左派言論人・コラムニストにとって、2011年秋以降のオバマの路線変更は福音である。オバマ政権は2010年中間選挙後の中道化から一転、2012年の一般教書演説では、経済ポピュリズムで「大きな政府」路線を鮮明にした。製造業復活を軸に国内で雇用を創出する企業を厚遇する路線は、NDNのサイモン・ローゼンバーグの言葉を借りれば「民主と共和の差異を経済哲学で明示化する戦略」である。民主党は技能、知識、インフラ、クリーンエネルギーに投資する長期的な未来の成長を目指し、共和党は歳出削減だけの無策であるという対比作りは、オバマの中道化を正面から批判できず、かといって擁護もできない窮屈な状態にあった左派言論を本来の姿に解放した。
こうした中で目立つのが、左派の言論人による2012年選挙を意識した党派的なキャンペーン本である。「マザージョーンズ」誌のデイビッド・コーンによる『Showdown: The Inside Story of How Obama Fought Back against Boehner, Cantor and the Tea Party』は、2012年3月末に出版されたオバマ政権の内幕本だが、コーンの目的は党内リベラル派に、再びオバマを売り込むことにある。コーンは共和党穏健派が党内のティーパーティ系保守派に押し切られ、オバマ側の歩み寄りによる交渉を決裂させたとする。そこでは、共和党内分裂とその過程におけるティーパーティの非妥協的な態度、またベイナーをはじめとする執行部の指導力不足が強調される。本書ではオバマ政権の驚くべき事実が明かされるわけではなく、党派的なキャンペーン本に徹している。アクセルロッド、メシーナらのオバマ陣営幹部はコーンの口を借りて、オバマ陣営の方針を語っており、本書の最終章がオバマ陣営の再選戦略で締めくくられているのは象徴的だ。
コーンはオバマ陣営の再選戦略を3つの次元で説明する。第1に「もしオバマが就任していなかったら、経済や外交はもっと悪化していた」という仮説問いかけ型の実績強調である。言い換えれば、就任時に経済が最悪の状態だった現実を踏まえ、完全に回復はしていないものの改善傾向にあることを売り込む戦略である。オバマ再選のスローガンを「GMは生き残り、ビン・ラディンは死んだ」とすべきとするアクセルロッドの言葉をコーンは紹介する。第2に、未来への投資による共和党との差異化で、失業率などへの現状批判から議論をそらす戦略である。第3に、攻撃的になる必要である。妥協や超党派路線は実のある結果が導きだせるときに限って無党派層に認められる傾向を踏まえ、共和党と民主党の「熱意ギャップ」を克服するため、「雇用増大、クリーンエネルギー技術、移民改革、教育投資で政府が大きな役目を果たす」ことで、無党派層と党内リベラル派を繋ぎ止めるメシーナの戦略を紹介する。いわば、オバマの再選戦略である労働者寄りの経済ポピュリズム旋回をめぐる説明を、有権者向けに代弁する意図が本書には滲む。
また、同じくオバマ評伝の系統では『The Promise: President Obama, Year One』を著したジョナサン・オルターが、2011年夏から繰り返している保守・リベラル双方からのオバマ叩きへの反論がある。オルターはポール・クルーグマンによる「景気刺激策の規模が足りなかった」という左派内オバマ批判に、あれ以上の規模は議会を通過できなかったという政治的現実論で応戦し、右派からの「景気刺激策は失敗した」という批判を、大恐慌寸前の不況が、今や最悪の事態を回避し、徐々に失業率が低下していると退ける。さらに、「医療保険を雇用対策より優先した」という左右両方からの批判には、景気刺激策の効果が浸透しつつあったと擁護している。「債務上限引き上げをめぐる交渉でオバマは弱気だった」という批判には、アメリカ経済の「こめかみ」に過激派が銃口を突きつけていた状態で、何ができたのかと、共和党とりわけ保守派に責任転嫁する論法である。オルターはオバマ擁護を誌面で鮮明にし過ぎたことが間接的な原因で「ニューズウイーク」を追われ「ブルームバーグ」に移籍したとも囁かれるが、コーンやオルターのようなオバマ陣営代弁派の論客にとっては、オバマの明示的な選挙向けのリベラル・シフトは好ましい流れでもある。
無論、党派的な政治言論に留まらない知的に意義深いオバマ論も存在する。ハーヴァード大学教授ジェイムズ・クロッペンバーグの『Reading Obama: Dreams, Hope, and the American Political Tradition』(邦訳 ジェイムズ・クロッペンバーグ著、古矢旬、中野勝郎訳『オバマを読む:アメリカ政治思想の文脈』岩波書店、2012年)が、2012年2月にペーパーバック版でも出版されている。オバマの政治を熟議デモクラシーから紐解く思想的挑戦だが、ロールズの正義の原理がコミュニティ・オーガナイズの過程に関連付けられるなど、オバマの足跡と密接に結びつけられており説得力がある。コミュニティ・オーガナイズの活動家はロールズの正義論を実行すべく行動していたと証言するマイク・クルーグリックは、ケルマン、ガルーゾと並んで、オバマの重要な恩師であるが、当時の一連のコミュニティ活動のロールズとの思想的な親和性はクロッペンバーグの本書で初めて明らかにされた。左派論壇で党派的なオバマ政権擁護が繰り出される一方、こうした骨太のオバマ論が版を重ねることで、リベラル派の浅薄な選挙向け言論が相対化される意義は少なくない。
他方で、左派論壇のロムニー批判は、ロムニーの概ね資質論に収斂している傾向がある。ハフィントン・ポスト寄稿者のロバート・クレーマーは「ミット・ロムニーの最大の敵はミット・ロムニー」と述べ、1:ロムニーが個人的な成功以外にコアな価値観を有していないこと、2:ミドルクラスと乖離したウォール街やCEO階級の象徴であること、3:マサチューセッツ州知事時代の雇用と経済は失政である、としている。また、「ニューヨーカー」誌のライアン・リザは、ロムニーの保守化シフトが効果的ではない点を批判する。ロムニーが2012年4月以降に主張し始めている住宅都市開発庁の廃止、教育庁の縮小などは、レーガン以来主張されてきたスローガンだが、どの共和党政権でも現実的には実行されておらず、W・ブッシュは政府の縮小ではなく減税でこそ共和党は成功するという過去20年の経験則に従ったとする。省庁廃止はキャンペーンの現実的なイシューになりにくく、ロムニーの政治センスの悪さを皮肉っている。さらに、E・Jディオンヌはロムニーが白人大卒男性の支持ではオバマを引き離しているものの(57%)、白人大卒女性の間ではオバマがリードしている(60%)ジェンダーギャップを指摘する。ディオンヌは、サントラムを支持していた福音派キリスト教徒と労働者層を引き寄せるとともに、社会争点で穏健な女性票を同時に狙うことがロムニーに求められるが、それはきわめて困難であるとしている。
左派論壇内でのオバマに対する苦言がないわけではない。とりわけ穏健な超党派的な視点からは、財政赤字問題の棚上げが批判の的である。トーマス・フリードマンは「削減、支出、投資」の3ステップを超党派で実現する長期プランがオバマにはないとして、シンプソン=ボウルズの財政赤字削減特別委員会の提案を採用すべきだったとしている。2012年一般教書演説を政治的によくできた演説と評価しながらも、財政赤字に触れていないことを批判していたデイビッド・ガーゲンの指摘とも重なる、鋭い批判である。
参考文献記事
1:David Corn, Showdown: The Inside Story of How Obama Fought Back against Boehner, Cantor and the Tea Party, William Morrow, 2012
2:Jonathan Alter , The Promise: President Obama, Year One, Simon & Schuster, 2010.
3:Jonathan Alter, " You Think Obama’s Been a Bad President? Prove It", Bloomberg View,(Aug 26, 2011) http://www.bloomberg.com/news/2011-08-26/you-think-obama-s-been-a-bad-president-prove-it-jonathan-alter.html
4:James T. Kloppenberg , Reading Obama: Dreams, Hope, and the American Political Tradition, Princeton Univ. Press, 2012. ジェイムズ・クロッペンバーグ著、古矢旬、中野勝郎訳『オバマを読む:アメリカ政治思想の文脈』岩波書店、2012年
5:Robert Creamer, "Mitt’s War on Mitt", huffingtonpost.com (April 22, 2012)
http://www.huffingtonpost.com/robert-creamer/mitts-war-on-mitt_b_1444564.html
6:Ryan Lizza, "Why Romney is No Regan", The New Yorker, (April, 17, 2012)
http://www.newyorker.com/online/blogs/newsdesk/2012/04/why-romneys-no-reagan.html
7:E.J. Dionne Jr., "How Santorum boxed in Romney", The Washington Post,(April 12, 2012),
http://www.washingtonpost.com/opinions/how-santorum-boxed-in-romney/2012/04/11/gIQAjh1fAT_story.html
8:Thomas L. Friedman, "I’m Not Mitt Romney" NYT, (April, 10,2012)
http://www.nytimes.com/2012/04/11/opinion/friedman-im-not-mitt-romney.html?_r=1&ref=thomaslfriedman