ポール・J・サンダース
センター・フォー・ザ・ナショナル・インタレスト常務理事
東京財団「現代アメリカ」プロジェクト・海外メンバー
2016年の米大統領選に国際社会の注目が徐々に集まる中、「オバマはアフリカ生まれで米国人ではない」「ジョンマケインはベトナム戦争で捕虜になっただけで”戦争の英雄”ではない」「メキシコからの移民は米国に犯罪と麻薬を持ち込む”悪者”」などその発言で物議を醸している不動産王、ドナルド・トランプが共和党候補の中で高い支持を集めている。これは、他の候補であれば、致命的な失点になりかねない発言だけに、その人気が続いていることは、アメリカの政治エリートにはショッキングで困惑が広がっている。
例えば、ワシントンポストとABCニュースが7月16日から19日にかけて実施した世論調査によると、トランプ氏は共和党候補の中でトップの24%の支持率を獲得し、ウィスコンシン州知事のスコット・ウォーカー氏(13%)や元フロリダ州知事のジェブ・ブッシュ氏(12%)を引き離す結果となっている。しかも、トランプがマケイン上院議員を批判した問題発言の3日前の数字はトランプ(18%)ウォーカー(13%)、ブッシュ(12%)であり、実に問題発言の後に支持率が上昇している。
なぜこのような過激な発言を繰り返すトランプ氏が、皮肉にもそこまで支持されるのか。それには大きく4つの理由があると考えられる。
第1に、トランプ氏はすでに米国民によく知られた存在であることだ。トランプ氏は米国でも有数の大富豪として知られ、かつて大統領選挙にも出馬表明をしたこともあるが、それよりも、かつて2004年から10年に渡って、米国の人気番組の「アプレンティス」(見習い)とその後継番組「セレブリティー・アプレンティス」に出演して、毎週、番組においてビジネスを立ち上げるためのチームの見習いたちを厳しく評価(訳者注・毎週一人づつ「お前はクビだ!」といって切りすてていく)する姿が米国民の目に焼き付いている。数百万から数千万の視聴者が視聴しているこの人気番組を通じて、トランプの高圧的なパーソナリティーが全米に定着した。
この番組を見たことがある人間や、その内容をエンターテイメント・ニュースで見たことがある人間は、だれもトランプの過激な発言に驚かない。実に、攻撃的なスタイルこそが、番組の長期的な人気の理由だったからだ。多くの人びとは、トランプの過激な発言は、単にトランプのスタイルの問題だと認識しているために、その過激な内容を差し引いて理解している。
「リアルな存在」としての候補者
第2に、トランプの独特な話し方が多くの人を惹きつける。他の候補者と違い、トランプは相手を信じさせるように、裏がない正直な口調で話す。攻撃的な発言、個人攻撃や失言ですら、リアルなリーダーを望んでいる米国人には、かえって魅力的に写るのである。マケイン上院議員は、特にこの事実を認識すべきだろう。彼も、2000年の共和党予備選で、「ストレート・トーク」の候補者として人気が急上昇した際には、同じ力が働いていたからだ。
第3に、アメリカのエリート層の中には、トランプ氏の政治経験のなさや、明確な政策上のポジションがないことを弱点に挙げるものがいるが、それは2つの重要な側面を理解していない。1つは、今日のアメリカ国民は強いアメリカが損なわれていることに不満を持つものが多く、トランプは自らの強い愛国心を強調していることだ。大統領選挙への出馬表明では、トランプは繰り返し、「我々の敵は日々強大になっていく・・・我々の国は日々弱体化している」として、国力低下に対する懸念を発している。二つ目は、トランプが「既存の政治家は話すだけで何も行動しない」と批判していることだ。トランプは「人びとは行儀のいいだけの政治家たちに飽きており、今回の選挙は競争力のある人間を選ぶ選挙」だからと、自分こそが勝利できると発言している。
トランプが立候補するに至った彼の個人的な経験と物語は、(自ら手掛けたカジノ運営会社の破産などの)過去の多くの失敗と成功の延長上にある。それは前回の民主党予備選の際に、オバマ氏が上院議員1期目途中で、十分な政治経験がなくとも強大なヒラリー・クリントン候補に勝利したことを彷彿させる。彼のアメリカの本来の可能性と現実の低いパフォーマンスとのギャップに対する不満は、多くの有権者の不満と共鳴している。
事実として、トランプの高圧的なスタイルは富豪だからこそできるものだ。多くの既存の候補と違い、彼が大統領選予備選で勝ち残れるかどうかは、彼の人生やキャリアの中で、決定的に重要なファクターではない。彼はすでに2回、大統領予備選に出馬しているし、すべての資産を失いかねない破産を4回も経験している。この経験がトランプに、いいたいことを言う自由を与えている。
統治能力についての疑問
そして最後に挙げられるのが、興味深いことだが、トランプが億万長者としてのブランドを持ちながら、大衆が支持するポピュリスト候補として、エリート候補に幻滅しているアメリカ人の心を掴んでいる能力だろう。ある意味、トランプは、(父のロン・ポール前大統領候補から受け継いだリバタリアンおよびティーパーティー派のポピュリスト候補として)共和党上院議員のランド・ポール候補が得ようとして得られなかった反エスタブリッシュメントの政治的ポジションを、獲得している。ポール候補は、広範な支持を得るために、彼の本来のポピュリスト的な主張を穏健にしてしまったことで、支持を低下させている。かたや、トランプは主張を穏健にする必要はない(おそらく、やろうとしてもできないだろう)。トランプは、民主党の予備選で、やはり既存の候補者に幻滅している民主党員の心を掴み、支持を拡大しているバーニー・サンダース上院候補(エリザベス・ウォレン上院議員も同じような存在だったが出馬しなかった)の役割とも重なる。
ただし、トランプの大きな弱点は、2016年前半の予備選挙前の現時点での支持率は、予備選および本選での成功を約束しないということにある。有権者というものは実際の選挙が近づくにつれ、選挙前にあるような立候補者のパフォーマンスに惹かれるのではなく、候補者の具体的な政策や行動力、また政治家としての資質を冷静に見極めるようになるからだ。2016年前半の共和党予備選で具体的に誰が大統領にふさわしいかと考える際には、過激な発言が特徴的なトランプに、政治力があるのか、共和党や民主党の議員、また他国の国家指導者と信頼関係を築けるのか、といった疑問の声が聞かれるようになるだろう。8月6日に行われる最初の共和党候補同士の公開ディベートで、初めて他の候補者と意見を交わすことになるトランプのパフォーマンスが、この課題に対しる最初の指標となるだろう。
実際的に考えると、トランプの個人を中傷するような性格では、他の政治家との良好な関係を期待することは難しく、議会との関係の難航は間違いない。また、彼はタフな交渉者かもしれないが、アメリカの国際的なシンボルや信頼できるスポークスマンだとは、みなされないだろう。これらの基準に照らし合わせてみると、ジェブ・ブッシュ元フロリダ州知事のような候補者が魅力的だということになるかもしれない。
しかしながら、米国のエリート層が、トランプが支持を集めている現状を無視することは、危険な間違いを犯すことになるだろう。
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