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アメリカ大統領選挙UPDATE 1:「型破り」なトランプ氏、税制改革案は「驚くほど普通」

October 15, 2015

安井明彦 みずほ総合研究所欧米調査部長

普通だったトランプ氏の税制改革案

「レーガン的な税制の考え方。ど真ん中だ。」  ドナルド・トランプ氏が2015年9月28日に発表した税制改革案を受けて、グローバー・ノーキスト全米税制改革協議会会長は、このように述べた。それまで、富裕層増税を示唆する等、ポピュリスト的な言動が目立ったトランプ氏だが、実際に提案された改革案は、「驚くほど普通な内容(米アトランティック誌)」。富裕層を含む所得税率の引下げを中心とした、伝統的な共和党の税制改革路線が踏襲された。トランプ氏の提案が実現すれば、現在39.6%である所得税の最高税率は、一気に25.0%にまで引き下げられることになる。

注目された富裕層増税は、極めて小規模だった。トランプ氏は、キャリード・インタレスト課税(ヘッジファンド等のファンドマネージャーの成功報酬をキャピタルゲインとして扱い、軽減税率を適用する方式)の廃止を提案した。しかし、代わりに適用される所得税率自体が引き下げられており、富裕層の受ける影響はそれほど大きくない。この他、富裕層の利用が多い項目別所得控除について、所得に応じて利用できる枠を制限することが提案されているが、富裕層にとっては所得税率の大幅引き下げによる恩恵の方が遥かに大きい。

税制改革案の要素だけを見れば、トランプ氏の税制改革案を他の共和党候補の提案と区別することは難しい。有力候補の中では、ジェブ・ブッシュ元大統領やマルコ・ルビオ上院議員等が、具体的な税制改革案を明らかにしている。トランプ氏の改革案を含め、いずれの改革案にも、富裕層を含む所得税率の引下げや税率構造の簡素化(税率ブラケット数の削減)、さらには、キャピタルゲイン・配当収入に課せられる税率の引下げ等が盛り込まれている。トランプ氏が提案した富裕層増税も、先行して9月9日にブッシュ氏が発表した税制改革案に含まれた内容と大差はない。

強いてトランプ案の特徴を挙げるとすれば、他の候補の提案よりも規模が大きいことだろう。タックス・ファウンデーションの試算によれば、トランプ氏の税制改革案は、10年間で11兆9,800億ドルの減税になる。ブッシュ氏の提案(同3兆6,650億ドル)を遥かに上回る規模である。所得税の最高税率(25.0%)も、ブッシュ氏(28.0%)、ルビオ氏(35.0%)よりも、低い水準に設定した。現在35.0%の法人税率についても、ブッシュ氏(20.0%)、ルビオ氏(25.0%)よりも低く、15.0%まで引き下げることを提案している。トランプ氏の口癖ではないが、「HUGE(巨大)」な減税であることは間違いない。

もちろん、こうした減税案には、財政赤字を拡大させる懸念がある。トランプ氏は、歳出削減や減税を通じた経済成長の促進による税収増により、財政収支を悪化させずに税制改革を実現させると主張する。しかし、具体的な歳出削減策等、大型減税と健全財政を両立させるための道筋は不透明である。

財政規律への配慮に疑問が残るのは、トランプ氏に限らない。具体策の不透明さは、ブッシュ氏やルビオ氏にも共通している。実は民主党の予備選挙では、バーニー・サンダース上院議員を筆頭に、主に歳出面で財政赤字を大きく拡大させるような提案が行われている。現在の予備選挙の流れからは、米国の財政規律が弛緩する兆しがうかがえる。

改革派保守の突破口にはならず

伝統的な共和党の流れに沿ったトランプ氏の税制改革案を複雑な気持ちで受け止めているのは、いわゆる「改革派保守(Reform Conservative)」の識者かもしれない。

改革派保守と呼ばれる識者たちは、中低所得層を重視した経済政策の必要性を主張している。税制についても、富裕層の恩恵が大きい最高税率の引下げにこだわらず、子育て支援税制等を駆使し、中低所得層に資する改革に力を入れるべきだとしてきた。

改革派保守の立場からは、トランプ氏はちょっとした「期待の星」だった。政策的に相通ずるものがあるとは言い切れないが、伝統的な共和党の政策路線に風穴を開けることで、改革派保守にとっての突破口になる可能性があったからだ。

トランプ氏の提案にも、中低所得層を意識した部分はある。代表的な例が、所得税に「ゼロ税率」の設定を提案したことである。これによって、現行制度では38%程度(2018年時点)とみられる所得税を負担しない家計の割合は、50%近くにまで上昇するという。2012年の大統領選挙では、共和党のミット・ロムニー候補が、所得税を負担しない家計の存在を批判的に取り上げた(いわゆる「47%発言」)。今度は一転して所得税を負担しない家計の増加を目指すというのは、見逃せない変化ではある。

それでも、トランプ氏をはじめとする共和党候補の提案に、富裕層厚遇の色彩が強いことは否めない。タックス・ファウンデーションの試算では、減税案によって税引き後所得が増加する割合は、所得上位1%で20%以上。中間層は5~7%程度、低所得層は1%前後である。ブッシュ氏の提案でも、同じく、10%以上、3%弱、1~2%。富裕層ほど、恩恵の大きな提案となっている。

トランプ現象、終わりの始まり?

これまで「型破り」な言動で予備選挙をリードしてきたトランプ氏は、なぜ「(大きいが)普通」の税制改革案を提案したのだろうか。予備選挙で勝てると感じ始めたために、保守派に気を使った提案をしたのではないか、とする向きもある。

一方で、「型破り」な提案を避けたことで、トランプ氏は大きなチャンスを逸した、という見方も可能だろう。改革派保守の一人と目されるニューヨークタイムズ紙のコラムニスト、ロス・ドウザット氏は、トランプ氏は「(税制改革案の発表によって)より分かりやすい候補者と同じカテゴリーに入ってしまい、右寄りの完璧なポピュリストであった場合に得られたであろう大きな票田を手放した」と指摘する。

同じくニューヨークタイムズ紙のコラムニストであるデイヴィット・ブルックス氏は、政治運動を読み解く要諦は、その主役というよりも、そこに集まってきた観衆を観察することにある、と説く。そうした見方に従えば、トランプ現象の重要性は、トランプ氏自身ではなく、「型破り」を求める世論にある。「普通」に転じたトランプ氏の税制改革案は、同氏の「終わりの始まり」なのかもしれない。

    • みずほ総合研究所 欧米調査部長
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