキリスト教ではないと断言することは、中傷でも蔑視でもない。モルモン教自体が歴史的なキリスト教とは意識的に反対の教えと教義を持つ。」と主張している。そして「福音主義者が自身の信条と世界観に基づいて政治家に投票したいという望みを述べることに全く問題はない。」と、アドバイスしている *6 。これに対して社会保守の重鎮、ビル・ベネット(レーガン政権教育長官)はロムニー攻撃は偏見であると、ジェフレスたちを批判した。
モルモン教会幹部も自分達の信仰が抱えるイメージの問題、ロムニーとジョン・ハンツマンという2人のモルモン教徒が共和党大統領予備選候補となったため、より注目されている点については十分認識している。教会幹部は2009年に大手PR会社を通じて世論調査を行ったが、米国民のモルモン教徒に対するイメージは「秘密主義」「カルト」「男尊女卑」「反ゲイ」といったネガティブなものだった。モルモン教徒に対する偏見は、回教徒に対するそれに等しい。同調査では40%がモルモン教徒の大統領候補には投票しないと回答している。そのため、モルモン教会はイメージ改善キャンペーンを展開している。
ロムニーとモルモン教
ロムニー自身は前回の共和党大統領予備選出馬時の2007年末、モルモン教の信仰についてスピーチを行い、モルモン教会幹部達に自身の大統領としての決断を左右させないと述べている。これは民主党大統領予備選で、ジョン・F・ケネディー上院議員が1960年9月に自身のカソリック教信仰を政策には反映させないと誓い、米社会と政治における宗教の役割について述べた演説に匹敵するものと見られた。
モルモン教信仰を政策には反映させないと明らかにしたロムニーだが、実際は皮肉なことに彼には宗教ばかりか、社会的、そして政治家としてのコアとなる信念が欠如しているように思われる。大統領になる野心に燃え、その目的を達成するためには、すなわち有権者の支持を得るためには、世論調査の結果を見ながら政策を提示して行くという姿勢があらわだ。
政界入りのチャンスを窺っていたロムニーは1994年の選挙で、エドワード・ケネディー上院議員(民主・マサチューセッツ)に挑戦を挑んだ。その際、ロムニーがモデルとしたのは、財政面では保守的でありながら、社会面ではリベラルで、女性の中絶する権利とゲイの権利を支持したウィリアム・ウェルド・マサチューセッツ州知事(共和)だった。
まず、信仰が反映される中絶問題。それまで10年、ロムニーはマサチューセッツ州ベルモントの地元に作ったモルモン教会のトップとして、女性の中絶には反対するアドバイスを与えていた。しかし、共和党上院議員候補になると突然、中絶の権利を支持する立場をとったため、ケネディーからは「プロチョイスではなく、マルチチョイスだ」と揶揄された。
ところが2003-07年の州知事時代から、将来大統領に出馬することを念頭に置いて、徐々に中絶や同性愛について保守的な立場をとり始める。その転換は2003年に州知事に就任した半年も経たないその夏、大統領出馬の可能性を模索する会合が開かれた直後に始まった。そして、2002年には「自分の中絶の権利に対する支持は絶対的」と宣言していたのが、2005年半ばには「1973年の中絶の権利を守る最高裁判決は生命の尊厳を損なうもの」との見解を示し、州知事候補時代には支持していた緊急避妊薬を推奨する法案に対して、州知事として拒否権を発動した。
これに関連して、2002年州知事選挙においては幹細胞研究を支持しながら、ES[胚性幹]細胞を作るクローニングについては立場を表明することを拒否した。しかし、2005年2月には「ES[胚性幹]細胞研究に伴なうクローニングは倫理に反する」との見解を明らかにした。クローニングの過程で胚細胞が破壊されるので、胚細胞の初期段階からそれを胎児、すなわち人間の生命と考える立場をとる者は、クローニングは中絶に等しい手続きと考えるからである。
また、同様に州知事選ではゲイ(同性愛者)に対して寛容さを示し、一部のドメスティック・パートナー手当を支持していたため、ゲイ共和党支持者団体であるログ・キャビン・リパブリカンから支持されたほどだった。しかし、2003年11月にマサチューセッツ州最高裁が同性婚を合法化した後、連邦上院議会の公聴会では連邦レベルの同性婚禁止を支持する証言をしている。
以上の動きを見ると、当初モルモン教徒、そしてその教会のリーダーとして中絶やゲイの権利について反対の立場をとっていたのが、マサチューセッツという比較的リベラルな州の知事になるためにはその立場を変え、当選後は、共和党候補として大統領選出馬を念頭において再び保守的な立場をとり始めたことが明らかである。
ロムニーのその他の政策ポジション
宗教に直接関係のない、その他の政策面ではどうか。
例えば、マサチューセッツ州知事時代に行った比較的リベラルな政策、州民皆保険制度導入はオバマの医療保険改革法のモデルともなっており、それに対する反感が強い共和党支持者にとっては問題である。ブルームバーグによるアイオワ共和党支持者世論調査(11月10日-12日) *7 によると、58%が保険加入義務を支持する候補には投票しないと回答している。ロムニーは州知事時代、実績を作るため、国民皆保険制度導入をずっと主張してきた「リベラルの雄」エドワード・ケネディー上院議員の協力を得ながら、マサチューセッツに導入したのだった。そのロムニーが共和党予備選候補となった際には、「各州が個別の解決法を見つけるべきで、全米規模で医療保険加入は義務付けないし、現行の医療保険改革法は廃止する」と弁明している。なお、医療保険改革法を違憲とした一部の州高裁の判決をオバマ政権が上訴したため、最高裁は医療保険改革法の合憲性について来年3月に審理を始め、6月までに判決が下ることになる。
経済不況に伴い、問題視されている不法移民についてはどうか。共和党予備選候補討論会の最中に、ペリーから2006、7年に自宅の庭園整備に雇った会社が不法移民を雇用していたことを攻撃されると、ロムニーは「その会社に対して(共和党大統領予備選に)出馬しているのだから、不法移民はダメだと抗議した」と回答している。これでは政治活動をしていなければ、不法移民を安く利用してもよいと認めたようなものだ。
これ以外に、環境問題でも気候変動に人的要因があると述べたり、否定したり、排気ガス規制を試みたり、それを途中で放棄したりと立場がころころ変わるために、共和党保守からの信頼が薄い。
予備選初期段階の展望
アイオワ(1月3日)
2007年末のモルモン教信仰に関する演説直後、ロムニーが2008年1月のアイオワ党員集会で獲得した票は25%で、34%を獲得したマイク・ハッカビー元アーカンソー州知事に次ぐ第二位だった。100万ドルを注ぎ込み、1年間、遊説活動をしたにもかかわらずの結果だった。2008年のアイオワ共和党党員集会出席者の60%が自身を福音派、または再生派であるとみなしていることから見ても、福音派南部バプティスト牧師のハッカビーが第一位になったことが不思議ではない。
デモイン・レジスターの共和党支持者、無党派を対象とした世論調査(11月27日-30日) *8 によると、ギングリッチ25%、ポール18%に次いで、ロムニーは3位の16%という結果が出ている。ロムニーにとっての朗報は、ギングリッチの22%に比べ、38%がロムニーを「オバマ大統領に勝てる候補」とみなしている点である。また支持候補を固めたというのは28%に過ぎず、60%が支持を変える可能性があると回答しており、状況は流動的である。
ロムニーはアイオワではほとんど選挙活動をしていなかった。これは、2008年予備選でほとんどアイオワで活動せず、共和党大統領候補となったジョン・マッケインの選挙戦略を模範としている。しかし、最近のギングリッチの台頭に危機感を抱き、広告などを展開し始めた。
ニューハンプシャー(1月10日)
州知事を務めたマサチューセッツに隣接する同州にロムニーは家を所有しており、熱心に遊説している。最新のNBC ニュース/マリスト調査(11月28日-30日) *9 によるとロムニーが39%、ギングリッチ23%と断然、優位である。ただ、最大有力紙ユニオン・リーダー紙が11月27日、ギングリッチを「大胆なリーダー」と讃え、支持表明した *10 。そして、ロムニーのことを慎重で、19世紀向きと酷評。過去、同紙の支持表明はレーガン、ブキャナンを同州予備選での勝利に導いた。ニューハンプシャーで勝たないとロムニーにとってその後の展開が厳しくなる。
サウスカロライナ(1月21日)
全米で最古の新聞の一つオーガスタ・クロニクル向けインサイダー・アドバンテージの調査(11月28日) *11 によると、ギングリッチ37.9%、ロムニー15.4%。保守派のケインに対する支持が、ギングリッチに流れているといわれている。
フロリダ(1月31日)
ニューヨークのタイムズ・ユニオン紙向けインサイダー・アドバンテージの調査(11月30日) *12 では、ギングリッチ41%、ロムニー17%。ここでも保守派のケインに対する支持が、ギングリッチに流れた。
例年に比べて、連邦議員の候補支持表明が遅いことからも、今回の共和党予備選の混乱ぶりを察することができる。前回の予備選では、2007年11月9日時点で、共和党議員の43%に相当する107名が特定候補に対する支持を表明していた。その内訳はロムニー33名、マッケイン29名、ジュリアーニ24名、トンプソン21名であった。これに対して、2011年11月8日時点ではロムニー支持36名、ペリー14名、ギングリッチ6名、ケイン1名といった具合に特定候補への支持表明が少ない情勢に鑑み、しばらく様子を見ようとする姿勢が明らかである。
前述のピュー・リサーチ・センターの調査結果によると、予備選過程において、モルモン教がキリスト教でないと考えている白人福音主義者のロムニーに対する支持率は低い。しかし、ロムニーが共和党大統領候補になった場合、本選挙に入れば当然ながらオバマではなく、ロムニーを支持すると回答している者が90%を超える。共和党保守のオピニオン・リーダーたちもロムニーに対する不満が強いが、彼が候補になってしまえば、しぶしぶその支持に回るのは、明らかで、2008年のジョン・マッケイン候補に対しての動きと同様だと考えられる。
政策面では比較的穏健ともいえるロムニーは、共和党大統領候補の座を獲得できれば、本選挙ではオバマの強敵となり得るだろう。それまでに異端、そして(ひねった)「プレッツェルのよう」とまで形容されていることからも明らかなように、世論に迎合してポジションをころころ変えてしまう信念のない候補というイメージを乗り越えて、予備選で支持を固めることができるか。これが、ロムニーの課題である。金融業界の支持を得たロムニーは、候補の中でも一番選挙資金が豊かで有利な立場にあるが、選挙資金だけでは国民の支持を取り付けることはできない。
*2 : http://www.people-press.org/2011/10/18/top-one-word-reaction-to-cain-is-a-number-9-9-9/
*3 : http://publicreligion.org/research/2011/10/oct-religion-politics-tracking-romney-cain-perry/
*8 : http://caucuses.desmoinesregister.com/2011/12/03/iowa-poll-gingrich-leading-the-pack/
*10 : http://www.unionleader.com/doclib/2011endorsement.html
*11 : http://www.realclearpolitics.com/docs/2011/InsiderAdvantage_SC_GOP_1129.pdf
*12 : http://jacksonville.com/news/florida/2011-11-30/story/poll-newt-gingrich-soars-florida
■池原麻里子(ワシントン在住ジャーナリスト)