2012年大統領選挙における最大の争点が経済であることは論をまたない。経済政策をめぐっては、所得分配機能や規制強化など政府の役割の重要性を訴えるオバマ大統領と、そのアンチテーゼとして減税や医療保険制度・金融規制等の規制撤廃を通じ、小さな政府路線を推進する共和党候補、というのが基本的な対立の構図である。フロリダ州予備選で圧勝し、共和党候補指名獲得に向けて前進した中道派ロムニー候補は、極端に小さな政府を志向せず、実業家としての手腕を売り物にしており、オバマ大統領にとっては手強い相手である。失業率が明確な低下トレンドを辿らない限り、経済政策の実績に対する信任投票の色彩が強まった場合、再選が危ぶまれるオバマ大統領は、「中間層の立場に寄り添って、公平な経済を実現できるのは誰か」を有権者に選択させる選挙戦略を選択している。とりわけ注目される論点は、税制だ。
オバマ大統領の一般教書演説と、同時に発表した経済政策綱領「Blueprint for an America Built to Last(持続性のある米国建設の青写真)」は、勤勉と責任が報いられる公平な経済を再生する具体的手立てとして、「より公平で簡素な」税制改革を訴える内容となっている。特に共和党との違いを強調する象徴として重視しているのが富裕層増税だ。オバマ大統領は、2011年9月に「年収100万ドルを超える富裕層の実効税率は中間所得層を下回るべきでない」という「バフェット・ルール」を提示していたが、一般教書演説や「青写真」では具体的に「最低実効税率30%」に言及した。2010年の年収が約2170万ドルと巨額でありながら、所得税率より低いキャピタルゲイン・配当税率の適用により実効税率が13.9%と低いロムニー候補を、本選挙での対抗馬と意識していることは明らかだ。オバマ大統領は、富裕層増税の必要性は「階級闘争」ではなく、米国民の「共通認識(common sense)」であると指摘して、ウォールストリート占拠運動に象徴される格差問題に敏感な世論に支持を訴えている。2012年末に期限切れを迎えるブッシュ減税については、「年収25万ドル未満の所得層に増税しない」としており、逆に25万ドル以上の所得層に対する減税を廃止する方向性を今後再び明確にしてくるものとみられる。
もう一点、税制改革の目玉に位置づけられるのは、国内雇用創出のために「雇用のアウトソーシング(海外移転)を抑制し、インソーシング(国内回帰)を促進」する措置である。一般教書演説や「青写真」では、米国内で雇用創出に貢献した製造業に対する税率引き下げや、海外工場を閉鎖して国内回帰する企業への税額控除などの優遇措置を導入する一方で、米国企業の海外事業利益に対する国際最低税(international minimum tax)を課し、海外移転費用の控除を廃止する税制改革が提示されている。
一方のロムニー候補は、経済政策綱領「Believe in America」で、「より均一(フラット)で公平で簡素な」税制改革を筆頭に掲げている。「より均一」な税制の志向は、累進性を高めるオバマ大統領の富裕層増税とは正反対である。ただし、ロムニー候補は所得税率の均一化等の税制改革は長期的な目標と位置づけている。当面は、所得税率についてブッシュ減税を維持するとともに、年収20万ドル未満世帯のキャピタルゲイン・配当税を撤廃して減税を拡充することを提案しており、中間層への配慮も示している。ギングリッチ候補が、「一律15%のフラット・タックスと現行税制の選択制」という急進的な提案を掲げているのと比べれば、ロムニー候補の提案は広範な支持を得られやすい内容となっている。
他方、法人税については、現行35%の税率を25%に引き下げるとともに、現行の「全世界所得課税(worldwide system)」を「領土内課税(territorial system)」に変更し、国外所得を免税(源泉地国でのみ課税)とすることで、米企業の国際競争力の強化、海外事業利益の国内還流を促し、国内投資・雇用創出につなげることをロムニー候補は提案している。同じ国内雇用創出という目標設定に対しても、オバマ大統領とロムニー候補では多国籍企業に対する課税の方向性が全く異なる。
ロムニー候補の税制改革を中心とした経済政策の主張は、宗教やソーシャル・イシュー、医療保険改革問題などに比べれば、「十分に保守的でない」という批判を受けにくく、かつ無党派層の支持も期待できる程度に穏健である。オバマとロムニーが本選挙を戦うことになれば、今後の米国経済の展開と、富裕層や多国籍企業への増税の是非に対する有権者の判断が、勝敗の重要な鍵を握ることになろう。