ポール・J・サンダース
センター・フォー・ザ・ナショナル・インタレスト常務理事
東京財団「現代アメリカ」プロジェクト・海外メンバー
米国における、新たな採取技術を用いた天然ガス生産量の急増は「エネルギー革命」として大々的に取り上げられている。実際、その表現は正しいだろう。しかし、過去の「革命」がすべてそうであったように、直ちに現れる影響というのはごく一部でしかない。その他の部分が、時間の経過とともに思わぬ結果として浮上することもある。「革命」の影響は予測可能かつ魅力的な経済効果にとどまらない。今後米国が天然ガス輸出大国として頭角を現すことになれば、また他地域において「非在来型」ガス資源開発が進めば、米国内のみならず、世界的に大きな政治的影響が及ぶ可能性があるのだ。
情報・分析分野のグローバル企業であるIHS( http://press.ihs.com/press-release/energy-power/shale-gas-supports-more-600000-american-jobs-today-2015-shale-gas-predict )による最近の調査結果によれば、2010年、米国ではシェールガスにより60万人の雇用が創出されたという。さらにこの数字は、2015年には87万人、シェールガスが米国の天然ガス生産の60%を占める2035年には160万人に達すると予想されている。また、同調査では、経済成長効果を、2015年までに年間1,180億ドル、2035年までに年間2,310億ドルと試算している。同期間の国家、州、地方政府の累積税収は1兆ドルに達する見込みだ。シェールガス抜きのシナリオの場合、同期間の米国経済は低成長が見込まれることから、シェールガス生産は、米国にとって今後重要な資産になるものと考えられる。
だが、今後を見据えた場合、シェールガス生産がもたらす実際の政治・経済的影響を評価する上で、1)米国は目論見通り生産量を増やしていけるか、2)シェールガスを埋蔵する他諸国において開発は首尾よく進むか、という2点が重要な問題と思われる。共に複雑な要素をはらんでおり、十分な整理を行なうには紙面が足りないが、慎重な検討が必要であることは間違いない。米国内では、国内政治および規制(シェールガス開発を好意的に受け入れている)および、環境面での影響(環境への影響は限定的であり、管理可能と考えられている)がこうした要素として挙げられるだろう。他国の場合、最重要要素はそれぞれ異なる。中国の場合、政治・環境面の懸念はそれ程の難題とはならないだろうが、シェールガスの抽出に用いられる水圧破砕法に欠かせない十分な水量を確保できるかという点が問題となる。一方、欧州の政府や企業は、大規模な資源集約的プロジェクトに対する政治的反対運動に苦慮することになるだろう。
スケールはや小さくなるが、それでも重要な問題として、米国は果たして天然ガス輸出国になれるか、というものがある。米エネルギー情報局( http://www.eia.gov/forecasts/aeo/ )による最近の予想によれば、米国は早ければ2016年には液化天然ガス(LNG)を輸出可能なレベルに達し、2020年以降は純輸出国に転換するという。また、2035年時点での生産剰余量は、1兆3,600億立方フィート(1.36 tcf)すなわち約380億立方メートル(38bcm)と試算している(最も楽観的なシナリオでは、7tcf、約200bcmに達する)。参考までに、EIAによる2035年の日本のガス消費量が約4tcfである。しかし、そうした予測にもかかわらず、同機関発行の権威ある年鑑『Annual Energy Outlook』2012年版において、LNGの輸出は「予想困難な諸要素に左右されるため、不確定な点が多い」と記述している。
米国が輸出に十分なガスを生産したと仮定した場合、現行の米国法では、輸出に政府の承認が必要である。この承認は、内国民待遇を得るFTA相手国への輸出には手続き上問題ないと考えられる。しかし米国議会では、ガス輸出をめぐり低水準の議論が行われている。一部の議員は、輸出制限を主張している―それが国内ガス価格の押し下げにつながるのではないかとの期待からだ。一方、輸出自由化拡大による国内ガス価格の上昇は限定的に過ぎず、むしろ持続可能な生産増を確保する一助となるのだ、と反論する声もある。米国が国内エネルギー価格抑制を目的とした輸出制限を実施すれば、世界貿易機構(WTO)協定の下、不適切な助成を行なっているとの批判に晒される可能性を考慮している議員は皆無のようだ。
米国のガス輸出にとっての最終ハードルは、価格ということになるだろう。米国内の天然ガス価格は、歴史的基準からすれば低水準を維持できると思われるが、液化天然ガスの輸出には大規模なインフラ投資が必要である。米国天然ガス価格が国際的競争力を持ち得るかどうかは、ひとえに今後20年間の市況次第だろう。もちろん、米国がガスを全く輸出しないとしても、米国の輸入量減少により、国際LNG市場にかかる圧力の緩和が続くことになる。元々米国向けにLNGを産出していた中東は、すでにその輸出先を欧州に変えつつある。その影響により、欧州大陸の主要消費国は、ロシアからの天然ガス輸入価格の引き下げに成功している。
シェールガス生産急増はどのような意味を持つのか―これについては、依然推論の域を出るものではない。しかし、気候変動を懸念する向きに対して、あるアナリスト( http://dotearth.blogs.nytimes.com/2012/07/04/a-greenhouse-gift-if-china-follows-u-s-shift-from-coal-to-gas/ )が、米国の発電エネルギーの石炭から天然ガスへの移行により、すでに温室効果ガス削減量は欧州における規制や制限の成果に比べると、二倍の効果をもたらしているとの推計を発表した。これが、多くが唱える「気候変動問題に立ち向かう上で有用なのは規制や制限より技術や市場である」という見解を後押ししている。
国際政治レベルでは、米国が天然ガス輸出国となれば中東への依存度は低下するだろう。特に、キーストーンXLパイプラインのようなプロジェクトにより、カナダからの石油輸入拡大が同時進行的に可能になれば、そうした傾向は一層強まる。とはいえ、中東からのエネルギー輸入量がゼロになっても、米国の国内エネルギー価格は国際市場の動向に左右されるだろうし、政府は中東の安全保障や安定に引き続き頭を悩ませることになるだろう。ひとつ未知数なのは、米国がエネルギー純輸出国としてどのような動きに出るか―そして、指導者たちがエネルギーを政治的に利用しようとするか、するのであればどのような方法によってか、という問題である。
米国以外の国々がシェールガス開発に成功ということになれば、これは国際情勢にとって、米国の影響に勝るとも劣らない、重大な意味を持つことになるだろう。例えば、中国、ウクライナ、ポーランドが天然ガス大量生産にこぎつけた場合、ロシアは現在のみならず将来的にも重要な輸出市場の一部を失うことになる。特に中国は、シェールガスの埋蔵量で米国を上回っている可能性もある。中国政府が天然ガス自給率100%に近づいた場合―あるいはそのような観測が流れた場合―ロシア政府は、将来の東アジア向け輸出相手国として、日本や韓国により大きな注目を払っていくことになるだろう。しかも、もしオーストラリアも自国に埋蔵されているシェールガスの開発に取り組むとなった日には、アジアのガス市場は急速な発展を遂げることになる。
また、ドイツとロシアのガス関係に大きな影響を与えることはないにせよ、ウクライナおよびポーランドにおける天然ガス産出量が一定量に達すれば、エネルギーをかさにきたロシアの中央・南ヨーロッパ諸国(天然ガスの世界的大手である露ガスプロム社に大きく依存しているものの、ガス輸入量はそれ程多くない国々)への影響力は、大きく損なわれる。西欧経済大国による中東からのLNG輸入量が増えれば、ロシアの国際的影響力を支える一番の武器が、そして経済成長および税収の大きな基盤が、ゆっくりと崩壊することになるだろう。
こうした視点に立てば、米国のシェールガス―そして、米国が今後10年弱で世界最大のガス生産国となる可能性を秘めているという状況―は、「米国凋落」説への反論としても重要な意味を持つのではないか。「米国凋落」説は、国内経済のごたごたや、お粗末な外交政策が続く折、避けては通れないトピックである。しかし、同説を唱える人々は、2つの重要な誤りを犯している。まず、米国政府が現在抱えている問題を、短期的なものではなく長期的問題と想定している点、そして、他国の経済成長や影響力の増大と、米国の凋落とを混同してしまっている、という点だ。シェールガス革命は、米国がなぜ、そしてどのようにして国際社会のリーダーにまで登りつめたのか―更には、いかにその座を維持できるか―を示す、明確な一例なのである。