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ワシントンUPDATE   「欧州とアジアにとっての1914年と2014年」

April 10, 2014

ポール・J・サンダース
センター・フォー・ザ・ナショナル・インタレスト常務理事
東京財団「現代アメリカ」プロジェクト・海外メンバー

大半のアジア諸国にとって、今日、ウクライナやクリミアで発生している危機は遠いことに感じるかもしれない。ウクライナの首都キエフは東京からおよそ5100マイル(地球一周の4分の1)も離れており、またウクライナは経済的にも世界のトップ50に入る国家でもないことから、グローバル化がいかに進んだとはいえ、ウクライナとの繋がりを感じるには限度がある。しかしロシアやEU、アメリカを巻き込んだこのクリミア危機は、東アジアとその他の地域に対して、深刻な戦略的影響をもたらす可能性がある。

今年1月に開催されたダボス会議において、日本の安倍首相は、緊張が高まる日中関係を第1次世界大戦直前の英独関係と比較し、今日の日中における競争関係は1914年当時のドイツとイギリスの関係に似ており、経済の依存関係が戦争を防ぐことは出来なかったと述べた。この発言はむしろヨーロッパ諸国内で反響を巻き起こしているようだ。

今日のヨーロッパにおいて、ロシアはヴィルヘルム2世時代のドイツというよりは、むしろオーストリア・ハンガリー帝国に似ている。複雑な多民族国家であったオーストリア・ハンガリー帝国は、その国家形態が刻々と有効性を失っていく中、変わりゆく世界の中でなんとか役割を堅持しようとしていた。またウクライナは当時のセルビアのようである。セルビアは第1次世界大戦の引き金となったサラエボ事件を引き起こし、自らの独立を保つためにフランスに歩み寄った。もちろん歴史の類似性は決して正確ではないし、あくまで理解を助けるための一助にしかならないのだが、さらに例えるならば、今日のEUはかつてのフランスの役割を担い、今日の米国は、1914年当時、欧州大陸に大きな利害関係を有し、圧倒的なグローバル大国であったイギリスのようである。

こう考えると安倍首相による解説とは異なる構図が見えてくるのだが、決定的に重要な点において当時との重なりがある。それは、今日の中国は、既存の国際秩序に不満を抱く、自信に満ちあふれた新興国、ドイツになぞらえることができるという点だ。当時のドイツとオーストリア・ハンガリー帝国の関係が第一次世界大戦勃発の決定的な要因であったように、今日の中ロ関係はクリミア情勢の長期的な行く末を大きく左右するであろう。

さらに論を進める前に、1914年と現在の情勢が気味の悪いほど似通っているにしても、そこには根本的な違いがあることを明らかにしておきたい。それは核兵器の存在である。現在、核兵器の保有を公式に宣言している5か国のうちの4か国がクリミア危機の当事者となっている。それゆえに武力紛争の可能性は低いものの、一方で、「大戦争」といまだに呼ばれる第一次世界大戦から100年を経て、とても危険な状況にあることは明らかだ。核戦争のリスクがあるため、米国やNATOが実力行使をもってロシアをクリミアから追い出すようなことはまず考えにくい。同様に、ロシアが西側の死活的利益を侵すような事態も想定し難い。

第1次世界大戦の大きな教訓の1つは、当事者が望んでいなくても、予測していなくても、大規模かつ破滅的な戦争は起こり得るということである。さらにいえば、たとえ直接的には戦闘にいたらないまでも、大国間の対立にはかなりのコストが伴う。この点については、米ソ冷戦が最適の事例だろう。核抑止によって米ソ戦争を免れ、欧州やアジアにおける米国の主要同盟国に対するソ連の攻撃を防ぐことはできたけれども、一方で、朝鮮半島、ベトナム、中東やアフガニスタンでは大規模な戦争が勃発し、途上国では内戦が発生した。その結果、失われた人命と経済的損害は計り知れないものとなった。

今のところ、中ロ関係は複雑で、両者の間には根強い相互不信感がある。中ロ両国の戦略的な利益は決して同一のものではないし、歴史の傷跡や心理的なコンプレックスのはけ口を中ロは米国、欧州、日本に対してのみ求めているわけでもない。確かに中ロは国連安保理などの場において協力しているように見えるが、それは戦術的なものに過ぎず、中央アジアでは経済的な競争関係にある。そこでは中国が勝っているが、ロシアはアジアにおける外交的立場の強化に努めている。2011年来の米ロ関係の悪化が日本外交にとっては有利に働いたように、米国との信頼関係構築を通じた中国牽制ができないため、ロシアは他のパートナーとのとの関係強化を試みている。

同時に、米国やEU、中国は、経済的な理由から、対ロ関係の破綻に至らないよう振る舞っている。例えばEUは対ロ経済関係を危険にさらすことには消極的で、フランスのローラン・ファビウス外相は、予定されているロシア海軍へのミストラル級強襲揚陸艦2隻の売却を今のところ止めるつもりはない、と明言した。中国にとってはより大きな利害が絡む問題である。特に、米国がEUとの間で環大西洋貿易投資パートナーシップ(TTIP)を、またアジア太平洋地域では環太平洋パートナーシップ協定(TPP)を締結しようとしており、もし米国がその2つの枠組みで成功すれば、その地理的中心に米国は位置することとなり、両貿易圏の貿易量は世界貿易の60%以上を占める。

中国は長年にわたって、武力行使に反対し、国家主権の尊重、あらゆる国家の領土保全を支持する立場を堅持してきたことから、今回のウクライナ危機におけるロシアの行動や、ロシア編入の是非が問われたクリミア住民投票を支持する姿勢を公には見せていない。いずれも中国が国内で抱える少数民族問題に密接に関連してくるだけに、今回のウクライナ危機に関する中国の公式声明は慎重な内容となっている。

しかし1914年の第一次世界大戦の事例が痛ましいまでに明らかにしたように、公の声明の裏で、国家間では全く異なった内容のやり取りをすることがある。秘密条約や暗黙の合意が存在し、そのような表裏の不一致こそが、紛争勃発を招いた誤算の連鎖を生んだのであった。よって中国の指導者達が、クレムリンの指導者達への電話で、中国外交部の当たり障りのない公式見解と同様の内容を伝えているであろうなどとは考えられない。中国の視点からすれば、クリミアにおけるロシアの成功は、米国、そして欧州の国際的リーダーシップに大きな打撃を与える可能性があり、それは中国自身の役割拡大に向けた新たな機会を生むことにもなる。

さらに皮肉な見方をすれば、ロシアと欧米の関係が悪化することでロシアは必然的に中国との関係を強化せざるを得ないと中国は計算しているかもしれない。もし西側からの対ロ投資が打ち切られてしまえば、ロシアにとって中国の相対的な重要性は高まる。エネルギーの対ロ依存を懸念する欧州各国が、仮に輸入先の多角化やEU域内でのシェールガス採掘を進めるようになった場合、ロシアの国営石油会社ガスプロムは中国に対してこれまで以上の値下げで臨むことになるやもしれず、それは、中ロをめぐるエネルギー関係の進化を阻んできた要素が取り除かれることを意味する。さらにロシアは中国向けのハイテク武器の輸出も再開することになるかもしれない。

中ロ関係の深化は、外交・安全保障上、日本に大きな影響を与えかねない。そうなれば、ロシアにとって対日関係改善の必要性は低くなるとともに、中国との関係深化の妨げにもなることから、プーチン大統領は日本との関係改善を求めなくなるだろう。そして、より直接的には、中国の軍事力や北方領土問題、エネルギー協力といった課題に大きな影響を与えるであろう。さらに、ロシアの対イラン、対シリア関係を考慮すれば、中東情勢にも影響が出るであろうし、ロシアが彼らに支援を与えるようになれば混迷は深まるばかりだろう。そして国連安全保障理事会は再び冷戦時代のような機能不全に陥ることになる。

ここで重要な点は、以上のような事態を招来するのに、中国はロシアの行動や立場に対して、何ら明確かつ公的な支持表明をする必要はないということである。中国は、公には中立的な声明を発しながらも、ロシアのリーダーに対しては内密に支援を確約し、安全保障や経済に関わる新しい協定に署名をすればいいのである。習近平国家主席が望みさえすれば、中国自身は外交・安全保障政策の大枠を全く変えることなく、中ロ関係深化を図ることができる。さらに不吉なことをいえば、米国が欧州回帰外交とアジア回帰外交を同時に実行することなどできないのではないか、などと習国家主席や他の中国指導者達が考え始めようものなら、その時こそは米国の決心がより厳しく問われることになる。

■ 1914 and 2014 in Europe and Asia(原文、2014年3月10日掲載)はこちら

    • Senior Fellow in US Foreign Policy at the Center for the National Interest President, Energy Innovation Reform Project
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