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アメリカ大統領選挙UPDATE 4: 銃規制の選挙戦における位置づけ:フロリダ州乱射事件を受けて

July 26, 2016

渡辺将人 北海道大学大学院メディア・コミュニケーション研究院准教授

伝統的に銃規制は民主党内のウェッジイシューとして避けられてきた。ハンティング愛好者の多い農村州の民主党議員の造反で銃規制法案は頓挫するのが常であり、銃事件が起きれば防犯意識から、むしろ銃購入は増える傾向にあった。大統領選挙では過度に争点化にしないのが戦略上は常道だった。

ところが、フロリダ州オーランドの乱射事件が、「常道」を部分的に修正し、事件は大統領選挙の論戦に影響を与える可能性がある。死傷者の規模という量的側面もさることながら、同性愛者が標的になったこと、内外のテロ脅威の増大、イスラム教徒や不法移民への否定的な発言を共和党トランプ候補が行っている3つの質的な理由で、従来の銃事件とは違う選挙戦略への転用も見られるからだ。

現時点、民主党は「銃規制」と「ヘイトクライム防止」の二つの切り口で攻めている。

第1に、銃規制のフロントだが、ヒラリー陣営は予備選過程で、通常に比べると銃規制を表でアピールしてきた。これはTPP反対に象徴される左傾化のなかでサンダースと政策的な差異化をしにくい中、銃規制はヒラリーをサンダースよりリベラルに見せる数少ない争点だったからだ。ブレイディ法という夫のビル・クリントン政権の遺産もあり、銃規制は中道疑惑をリベラル派に持たれるヒラリーがリベラルを強調しやすい争点だ。

サンダースは地元バーモント州の猟愛好文化もあって、民主党の銃規制法案に反対票を投じてきた。しかし、フロリダ州の事件を受け、殺傷能力の高い銃の規制に賛成の意向に転じている。そうなればヒラリー陣営にとっては、サンダース陣営との結束も演出できる。また、銃規制アドボカシー団体「エブリタウン・フォー・ガン・セイフティ」がヒラリーへのエンドース(支持)を表明したが、この団体はマイケル・ブルームバーグ元ニューヨーク市長が、サンディフックの銃事件に呼応して2014年に5000万ドルを投じて立ち上げた団体である。ブルームバーグは治安重視で銃規制強化派である。銃規制の推進はブルームバーグら治安強化派のインデペンデント層との連携の象徴効果もある。

銃規制に最も熱心なのは、学校と放課後の地域社会を安全に保ちたい子育て主婦層であるが、テロを懸念する「セキュリティ・ママ」とも重複する。激戦州の要所、例えばヴァージニア北部、フィラデルフィア郊外などで、彼女たちがスィング票となるとの見方もある。トランプは就任初日に学校をガンフリーゾーンから適用外にするとしており、これをヒラリーは早速Twitterで批判している。ちなみに適用変更は大統領令では困難で、議会の決定が必要なこともトランプ陣営の無知を印象付けた。

第2に、「反ヘイト」のキャンペーンである。同性愛者への憎悪が絡んでいた事件である上に、犯人の思想的な背景から、イスラム教徒への排斥感情の高まりも懸念された。民主党戦略家のロバート・クレーマーは「イスラム原理主義者、白人の人種差別主義者、反中絶の過激派らによる殺人行為は、不寛容や偏見に根ざしている点ではどれも同じ」であり「不寛容とヘイトスピーチ」との戦闘が必要だと指摘する。

6月27日には、ヒラリーはシカゴでジェシー・ジャクソン師が設立した「レインボー・プッシュ会議」の年次総会に出席し、「子どもたちと人々を銃の暴力から守ることは、今日のアメリカにおける公民権の問題だ」として、銃事件対策を「公民権」と拡大解釈して定義した。イスラム教徒アウトリーチ(寛容性アピール)にもこの問題を転用する構えで、全国党大会に向けて、LGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー等の性的少数者)、女性(母親)、信仰コミュニティなどへのアウトリーチを睨んだ、銃規制をシングルイシューに留めない包括的アウトリーチへの応用が顕在化してくると予想される。

他方、トランプ陣営は、フロリダ州の事件を自らが主張してきたイスラム教徒の入国禁止等の正当化には追い風にする構えだ。だが、銃規制問題に過剰に論戦が傾斜すれば、トランプ陣営には不利な面も皆無ではない。トランプは2000年に改革党から大統領選挙に出馬した際、出版した書籍の中で銃規制賛成を明言した過去がある。全米ライフル協会などガンロビーが共和党と近いこともトランプは揶揄していた。明らかに民主党寄りだったトランプの銃に対する姿勢の変節について、ライフル協会の幹部は猜疑心を隠さない。ヒラリーよりもましだから応援するというのが本音のようだ。トランプは銃規制賛成の過去を隠すために、トランプ一家の銃愛好ぶりのアピールに追われている。

また、トランプはテロリスト予備軍として政府の監視リストにある者への銃販売は、強く規制すべきとの「二重基準」を主張しており、テロ対策の一環で部分的な銃規制に賛成している。しかし、リバタリアンのなかには、逮捕歴のない監視リストの者に一斉規制をするのは、自由の原則に反するとして難色を示す向きもある。「愛国者法」反対と同じ根拠だ。トランプ陣営としては、共和党保守派が堅持する憲法修正二条の理念と、テロ対策への現実的な対処による規制との微妙なバランスの取り方が難しい。さらに、ヘイト感情をいたずらに増幅させれば、マイノリティの反トランプ運動がLGBTにも飛び火して民主党の動員には有利だ。

しかし、銃規制の争点化は、民主党にとってはトランプ・ボーター化しかねない無党派寄りの白人男性労働者票を遠ざけるリスクと表裏一体だ。ヒラリー陣営はオハイオ州、ケンタッキー州農村部のブルーカラー層相手には銃規制を話題にしない「配慮」をしている模様だ。トランプにとっては銃所持の権利堅持をアピールすることは、文化保守層の集票と重なるだけに譲れない。

ただ、銃規制をめぐる攻防は、レトリックの次元で選挙利用されるにとどまっており、連邦議会で銃規制法案が通る見通しもたっていない。下院議員による「座り込み」なども、法案の実現困難を見越した上での対メディアのアピールであり、リベラル派議員による選挙区向けの選挙戦の一環という見方もできよう。

    • 北海道大学大学院メディア・コミュニケーション研究院准教授
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