渡辺将人 北海道大学大学院メディア・コミュニケーション研究院准教授
2016年サイクルは、2012年のビッグデータ選挙までに出そろった技術がより広く浸透する一般化のフェイズにある。「2016年大統領選挙はデジタルの技術に関して、革命的な何かが登場するサイクルではない」とオバマ陣営のデジタル戦略を担当した人物は述べるが、新技術に詳しい関係者の意見は概ね一致している。しかし、そうした状況にありながらも興味深いのは、2016年がスマートフォンとソーシャルメディアの本格的な浸透後、初めての民主党のアイオワ党員集会となることだ。民主党では2012年に大統領候補の指名争いが無かったので、8年間のテクノロジーの激変が満を持して到来している。
オバマが勝利した2008年に既にソーシャルメディアは浸透していた印象が一般にはある。しかし、当時SNS利用はごく一部の年齢層に偏っていた。若年層(18歳~29歳)の利用こそ既に7割程だったが、30代~40代は3割、50代以上の利用者は1割に過ぎなかった。しかし、2012年になると中年層の利用率は7割に上昇し、65歳以上も4割に拡大した [i] 。つまり、2016年は中高年にも新しいツールが行き渡って初めての民主党の党員集会となる(2008年以降は若年層の参加が増えたとはいえ、党員集会の中心は未だに党派的な年配層だ)。また、2008年には頻繁なツイートや映像や写真をアップロードする習慣はさほど浸透していなかった(端末もブラックベリーが主流だった)。SNSは携帯端末ではなく、PCで行うものだった。筆者は2008 年、2012年のアイオワ党員集会を現地観察してきたが、PCを抱えて集会に参加する人は稀で問題化しなかった。今やスマートフォンで撮影もSNSもできる。スマートフォンは家庭の緊急連絡に必要な「携帯電話」でもあり、会場への持ち込みは事実上規制できない。
2つの側面で党員集会に影響を与える可能性がある。
第1に、民主党の集会における「リアライン(再編成)」と呼ばれる2回目の投票への影響だ。アイオワ党員集会は共和党と民主党で方法が異なる。共和党の党員集会は、各候補の支持者による演説会の後は、ストローポールと称される投票を1回するだけだ。しかし、民主党では初回支持表明で集計し、15%に達しなかった候補者を選択肢から排除し、2回目を再度行う。15%以下で無効となった候補の支持層は、棄権するか、「リアライン(再編成)」により別の候補者の支持に乗り換えることができる。そのため、第2志望に誰を選ぶかが最終的には重要になってくる。15%以上だった候補者の1回目の支持の規模も、参加者のその後の判断に微妙な影響を与える。
従来、党員集会は会場の中での説得や話し合いがすべてだった。しかし、別の投票区の会場の様子がリアルタイムで知れるとすればどうだろうか。他の投票区での優勢、劣勢の情報が、参加者の「リアライン」の際の判断に影響を与えないとは限らない。また、ある特定の候補者のサポーター達が、それぞれの集会現場の最新情報を組織的に交換することもできるし、あえてやり取りを公に拡散して周囲を巻き込むこともできる。陣営幹部によるスピン操作目的のツイートを参加者は見るかもしれないし、対立候補へのネガティブな新情報を陣営が直前に投下する揺動作戦もあるだろう。党員集会はこれまでにない「情報戦」になるかもしれない。
共和党では単純な1回投票で、支持表明も現場での有権者同士の勧誘合戦もないので、スマートフォンの影響は少ないだろう。しかし、民主党では理論的には陣営が工夫を凝らす余地はある。アイオワ州民主党の郡(カウンティー)委員を経験した元幹部は「初回集計とリアラインの間は約30分。その間に特定候補の支持者が陣営に連絡を取り、何らかの指示をテキストメッセージで仰ぐことは可能」とした上で、陣営が何らかのトレーニングを施すことはできると語っている。
しかし、各会場の現場からのツイートは確実に増えることが予測できるものの、現実に複数の会場を横断して統一的な調整を戦略的に行うには時間が十分とは言えないし、Twitterの情報洪水はかえって「ノイズ」になるだけとの否定的見方も現場にはある。「リアライン」で誰を支持するか「第2希望」は事前に決めているという人も多く、はたして当日の判断にどこまで影響を与えるかは、候補者が3人と少ないこともあって未知数ではある。
第2にメディアの情勢報道への影響だ。党員集会の会場数は多く、ローカルのメディアでも記者が全州で張り付くわけにはいかない。特定の会場の様子を報道できても、全体結果は出口調査まで待つ以外になかった。今回予想されるのは、参加者が各会場の党員集会の進捗をSNSを介してリアルタイムで書き込み、写真や動画をアップロードする可能性だ。参加者の発信から、広範囲の複数の集会現場の進捗を知ることができる。アイオワ州内の過半の会場で圧倒的に特定の候補への支持が大きければ、党員集会終了を待たずしてそれが分かるだろう。そしてそれがウェブで報道されたり、陣営から即時にツイートされれば、勝ち馬に乗る行為が雪だるま式に膨れ上がる可能性もある。各会場の集会の進行のスピードは、会場ごとにずれがあるからだ。各陣営の活動家によるキャンペーンを意図した情報発信も集会本番中可能となる。現時点でそれを規制するルールは無い。党員集会は新技術によって、閉じられた投票区ごとの話し合いから、投票区を超えた営みへと変容する可能性があるが、これは党員集会の理念とコミュニケーションのあり方を根本から揺さぶりかねない。
加えて、新制度が2つ、2016年から導入される。1つは、マイクロソフト社が開発した党員集会の集計アプリケーションだ。2012年共和党の誤集計の反省に基づいての両党での導入だが、年配層が多いキャプテンがアプリケーションを使いこなすには講習が必要らしく、政党の郡委員の負担になっている。もう1つは、民主党側で海外駐留中の軍人の電話による党員集会への参加(テレコーカス)が初めて行われることだ。固定電話でも携帯電話でもボタンを押すだけで参加できる。「不在者投票」が困難だった党員集会の弊害の1つが克服される形だ。アイオワ党員集会は現場に参加できる人だけで行われる閉鎖的で不公正な制度という批判が根強かったが(ヒラリー・クリントンは一貫してこの問題点を指摘してきた)、軍人という象徴的な有権者層を突破口に特例を認める様子だ。この動きも、顔を付き合わせて話し合う本来の「集会」の形を変えて行く発端になるかもしれない。