アメリカ金権政治の復活~最高裁マカッチェン対連邦選挙管理委員会判決で加速化する政治献金規制の形骸化~
4月2日、合衆国最高裁判所はマカッチェン対連邦選挙管理委員会(McCutcheon v. Federal Election Commission)のケースで、マカッチェン側の主張を認め、連邦議員候補と全国政党委員会、そして政治活動委員会(PAC)への献金限度枠は違法であるという判決を下した。判決以前は候補一人当たりへの寄付は$2,600、候補寄付総額は$48,600、そして政党とPACへの寄付は$74,600に制限されていたのが、今回の判決で無制限となった。
最高裁に上訴したショーン・マカッチェンはアラバマのビジネスマンで、本訴訟には共和党全国委員会も原告に加わった。マカッチェンは2012年選挙では連邦議員候補16人に$33,000余りを寄付した上、更に12人の候補に$1,776ずつ寄付したかったが、献金総額に関する制限によって献金できなかったことを不服とし、最高裁まで争った。
判決はジョン・ロバーツ長官を筆頭とする保守4人(ロバーツ+アントニン・スカリア、サミュエル・アリート、クラレンス・トーマス)に中間のアンソニー・ケネディーを加えた5人がマカッチェン側の主張を認めたのに対して、リベラル派が4人(ルース・ベイダー・ギンズバーグ、スティーブン・ブライヤー、ソニア・ソトマイヨール、エレナ・ケイガン)が反対する形となった。保守派4人とケネディー判事は2010年のシティズンズ・ユナイテッド対連邦選挙管理委員会(Citizens United v. Federal Election Commission)のケースにおいても、企業からの選挙資金に関して上限を撤廃する判決を下しており、今回の判決は予想されていたものだ。
FECによるとMcCutcheon v. FEC判決以前の2013-2014年献金限度額は下記の表のようになっていたが、今回の判決で太字部分の個人からの献金総額制限が外されたことになる。
<図表1>
ロバーツ長官は判決文において、個人の献金額を制限することは「政治的表現と政治的つながりによるパブリックな議論に参加する個人の権利に対する受け入れ難い重荷である」と指摘した。そして政府が選挙への献金を制限すべきなのは、腐敗を予防するためであり、それもquid pro quo(交換条件)である場合に限られるが、個人が選挙で大金を献金しても政治家や政党に対する影響やアクセスを得る可能性そのものはquid pro quoの腐敗にはつながらないので、憲法第一修正条項で守られている「政治言論の自由」の侵害であるという判決を下した。汚職が献金によるquid pro quoによって生じたと判定するのは難しいのだが、ロバーツ長官はその狭義の定義を献金規制是非の判断基準としたのである。
本判決は1976年、最高裁がバックリー対ヴァレオ(Buckley v. Valeo)において、個人の献金は憲法第一修正条項で保護されている政治言論の自由であるが、腐敗防止のために献金額は制限できると下した判決を覆したことになる。
これに対して反対意見を記したスティーブン・ブライヤー判事は、議会が選挙献金を規制しようとするのは腐敗防止だけが目的ではない、大金を献金する者だけが政策形成に関与することで、一般市民の声が伝わらなくなると指摘した。
2010年のシティズンズ・ユナイテッド判決後、スーパーPAC(Political Action Committee)が濫立し、選挙年には数十億ドルの献金争いとなった。それに加えて、今回の判決は次のことを意味する。
個人はこれまで上院議員、下院議員候補一人につき各選挙で$2,600ずつ献金できたが、$48,600という総額規制があったが、これがなくなり、予備選挙と総選挙で候補全員468人に寄付可能な総額は$2,433,600となる。通常は共和党か民主党どちらかの政党の候補に献金するだろうから、この約半額くらいの献金が可能になることを意味する。
共和党全国委員会や民主党全国委員会への寄付はどうか。制限がなくなり、2年間で最高$1,194,400の寄付が可能だ。
PACでは政治資金団体を設立し、そこに個人(企業の役員や大口個人株主)から集めた資金を候補に献金するのだが、例えば2012年に全PACに$5,000ずつ寄付していたら、総額$1,370万となり、多額の献金が可能となる。
実際にマカッチェン判決後、少なくとも予備選挙において41人が過去の献金制限を突破し、一部には6桁の献金をしている者もいる。それは保守のデイヴィッド・コーク、不動産王ドナルド・トランプ、ネオコンのヘッジファンドの大物ポール・シンガー、カジノ経営者スティーブ・ウィン、元財務長官を務めた元、ゴールドマン・サックス社会長兼最高経営責任者ヘンリー(ハンク)・ポールソンといった人物だが、共和党側への献金者が大半で、民主党側に献金した者は6人に過ぎず、1人だけ両党に献金している。つまり、今回の判決によって、所得トップ1%の市民の政治力が増大することは明らかである。
<図表2>
そもそもシティズンズ・ユナイテッド対連邦選挙管理委員会の判決によって、2012年大統領選挙における共和党予備選挙は「シェルドン・プライマリー」と呼ばれたほど、特定の大富豪が影響力を発揮した。カジノ経営者シェルドン・エイデルソンを始めとする数人の大富豪がお気に入りの候補に献金することで、彼らの献金無しには生き残れなかった候補がかなりの期間、予備選を勝ち進んだのである。エイデルソンが支援したニュート・ギングリッチ元下院議長がその代表例だ。
CREDO Actionという社会活動団体の調査 1 によると、議員は献金とは無関係の地元民より、選挙への献金者に面会することが明らかになっている。同調査では半数は地元民からとして、残りは献金者からとして、同じ文面で191の議員事務所に議員との面会を要請した。その結果、献金者と明記した場合、議員自身やトップのスタッフとの面会が可能になった。その反対に、単に「地元民」と記した場合には面会は拒否されるか、低いランクのスタッフしか面会に応じなかった。調査結果によると、献金=スペシャル・アクセスという構図が改めて実証されたのである。
<図表3>
2012年の議会選挙で費やされた選挙資金37億ドルの大半が富豪からの献金だった。彼らの求めているものは一般市民とは異なるのだが、議員は献金者を優遇することがこの調査でも明らかで、富裕層の望むような政策が推進されがちな環境が実在することが明らかである。
これは民意に反している。幾つかの世論調査で米国民の7-8割が「連邦議員の献金に制限を設けるべきだ」と考えていることが明らかになっている。これは支持政党、年齢、学歴、性別、所得にかかわらず一貫している。
しかし、共和党は献金制限を廃止することでより優位に立つため、共和党全国委員会は5月23日、個人からの委員会への献金も無制限にすべく、連邦地方裁判所に告訴した。本ケースが最高裁まで争われることになると、最高裁は2002年に成立したマッケイン・ファインゴールド選挙募金活動改正法を覆し、同法によって禁じられているソフト・マネー(政党の名前で集められる献金)を認める判決を下す可能性も大きい。現ロバーツ長官下最高裁では4人の保守派とケネディー判事が献金を「政治表現の自由」ととらえる判決を下しているためだ。これとは別に、ウィスコンシン州ではデイヴィッド・コークの友人の富豪フレッド・ヤングが同州が献金を1万ドルに制限していることが違法であると告訴している。
近年、最高裁判事で選挙の体験者は、レーガン大統領が任命したサンドラ・デイ・オコナー判事だけである。同判事はアリゾナ州上院議員、郡最高裁判事に選出された実経験に基づき、最高裁では一貫して献金制限を支持してきた。同判事は2006年に最高裁から引退したが、シティズンズ・ユナイテッド判決に対しては批判的で、問題を解決するのではなく、多くの問題を生み出したと警告した。その警告は的を得たものになっているようだ。
シティズンズ・ユナイテッド判決を皮切りに、1971年から多少、厳しくなった選挙資金規正は、その後もマッケイン・ファインゴールド選挙募金活動改正法(2002年)等で強化されたが、ロバーツ長官下最高裁では徐々に形骸化の兆しを見せている。今回のマカッチェン判決によって、議員への直接献金の制限が撤廃されたため、判決前はスーパーPACや501(c)(4)団体に献金されたいたものが、議員に対する直接の献金に回ると予測されている。
2012年、上院選挙勝者は平均1040万ドル、下院選挙勝者は平均160万ドル、大統領選挙では20億ドル以上、総額60億ドル以上が費やされた。選挙が年々、高くなっていることは以下のグラフと表からも明らかである。
<図表4>
(OpenSecrets.org)
<図表5>
(OpenSecrets.org)
現職の議員達は立法活動より、献金集めに奔走せざるを得ない。ワシントンにいる間も1日に3-4時間ほど献金を求める電話をかけ、夜はファンドレージング・パーティーに顔を出す日々が続く。議員職を手に入れることが高価になっている一方、当然ながらそれを支援する人たちが存在するわけだが、献金=フリースピーチと考えるのは、果たして正しいことなのだろうか。
1 http://www.ocf.berkeley.edu/~broockma/kalla_broockman_donor_access_field_experiment.pdf
調査はカリフォルニア大学バークレー校とエール大学の大学院生がCREDO Actionと協力して実施し、分析したもの。
■池原麻里子