筆者は2014年8月中旬、アイオワ州東部シーダーラピッズ(リン郡)、アイオワシティ(ジョンソン郡)を中心に現地調査を行った。連邦上院改選枠で両党候補が新人の「オープンシート」は7議席だが、アイオワは激戦区の1つである。また、ベテラン上院議員の引退を控えた議席である。カール・レヴィンが引退するミシガン州と同様、アイオワ州はトム・ハーキンが引退する。州利益の観点からは、党派を越えて年功を積んだ議員の再選を支持する動機が働くだけに、ベテラン議員の引退は基礎票、無党派層の動向を流動化させるインパクトを持つ。加えてアイオワ州は2004年大統領選で4000票程度の僅差で票が割れた「パープル州」であり、2014年連邦上院選挙は4人の独立系候補が立っていることから、勝者は50%以下の票での勝利も予測されている。
民主党候補は連邦下院議員(連邦下院1区)のブルース・ブレイリー、共和党候補はイラク戦争の実戦経験がある退役軍人にして女性州議会上院議員のジョニ・アーンストである。ブレイリーが緒戦で世論調査をリードしてきたのは、現職連邦下院議員という州内知名度によるもので、共和党予備選の最終週以降はアーンストの知名度が急速に浸透して追い上げている。過去に連邦議員に女性が就任したことがないアイオワ州で、共和党女性候補は新鮮だった。ブレイリーは農業出身のチャック・グラスリーよりも弁護士の自分のほうが上院議員に向いていると、共和党現職の専門性批判を展開し、農業票を離反させるミスにより苦戦している。対するアーンストはライカビリティの高さから、政策演説を避けて、軍人讃美を繰り返して支持を堅固にする慎重策が目立つ。
民主党は激戦区への梃入れ戦略として、全国委員会委員長デビー・ワサーマン・シュルツが現地入りしている。筆者が8月16日に参加したアイオワシティ(連邦下院第2区)の献金イベントにもシュルツ委員長が朝8時から参加した。州議会議員と支持者30人程度の小規模の朝食会は、大半が白人中高年だがアフリカ系女性も1名出席した。朝食後は同州ジョンソン郡本部ロビーで学生と活動家による決起集会、戸別訪問トレーニングが行われた。アイオワシティはアイオワ大学を擁する大学町で、州内でも有数のリベラルな地域だが、地上戦とオンラインの両輪でリベラル基盤をフル稼働する戦略上は重要だ。2014年選挙は以前にも増して、支持基盤の基礎票の投票率で決まると民主党は認識している。2008年にオバマを当選させたアイオワの活動家組織の全てが、必ずしも活発な形で存続したわけではない。州全体としては保守色も強いアイオワでは、リベラルなジョンソン郡の活動家をまず再活性化して、州内他地域へのボランティア供給、ソーシャルメディアでの連帯強化の両輪で州全体に影響を浸透させる戦略だ。アイオワシティのある連邦下院2区は民主党の安定地盤で、本来は大物の梃入れ演説を必要とする地域ではない。しかし、シュルツ委員長がアイオワ州ステートフェア(州の大規模カーニバル)で演説する日の午前に、同地域アイオワシティの小さな会合にあえて時間を割いた背景には、上記のような理由がある。
民主党側の候補ならびに応援者の演説で共通しているのは3点である。第1に、オバマ大統領との微妙な距離感である。共和党が大統領を訴える行為に対する批判の文脈以外で、大統領の名が出ることは稀で、医療保険など政権の目玉の成果についても特段の言及がない。外交政策への言及、政権を擁護する発言もほぼ皆無に近い。第2に、中間層向けキャンペーンである。「まだ中間層ではない人も、中間層に仲間入りできるようにするのが、真の中間層重視政策」との地元連邦下院2区のデーブ・ローブサック下院議員の論法に象徴されるが、「社会保障の民営化とメディケアのバウチャー化の阻止」を唱えながらも、過度な経済ポピュリズムには慎重姿勢が際立っている。第3に、当事者意識と危機感の浸透策である。シュツツ委員長はアイオワを「グランドゼロ」と称し、同州が多数派維持の鍵を握ることを強調した。郡政党リーダーは「コーク兄弟に負けないように少しでも小口献金を」と繰り返していたが、シュルツ委員長も8月23日付の全米支持者向けメールで2013年の共和党の政府閉鎖の再来の危機を指摘し、「73日後に迫った」の選挙のために10ドルからの小口献金を呼びかけた。
他方、共和党側はどうであろうか。ティーパーティ運動の性質が、南部とは異なるとアイオワ共和党関係者は口を揃える。現職を追い落とすティーパーティという2項対立の構図とはほど遠く、ティーパーティ的な要素が共和党の各派に分散的に浸透しているのが特徴である。アイオワ共和党にはビジネス界と近いエスタブリッシュメント系、社会保守系、リバタリアンの3派が存在するが、現在ティーパーティは独立した派を形成せず、3つの集団に部分的に溶け込んでいる。アイオワ大学のティモシー・ヘーグル准教授が指摘するように、アイオワでもティーパーティ運動は純粋な財政保守運動だったが、社会保守が合流したことで保守全般と混ざり合ってしまった。連邦上院候補のアーンストも、ティーパーティ系のペイリンだけでなく、エスタブリッシュメント系のロムニー、アイオワ州知事のブランスタッドらに相次いで支持を受けている。上院選の共和党予備選に立候補した5名のうち、明確に非ティーパーティ系と分類できるのは1名だけであった。
8月14日夕刻、筆者はシーダーラピッズにて、同州下院1区の共和党候補者ロッド・ブラムの献金パーティに参加したが、この会合も複数の派の相乗りだった。アイオワを代表する宗教保守指導者でラルフ・リードとも近いスティーブ・シェフラー(アイオワの信仰と自由連合)が共同開催者だった。シェフラーは「民主党はアイオワ州で実によく組織化されている。戸別訪問を強化し、インターネットを駆使し支持を広げるべき」と草の根活動の強化を訴えた。5分ほどの演説内容が大半は戦術論で、争点言及は医療保険批判だけだった。人工妊娠中絶、同性婚反対を声高に叫ばないのは、リン郡元委員長、ジョンソン郡委員長等のエスタブリッシュメント系の地方政党幹部も多数参加していたことと無関係ではない。候補者のブラムも優勝劣敗による「アメリカンドリーム」の必要性とオバマ批判を押し出し、個別争点への深入りを避けた。
ただ、初期のティーパーティ運動を駆動したリバタリアンは共和党内では孤立傾向にある。上記の会合にもリバタリアンは不在で、「リバタリアンを受け入れることを宗教保守が好まない。宗教保守の動員基盤なしには共和党は勝てない」と宗教保守を守るためにリバタリアン切り捨ては不可避との考えを披露した郡党幹部もいた。「ティーパーティを誤解しないでくれ」と別れ際に声をかけてきた夫妻は、「家族を大切にし、プロライフが信条であり、その上での小さな政府だ」と語り、社会保守系のティーパーティ支持者であることを強調した。「テロ行為、幼児性愛などへの規制は当然必要。リバタリアンの過激の考え方は相容れない」として嫌悪感を露にした。会合のもう1人の共同開催者でアフリカ系のバーニー・ヘイズは、周囲から「彼はティーパーティだ」とされていたが、「自分は社会保守であり必ずしもティーパーティではない。リバタリアンには賛同できないし、ロン・ポールは間違っている」と筆者に明言していた。
2010年中間選挙の医療保険のような共和党を鼓舞するシングルイシューが不在の中、アイオワ共和党は社会保守と主流派が緩やかな連合を築き、ティーパーティの過激化による党分断の抑制には一定程度成功している。ティーパーティの中西部型の党内包摂の典型になるかは、他州の事例を注意深く分析する必要がある。少なくとも、アイオワ州では、共和党がティーパーティの保守過激派の政党と印象づける民主党戦略は、共和党ビジネス寄り主流派と社会保守系の相乗りによる候補者支援が進む中、さほど効果が期待できないだろう。共和党の不安要素は、アイオワ州内に約10%存在するとされるリバタリアンを過度に遠ざける戦術で、「ランド・ポール支持運動の第三極化を阻止する意味では囲い込んでおくべき」との党幹部の声もあった。社会保守とリバタリアンの共存の困難さが共和党地方政党ではいっそうのジレンマとして顕在化している。
■渡辺将人 北海道大学准教授