米国で共和党が2014年度の予算決議案を発表した。「2023年度に財政赤字を解消する」という意欲的な提案が行われた背景には、米国の財政再建が着実に進んできたという事実がある。本稿では、民主党の提案との比較を交えながら、共和党の予算決議案を分析する。
大幅に前倒しされた「財政赤字解消」の目標年
2013年3月12日、下院共和党のポール・ライアン予算委員長が、2014年度の予算決議案を発表した *1 。昨年の大統領選挙に共和党の副大統領候補として出馬したライアン委員長は、かねてから予算決議を通じて大胆な財政再建策を提案してきた。今回の予算決議案では、大統領選挙での敗北を経た共和党が、財政再建に関する方針を変更するかどうかが注目されていた。
こうした観点で目を引くのは、下院共和党がこれまでよりも意欲的な目標を掲げたことである。具体的には、財政が黒字化する目標年が大幅に前倒しされた。今回の予算決議案によれば、米国の財政赤字は2023年度に解消される。これに対して昨年の下院共和党による予算決議案では、「2040年度までに財政黒字に転換する」ことが目指されていた(図表1)。
税収増を受け入れた共和党
共和党が意欲的な目標を掲げることができた背景には、米国の財政再建が着実に進んでいるという事実がある。具体的には、「財政の崖」回避にともなって実施された増税による税収増を受け入れたことで、共和党は昨年よりも早い時期での財政赤字解消を提案しやすくなった。
今年の予算決議案で昨年よりも急速に財政赤字が減少している理由の大半は、提案されている歳入額の違いにある。それぞれの予算決議案が提案している歳入と歳出の水準を比較すると、今年の予算決議案では歳入の水準がとりわけ大きく上昇している。2014~22年度の9年間の累計では、今年の予算決議案における財政赤字の金額は、昨年の予算決議案よりも約1兆1,000億ドル少ない。その内訳をみると、歳入が約1兆100億ドル多い一方で、歳出については約900億ドル少ない金額が提案されている。財政赤字額の違いのうち、9割強が歳入の増加に求められる計算である。
今年の予算決議案で提案された歳入の水準が高いのは、共和党が議会予算局(CBO)による歳入のベースライン見通し(現在の法律が変更されないことを前提とした見通し)を受け入れたからである。今年はじめに「財政の崖」が回避されるにあたって、米国では「ブッシュ減税」の富裕層向け部分の失効などによる増税が行なわれた。今年の予算決議案で共和党は、こうした一連の増税によって上昇した歳入の水準を、そのまま受け入れている。共和党は昨年の予算決議案では「ブッシュ減税」の全面的な恒久化を主張していたが、今回の予算決議案では増税によって進んだ財政再建の現実を「利用」した格好である *2 。
こうした共和党の提案は、これまでとは色彩が違う。今回の予算決議案では、歳入については増減税いずれの提案も行われておらず、もっぱら歳出削減で財政健全化が目指されている(図表3)。これに対して下院共和党による過去2年間の予算決議案では、減税と歳出削減が同時に提案されていた。財政健全化を進める場合でも、あくまでも歳入面では減税を行うのが共和党の方針だったのである。
(図表3)下院共和党予算決議案による提案(2014年度)
楽観できない今後の財政協議
もっとも、こうした共和党の「転換」によっても、今後のバラク・オバマ大統領や議会民主党との財政協議が円滑に進むと考えるのは早計だろう。財政政策に関する共和党と民主党との違いは、相変わらず大きいからである。
大きな違いの存在は、2013年3月13日に上院民主党のパティー・マリー予算委員長が明らかにした予算決議案に明らかだ(図表4)。その内容を下院共和党案と比較すると、二つの大きな方針の違いが浮き彫りになる。
第一は、財政再建の目標である。前述のとおり、下院共和党の予算決議案では、2023年度に財政赤字が解消される。これに対して、上院民主党の予算決議案では、それほど大きな財政再建策は提案されていない。2023年度の時点でも、上院民主党の予算決議案では、GDP比で2.2%の財政赤字が残されている。
第二に、財政再建策の内容だ。「共和党は新たな増税を拒否し、民主党は歳出削減に消極的」という構図は変わっていない。前述のとおり、下院共和党の予算決議案は、もっぱら歳出削減で財政再建を進めている。歳入の面では、昨年までのように減税を求めているわけではないものの、さりとて新たな増税を提案しているわけでもない。これに対して、上院民主党の予算決議案は、多少なりともベースライン対比での税収増を見込んでいる。歳出削減については、上院民主党の予算決議案による削減の度合いは、下院共和党案よりもかなり小さいのが現実である。
(図表4)上院民主党予算決議案による提案(2014年度)
予算編成作業の「平常化」
引き続き混迷が懸念される財政協議だが、敢えて明るい兆候を指摘するとすれば、予算編成作業の「平常化」があげられる *3 。
最近の米国での財政運営は、大統領・副大統領と議会指導部などによる「密室」での財政協議 *4 が主導する「異常事態」が続いてきた。「平常」の予算編成作業では、上下両院がそれぞれの予算決議を可決した後に、両院協議会でその違いが調整される。ところが、過去3年間の米国では、上院で予算決議が可決されておらず、両院協議会で上院と下院が話し合う機会は存在しなかった。「平常」の作業を通じて議員の意見が吸い上げられていない以上、「密室」での合意内容が議会で承認される保証はない。このため、「密室」協議の参加者は常に自党議員の意向を気にしなければならず、かえって妥協に動き難くなっていた側面がある。また、一連の協議は債務発行上限の引き上げや「財政の崖」回避といったギリギリの局面にあわせて実施される傾向にあり、一定のスケジュールに従った「平常」の予算編成作業と比べると、不透明性への懸念が高まりやすかった。
締め切りに追い立てられた「密室」での協議による混乱は、米国の有権者が「決められない政治」への不信と「あきらめ」を強める一因にもなってきた。もちろん、たとえ両院協議会が開催されたとしても、上下両院が予算決議の調整に成功する可能性は必ずしも高くない *5 。それでも、予算編成作業が「平常」に近づくことで、財政運営に関する不透明性が多少なりとも低下することが期待されよう。
*1 :House Budget Committee, The Path to Prosperity, A Responsible, Balanced Budget , March 2013.予算決議は議会による予算編成の青写真であり、大統領が提案する予算教書に対応する。
*2 :もっとも、「ブッシュ減税」の富裕層向け部分は失効したが、それ以外の部分は恒久化されている。共和党にとって今年のベースライン見通しで示された歳入の水準は、昨年までのベースライン見通しであった「ブッシュ減税の全面失効」という最悪の事態と比較すれば、受け入れやすかったのも事実だろう。
*3 :安井明彦、 「平常への復帰」に挑む米国 、みずほリサーチ、2013年3月。
*4 :もしくは、「超党派委員会」のように特別に選ばれた関係者による協議。
*5 :さらにいえば、「平常」の予算編成作業のスタート点である大統領による予算教書の発表が、今年は約2ヶ月遅れる見込みである。Weiner, Rachel, Obama to Release Budget the Week of April 8 , Two Months Late, Washington Post, March 12, 2013
■安井明彦:東京財団「現代アメリカ」プロジェクト・メンバー、みずほ総合研究所調査本部政策調査部長