渡辺将人 北海道大学大学院メディア・コミュニケーション研究院准教授
インターネットとソーシャルメディアの選挙利用におけるインフラは、ビッグデータによる資源配分などで2012年大統領選挙サイクルまでにかなりの到達点に達した。あれから4年が経過し、スマートフォンの普及がさらに浸透する中で、有権者は「発信者」にもなっている。「自撮り」の一般化で、イベントでの政治家とのツーショットも簡単になった。今年の共和党大会は、会場で政治家と写真撮影をした代議員の写真とツイートが、幕間のスクリーンに映しだされる演出を施した。誰もが「カメラマン」「記者」になった現在、党大会演説、ディベートから、地元イベントの様子まで、ソーシャルメディアで共有することが日常化している。
それだけに弊害は情報洪水だ。主流メディアへの信頼感が薄れ、パンディットの言うことを真に受けるわけではない有権者にソーシャルメディア経由で陣営が一定の方向性を与える努力が2016年大統領選挙でも工夫されている。以下、民主党側の事例だ。
1つの試みは、大統領選挙ディベートの「ファクトチェッカー」である。ディベートでの発言の真偽の確認については、これまでメディアが事後で記事化することで行ってきた。有権者はそれを観たり、読んだりして判断したので、時差が生じ、直後の世論調査には反映されないこともあった。相手候補の発言チェックは、2012年オバマ陣営もメディア担当上級スタッフが既にオンラインで行っている。ボランティアの戸別訪問時にロムニー陣営の嘘を訂正させるための情報を活動家向けに出してきた。
しかし、今回のヒラリー陣営はディベートの最中にヒラリー陣営のサイト内に「Literally Trump」という「ファクトチェック」のコーナーを設ける試みをした。リアルタイムで「何が事実か確認してください」とヒラリーも訴えた。1時間以内にサイト訪問は200万を数え、これは陣営サイトの1時間の最高訪問数の10倍だった。ソーシャルメディアでは約1万8000回シェアされたという。
「Literally Trump」ではメディアからの引用とYouTubeの動画をリンクさせている。狙いがディベートのファクトチェックだけでなく、ディベートの相手発言の真偽確認に便乗したトランプ攻撃だからだ。どんなスポット広告よりも効果的なネガティブ攻撃である。例えば、トランプが否定しているイラク戦争への賛成発言について、DJのハワード・スターンの番組の一部を証拠音源としてYouTubeにリンクした。結果、スターンもトランプはイラク戦争に賛成していたと認める展開となっている。
ネット関連でもう1つの試みは、戦略的なネット世論形成だ。ヒラリー陣営は「プログレッシブ・アウトリーチ」という新部門を立ち上げ、リベラル系活動家やリベラル系のネットメディアと連携する戦略を党大会前から強化し始めている。別稿の党大会現地報告 「現地報告 2016年全国党大会「番外」①:サンダース支持者の抱擁という課題」 で述べたように、党大会前からサンダース支持層の離反が懸念されていた。
ヒラリー陣営もトランプの無料メディア戦略の効果を認めているが、ヒラリー陣営としては、ネットのナラティブを支配することが大切で、アメリカの代表的なブロガー、ネットリベラル言論の関係者との連携を重視している。サンダース支持層との和解に一役買っているのが、著名なリベラル系ブログ「デイリー・コス」だ。「デイリー・コス」は今年5月、寄稿ブロガーたちに「特権階級、戦争好き、ネオコンなどの“チープなスローガン”でヒラリーをけなすことは許さない」として、事実上ヒラリー批判の禁止令を出して話題となっている。また、ジル・ステインなど第三党候補の支持も御法度だ。「言論の自由」の点からは微妙な問題が残るが、党派的なキャンペーン空間と捉えれば、報道機関ではない「デイリー・コス」の方針には異論は挟みようがない。
ただ、陣営内の本質的な路線問題が残存していることが、リベラル派のネット世論の活性化の障害になっている面もある。代表的なのは「ネガティブかポジティブか」という問題だ。ヒラリーの長所をアピールするポジティブ活動を中心にネット世論を展開すべきで、過度なネガティブはやめるべきというブロガーもいる中、陣営やコンサルタントはネガティブも必要で、両方やることに意味があるという姿勢のまま本選になだれ込んでいる。
トランプほどネガティブをやりやすい相手はいないが、それが中毒になってしまい、ネガティブ攻撃でネット論壇が埋め尽くされることへの反省は「デイリー・コス」内にもあると、同サイト編集者は筆者に語る。陣営としてもトランプへのネガティブ攻撃が内部結束には効果的でも、無党派向けにはさほど効果的でないことは理解している。
ヒラリー陣営を応援するリベラル派のサイト運営関係者の間では、ヒラリーをポジティブに売り込む策として、サンダース陣営の意見を取り入れた党綱領をもっとアピールすべき、医療保険のパブリックオプションについてのヒラリーの発言を強調すべき、ウォーレンと演説すると支持率があがるのでウォーレンと絡めた発信をすべき、などが出ている。「就任100日公約」「100時間公約」などを明確に出せば、リベラル派の有権者は喜ぶとしてその手の情報を陣営側に求める関係者もいる。また、ネガティブ攻撃がトランプに偏らないようにと副大統領候補のペンス攻撃へと分散させる工夫もしているようだ。
「デイリー・コス」編集者が筆者に語ったところによると、ヒラリー支持を公には言いにくい人(陣営がいう「シークレットの応援団」)が、まだまだ少なくないという。サンダース支持派がそこかしこにいる中、友人を失う空気があり、匿名でこっそりとソーシャルメディアで書くことでしか応援できない層だ。こうした空気を残り数週間でさらに払拭しなければ、オバマ陣営が2012年にフル稼働させた、友人から友人への投票呼びかけのGOTVツールもうまく機能しない可能性もある。