ポール・J・サンダース
センター・フォー・ザ・ナショナル・インタレスト常務理事
東京財団「現代アメリカ」プロジェクト・海外メンバー
最近の米国の南シナ海における「航行の自由作戦」と、それによって米中の直接の紛争の可能性が生じてきたことは、非常に複雑な米中関係とアジア太平洋地域の幅広い安全保障環境に再び焦点を当てることになった。米国政府は、フィリピンやベトナムが領有権を主張する海域にも、中国の人工島付近を航行させた同じ駆逐艦を派遣することで、中国だけを念頭に置いたものではないことを主張しようとしているが、そのメッセージの本来の意図は明らかである。わからないのは、東アジアで緊張が高まる米中間の競争の行方だ。
ポスト冷戦時代における米国の対中政策は、協力と競争の両方の要素を併せ持ってきた。専門家は一般的に米国の対中戦略を、一種のヘッジ政策と表現してきた。そのヘッジ政策とは、言い換えれば、米国の同盟国への防衛へのコミットメントを含む重要な米国の国益を守るための慎重で段階的な政策を取ると同時に、中国に対して(協調的な意味での)関与を追及する政策のことである。そして専門家の多くは、この米国の政策を、全面的な関与あるいは対立に陥った際のリスクを最小限にする賢いアプローチであると考えている。
実に、米国がこのアプローチをとるには大きな理由がある。米国は米中関係に膨大な経済的利益を有しており、それは中国による米政府の債務へのファイナンス(国債購入等)、米国の投資家や輸出業者への実益、米国の消費者への安価な商品の提供などの助けになっている。このような米中の関係を急激に悪化させさたり、断絶することは米国にとって大きなコストを伴う。一方、当然ながら、米国は東アジアにおいて安全保障上の重要な利益も有している。どの国がこの地域で支配的な存在になったとしても、それは米国に直接的な脅威となり、米国のグローバルな利益を保護する上での貴重な財産であるその国際的なリーダーシップへの挑戦となる。
米国の対中政策におけるジレンマ
米国は東アジアにおいて、直接の米中関係以外にも、ときにそれぞれが対抗する多くの安全保障と経済上の利益を有している。この経済と安全保障上の利益の間における単純な対立が米国にとっての基本的なジレンマである。もちろん、シリア問題への共同対処のように、中国への関与政策が、米国にとっての安全保障上の利益となるものもあるし、あるいは中国との対立により、むしろ東アジアにおける米国の同盟国や他国との貿易・投資関係が拡大することで経済上の利益となることもある。ヘッジ戦略は、米国が同時に両方の政策を追及することを許容し、それにより米国が重大で難しい選択をせざるを得ない状況を回避させることができるように見えることから、非常に魅力的に映る。はたして、実際にそうか考えてみよう。
ヘッジ政策は協力的、競争的な政策を同時に追求すること、つまり競争によるコストをほぼ回避し、協力による利益を多く生じさせることで、両方を最善の形で達成することを前提としている。しかしこの戦略は、米国が競争による多くのコストを負う(それによる利益はほとんど得られない)一方で、協力による利益をほとんど得られない(そのコストは負担する)という最悪な状況を米国にもたらす可能性も同じ確率で起こり得る。その問題の核心は信頼関係にある。米国がヘッジ政策により中国へ不信感を与え続けるる中で、米中は関与政策を継続するための十分な信頼関係を発展させることができるのだろうか。
ヘッジはどのように失敗するか
この観点からみると、米ロ関係は警告的な教訓といえるかも知れない。米国はこの20年間、ロシアに対しては、ほぼ中国に対してと同様な政策、つまり協力できる時は協力し、対立すべき時は対立するという一貫した政策を追求してきた。その関係は事実上、相互の深い不信感により崩壊している。 ロシア政府は、米国のイラクなど他国への軍事介入とレジームチェンジ(政権交代)への支援を見て、ロシアの指導者達を追放し、それに代えてロシアの国益に反する米国に友好的な民主政府を構築して、ロシアの大国としての地位を奪おうとする究極の意図の証拠だと考えている。 一方米国政府は、ロシアが力や威嚇、政治的な干渉を通して、旧ソ連圏や中央ヨーロッパにおける支配を再び確立しようとしているとみている。これはどちらが正しいか間違っているかというものではなく、後で振り返って考えれば、事前に予測できたはずのもの(だれかが予測していたもの)である。多くの点で、米国と中国は今同じような道を歩んでいるように思われる。
そして不運なことに、米国のヘッジ戦略は将来に向かってうまくは機能していないように見える。仮に中国も米国にヘッジしているとすれば、米中の協力的な側面は、米中間の深刻な紛争を防ぐには非常に弱いように見える。米中間の貿易や投資は米ロ間の経済関係よりはるかに大きく、それは安定な関係を望む有力な基盤を作り出す一方で、特に米国が米中の貿易関係の公正さに再び疑問を抱き、その時に中国の政治システムが国内的に厳しい状況に陥っている場合は、政治的な重みだけがもたらされるだろう。より直接的に言えば、イギリスとドイツの経済相互依存関係は、1914年の第1次世界大戦の勃発を防ぐことはできなかった。不幸にも、相互依存関係の心理が対立へと傾いたら、相互依存の重みは協力の地点から弾みがついて対立の方向に急速に変化する。そうなると、深い相互依存にあるほど、より大きな弾みがつき、高いリスクを生み出す。EUのロシアへの経済制裁や、太平洋戦争前に米国が行った日本への石油禁輸措置を想像すれば理解できるだろう。
一方で、仮に中国が、米国やその同盟国がおそらくもっとも恐れるところの戦略、つまり特定の領域での限定された協力関係により、米中の対立関係をカモフラージュしていくような場合、米国のアジアへのリバランス政策は、米軍への接近阻止・領域拒否(A2/AD)の軍事能力を拡大させて、益々自信を深めていく中国の指導者に対して、米国は全盛期を過ぎたという意識を払拭させることはできず、抑止は効かなくなるだろう。そして中国のそのような想定は間違っていることを米国は最終的に証明できるという事実があっても、それにより潜在的な対立なコストを減らすことはできないであろう。
政策の観点からみると、上述の現実により、2つの重要な結論が導き出される。第1に、ヘッジ政策は、おそらく無限に持続させることはできない。しかしながら、第2に、関与と対立のどちらかを明確に二者択一をすることで生じるリスクの大きさを考慮すれば、今日のヘッジははるかに望ましいため、米国はヘッジ政策ができるだけ長く機能するように追及し続けるべきである。それは米国が中国との紛争を生じさせないように、協力と競争の両面の政策を、同時に、より激しく追及することを意味する。それは簡単ではないだろうが。