左派論壇が好むテーマは一貫してロムニー批判にあるが、言い換えればオバマ賛美をことさら強調できない情勢の厳しさの反映とも言える。6月中旬、オバマ陣営上級コンサルタントは筆者に対し「キャンペーン運営はアメリカの選挙史上もっとも完成度が高い」と自信を見せながらも、「今回の選挙に勝てないとすれば、スーパーPACが理由の1つになろう」と「経済」とあわせてスーパーPACが懸念要素である考えも示した。6月以降の陣営には厳しい緊張感が満ちているが、欧州経済への懸念に加え、内政上の危機も関連している。
第1に、ウィスコンシン州知事のリコール失敗問題である。左派論壇は様々な方向から解釈を試みている。目立つのはスーパーPACによる巨額の資金がウィスコンシンに流れ込んだことで、敗北したという分析である。SALON.COMのジョアン・ウォルシュは、「Walker Wins one for the Plutocrats」(2012/6/6)で共和党支持層が民主党の7倍の資金をウィスコンシンに集積させたことが大きかったとする。左派としては、運動の足腰を強化する地上戦の鍛錬で効果があった点を評価しつつも、ウォルシュは「オキュパイ・レフト」が民主党に忠誠心が薄いのに対し、「ウォールストリート・デモクラット」だけは離反させられない中、ウィスコンシンに積極介入して二極化の主犯になるリスクのジレンマからも、ホワイトハウスの初動の非介入姿勢に理解を示す。
他方、「ニューリパブリック」誌のアレック・マクギリスは、「Meet The Walker-Obama Voter」(2012/6/6)で、「ワシントンポスト」の出口調査ではリコール投票者の52%が既にオバマに本選で投票を決めていると回答し、17%のオバマ支持者がウォーカーに投票した事実を取り上げ、彼らをウォーカーとオバマに両方入れる「ウォーカーオバマ・ボーター」と分類している。リコールに感覚的に馴染めない「現職傾斜」の選挙民が多かったことを示唆し、結果に一喜一憂すべきではないとする。
そもそもアメリカのリコールは不信任投票と同時に、対抗馬が存在する補欠選挙を兼ねているので、現職解任の是非をめぐる判断に対抗馬(今回はトム・バレット)に対する評価が混入する。リコール失敗が「現職の続投への希求」なのか「現職に不満ありも、対抗馬の信頼度に難あり」だったのかは不分明だ。また、州知事リコールはアメリカ史上でも3例目に過ぎない。マクギリスもリファレンダムよりリコールのほうが実現は難しいと分析するが、いずれにせよ「ウォーカーオバマ・ボーター」はスイングボーターであり民主党は依然として楽観できない。
第2に、医療保険と価値争点票の接点である。医療保険改革法について最高裁の合憲判決が下り、違憲判決がオバマ政権の後退色を醸し出すという最悪の事態は回避した。しかし、医療保険をめぐる火種は完全に消え去ってはいない。オバマ政権の緊張感を増す要因となっているのが、医療保険がカバーする避妊をめぐり43のカトリック団体が12の連邦地裁に訴えている問題である。ジョージタウン大学ロースクールの女子学生の避妊コストの重さを訴える議会証言に対してラッシュ・リンボーらが同学生を「売春婦」扱いをする攻撃をした。
同問題に対して、「マザージョーンズ」誌のモニカ・バウアレインとクララ・ジェフリーは「WTF, GOP ?(いったいどうしたのだ、共和党?)」と題する同誌カバーストーリー(June, 2012)で共和党批判を展開している。表紙は「選挙に勝てる道はあるのか」という見出しで、以下の票田すべてに共和党が喧嘩を売っていると斜線を入れている。「セックスが好きな人、銀行が嫌いな人、サッカーママ、ラチーノ、ミレニアル世代、高齢者、病気を患っている人、科学者、エコノミスト、リバタリアン、愛犬家、99%、同性愛者、退役軍人、同性愛の退役軍人」。
バウアレインとジェフリーは、ジェンダーギャップの不利を共和党はさらに拡大させるだけだとして、63%の女性が避妊を含む無償医療に賛成としているが根拠は曖昧だ。共和党戦略家アレックス・カステラノスの「共和党としてセックスを批判するのはよくない。セックスはポピュラーだから」という言葉を強調して引用しているが、信仰系選挙民を無視した結論かもしれない。
Catholicherald.com(12/5/30)は43団体が訴えを起こした5月中旬の調査で、72%のカトリック教徒が法と抵触しても宗教の自由が認められるべきだと回答していると伝えていて、「共和党支持か大変保守的」の86%がそう回答しているが、「民主党支持か大変リベラル」の60%も宗教の自由重視と回答している。ピューリサーチの2月の調査でも、週に1度は教会に通うカトリック教徒で宗教系の医療機関も避妊をカバーすべきだという意見は25%にすぎない。カトリック系団体NETWORKによる尼僧バスツアーが6/18から7/2までアイオワ、ウィスコンシン、オハイオ、ペンシルバニアなど激戦州を巡回するが、オバマ政権のホワイトハウスと厚生省の信仰基盤室もこれに期待を寄せる。
第3に、オバマ2期目の新たなビジョンの乏しさへの危機感だ。左派論壇では漸く2期目の未来像をめぐる記事も出始めた。言い換えれば、オバマ周辺はリベラル系コラムニストや記者の口を通して、徐々に2期目のイメージを開示しつつあり、これをキャンペーンの補足的な梃にしたい意図もうかがえる。「ニューヨーカー」誌のライアン・リザは、ディビッド・プラフとホワイトハウスでの単独インタビューを基に長編記事「The Second Term: What Would Obama Do If Reelected?」(2012/6/18)を書き下ろしている。オバマが情熱を注ぐ課題はインフラストラクチャーだとしているが、内政関係の立法で2期目に勝算があるのは移民改革であるという。
リザは安全保障担当副補佐官ベン・ローズとも会見している。リザはアメリカのパワーを中東から東アジアにリバランスしていく方向は2期目も明確としつつも、イスラエルとパレスチナの関係改善も2期目の主要課題だとしている。後者は、ナタニヤフがロムニー政権を望んでいるとホワイトハウスが分析している、とリザが伝える背景とも関連したスピンかもしれない。北朝鮮問題では、現状を変える余地が2期目にあると大統領も考えていないとリザは記している。2期目のオバマがますます左傾化して「社会主義」を押し進めると煽る保守言論については、再選で基礎票の支持を得たら2期目のオバマはかえって中道に寄りやすくなるはずと一蹴する。
オバマはリザの記事の予測と呼応するかのように、6月15日に突如として不法移民の合法的滞在を認める大統領令を発表した。16歳未満で入国し30歳以下、5年以上滞在、高卒以上か軍経験有りで犯罪歴がないことを条件に2年更新とはいえ、約80万人の対象は少なくない。しかし、戦術的な経済ポピュリズムを超えて、大きな未来を描く「2期目像」を選挙戦の中心に据えられるのかは依然未知数である。
参考文献記事
Bauerlein, Monika and Clara Jeffery, "WTF, GOP ?" Mother Jones(June, 2012)
Lizza, Ryan, "The Second Term: What Would Obama Do If Reelected?" The New Yorker(2012/6/18)
MacGillis, Alec, "Meet The Walker-Obama Voter", The New Republic (June 6, 2012)
http://www.tnr.com/blog/plank/103907/meet-the-walker-obama-voter
Walsh, Joan, "Walker Wins One for the Plutocrats", SALON.COM (Jun 6, 2012)
HTTP://WWW.SALON.COM/2012/06/06/WALKER_WINS_ONE_FOR_THE_PLUTOCRATS/
"Poll Finds Most Value Religious Freedom Even When it Conflicts with Law", Catholicherald.com(2012/5/30)
http://www.catholicherald.com/stories/Poll-finds-most-value-religious-freedom-even-when-it-conflicts-with-law,19157?content_source=&category_id=&search_filter=poll&event_mode=&event_ts_from=&list_type=&order_by=&order
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"Public Divided Over Birth Control Insurance Mandate" Pew Research Center, (2012/2/14) http://www.people-press.org/2012/02/14/public-divided-over-birth-control-insurance-mandate/