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アメリカNOW 第84号 米国で続く「次の医療改革」の模索 (安井明彦)

December 22, 2011

2010年に医療改革法を成立させたばかりの米国で、さらなる医療改革を模索する動きが続いている。本稿では、最近発表された超党派の医療改革案を紹介する。

超党派の改革案

去る12月15日、米国で新たな医療改革案が発表された *1 。起草者は、共和党のポール・ライアン下院予算委員長と、民主党のロン・ワイデン上院議員。難産の末に2010年に成立に漕ぎ着けた医療改革法(PPACA:Patient Protection and Affordable Care Act)の審議過程にみられるように、とりわけ党派対立の厳しさが際立つ医療改革の分野で、超党派の提案が行われた格好だ。

超党派の改革案(ワイデン・ライアン案)が対象とするのは、メディケア(高齢者向け公的医療保険)の改革だ。その背景には、増え続ける医療関係の財政負担に対する問題意識がある。米国では、PPACAの成立からまだ二年も経過していないにもかかわらず、次の医療改革を模索する動きが止まらない。その一因は、PPACAをもってしても、医療関係の財政負担がいぜんとして大きい点にある。米国の課題とされる財政再建に本格的に取り組むには、再度の医療改革は避けて通れない。

実際に、2011年を通じて議論されてきた財政再建案の作成でも、医療改革は大きな位置を占めてきた。とくに今年の春に下院共和党が提唱した財政再建案 *2 には、今回の起草者でもあるライアン議員が主張してきた医療改革案が組み込まれ、大きな論争を招いた経緯がある。

下院共和党案の改訂版

ワイデン・ライアン案には、この下院共和党案の改訂版としての性格がある。具体的には、下院共和党案の骨組みを継承しつつ、2つの点でその論争的な部分が改定されている。

継承された改革の骨組みは、現行は基本的に公的保険だけであるメディケアに、競争原理を導入するという考え方だ。下院共和党案と同様、ワイデン・ライアン案ではプレミアム・サポートと呼ばれる仕組みが導入される。この仕組みでは、高齢者保険の分野に新たな官製市場(メディケア・エクスチェンジ)が設けられ、複数の保険が加入者の獲得を競う。現在は医療提供機関に支払われる診療報酬にあてられている政府の財政負担は、加入者の保険料を補助する形式に切り替えられる。選択した保険の保険料が政府の補助を上回れば、その差額は加入者の自己負担になる。反対に、政府の補助より安価な保険に加入した場合には、差額が加入者に支給されることになる。

改定された第一の論点は、メディケア・エクスチェンジへの参加者である。ワイデン・ライアン案では、メディケア・エクスチェンジに既存のメディケアと同種類の公的保険が参加し、民間保険と競い合うことができる。これに対して下院共和党案では、メディケア・エクスチェンジは民間保険による競争の場とされており、「公的保険を破壊するもの」として批判されていた。

第二の論点は、補助金の上限だ。プレミアム・サポートでは、競争原理によって医療費の抑制を目指すと同時に、最終的に医療費の抑制を担保するために、保険料に対する補助金の改定率に上限が設けられる。下院共和党案ではインフレ率が上限とされていたが、保険料の上昇率はインフレ率を上回る傾向にあり、「高齢者の自己負担を増加させる」との批判を浴びていた。

ワイデン・ライアン案では、プレミアム・サポートの改定率の上限が「名目GDP(国内経済総生産)成長率+1%」に引き上げられている。この水準は、PPACAが定める財政負担の伸び率の上限と同じである *3 。さらにいえば、2011年夏の財政再建協議では、ワイデン・ライアン案よりも厳しい「名目GDP成長率+0.5%」という上限をバラク・オバマ政権が提示している。

PPACAとの関係

興味深いのは、ワイデン・ライアン案とPPACAの関係である。実はPPACAでも、2014年から新たな官製市場(エクスチェンジ)が設けられる。規制で管理された市場の中で、競争原理を通じた医療費の抑制を試みるという考え方は、二つの改革に共通している。また、PPACAでは民主党が求めたエクスチェンジへの公的保険(パブリック・オプション)の参加が見送られたが、ワイデン・ライアン案のメディケア・エクスチェンジは公的保険の参加を認めている。

両者の違いは、改革の方向性にある。PPACAのエクスチェンジは、現在民間保険が取り扱っている現役世代向けの個人保険市場に設けられる。言い換えれば、既存の市場の規制を強化する方向だ。これに対してワイデン・ライアン案は、現在公的保険が取り扱っている高齢者保険に民間保険の参入を許すもの。その方向性は、規制の緩和である。

言い換えれば、ワイデン・ライアン案は、民主党的な改革と共和党的な改革の中間点にある。「公的保険の競争参入」を民間市場に広げていけば、民主党的な改革に近づく。一方で、「公的保険を突き崩す」という視点に注目すれば、共和党的な改革への一里塚とも捉えられる。

選挙後には医療改革が再び議論の俎上に

ワイデン・ライアン案が「次の医療改革」の雛形になるかどうかは未知数である。少なくとも今の米国は選挙モードに入っており、超党派の議論が進められる環境にはない。民主党は下院共和党案を「過激な提案」として批判することを選挙戦略の柱の一つとしており、対立点をみえ難くする「超党派」の提案を歓迎できる状況ではない。その裏返しとして共和党関係者は、下院共和党案への批判を和らげる効果を、ワイデン・ライアン案に期待している節がある。大統領選挙との関係では、再選を目指す民主党のオバマ大統領が早々にワイデン・ライアン案への反対姿勢を明らかにしたのに対し、共和党の有力候補であるミット・ロムニー前マサチューセッツ州知事は、ワイデン・ライアン案に近い医療改革案を発表している。

選挙後の2013年には、改めて医療改革が論点となる可能性が高い。前述の財政再建の観点からの必要性に加え、PPACAの本格稼動が2014年に迫ってくるからだ。ひとたび改革が本格的に稼動し始めれば、これを途中で止めるためのハードルは高くなる。PPACAを批判する共和党としては、2013年の議論が勝負になる。ワイデン・ライアン案を巡る議論は、その前哨戦といえるのかもしれない。



*1 :Ron Wyden, Paul Ryan, “Guaranteed Choices to Strengthen Medicare and Health Security for All: Bipartisan Options for the Future” , December 15, 2011.
*2 :2012年度予算決議(H.Con.Res.34)として下院で採択。詳しくは、Paul Ryan, Path to Prosperity , April 5. 2011参照。
*3 :PPACAでは、診療報酬の改定によって財政負担の伸び率を一定水準以下に抑える仕組みがとられている。

■安井明彦:東京財団「現代アメリカ」プロジェクト・メンバー、みずほ総合研究所ニューヨーク事務所長

    • みずほ総合研究所 欧米調査部長
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