東日本大震災とこれに続く福島第一原子力発電所の事故は、米国にも大きな衝撃を与えている。事故の終息に時間がかかる中、今回の事故が米国のエネルギー政策に与える影響もいぜんとして未知数だ。
エネルギー戦略は今のところ動けず
未曾有の大被害を巻き起こした東日本大震災の発生から1ヶ月、米国の関心は引き続き高い。震災被害の大きさのみならず、なかなか収束の気配が見えない原発事故の推移についても、有力紙は紙面を割いて報道を続けている。また米議会でも、今回の事故に関する公聴会が何度も開かれている。
今回の事故が米国のエネルギー政策に与える影響に関しては、明確な方向性を読み取るのは時期尚早だ。原発の安全性に対する関心は着実に高まっている一方で、「エネルギー自給率の向上」という政策目標が掲げられる中では、一足飛びに原子力に背を向けるわけにもいかないのが現実である。
両者の兼ね合いを象徴するのが、オバマ政権の対応である。事故を受けてオバマ政権は、米国にある原子力発電所の安全性を再点検するよう指示を出した。その一方で、エネルギー自給率の向上を目指す国家的なエネルギー戦略の文脈では、原子力発電の存在意義を改めて擁護している。
とくにエネルギー戦略においては、今回の原発事故によってオバマ政権の方針が修正されている気配は今のところ見当たらない。震災後の3月30日にオバマ政権は、エネルギー戦略に関する報告書を発表、同日にはオバマ大統領がジョージタウン大学で演説を行なっている。しかし、これは原発事故への対応というよりも、折からのエネルギー価格の高騰を受けて準備されていた動きとみるべきだろう。エネルギー価格の高騰は政治的な論点になりやすく、オバマ政権は共和党からの批判を早期にかわす必要があった。今回の報告書や演説はとくに新味のある内容ではなく、エネルギー問題に対するオバマ政権の取り組みを改めて強調しようとする広報戦略としての色彩がにじむ。目新しさの欠如が災いしたのか、当地メディアでの取り扱いも決して大きくなかった。
迫られていた議会共和党への対応
見逃せないのは、今回の事故が発生する前から、オバマ政権のエネルギー戦略は軌道修正を迫られていたという事実である。昨年の議会中間選挙で共和党が大きく議席を増やしたのが引き金だ。
事故発生前のオバマ政権のエネルギー戦略は、原子力に前向きな方向に動いていた。オバマ政権が進めてきた排出量取引制度を始めとする「地球温暖化対策重視」のエネルギー戦略は、これに懐疑的な共和党の躍進によって実質的に頓挫した。このためオバマ政権は、原子力を含めた幅広いエネルギーの開発を主軸に据えることで、超党派で進められる戦略への軌道修正を進めていた。
その表れが、「再生可能エネルギー」から「クリーン・エネルギー」への視野の広がりである。
2008年の大統領選挙でオバマ大統領は、「2025年までに風力や太陽光などの再生可能エネルギーで米国の発電量の25%を賄う」という目標を掲げていた。そのための手段としては、「再生可能エネルギー・ポートフォリオ・スタンダード(RPS)」という規制を設け、発電会社に一定割合の再生可能エネルギーの利用を義務づける方針だった。
これに対して今年1月25日の一般教書演説でオバマ大統領は、「2035年までに米国の発電量の80%をクリーン・エネルギーで賄う」という目標を明らかにしている。クリーン・エネルギーの枠組みには、従来の再生可能エネルギーだけでなく、天然ガス、クリーン・コール(効率的な石炭火力発電)、そして原子力が明示的に含められた。選挙公約だったRPSも、同じくクリーン・エネルギーの利用を義務づける「クリーン・エネルギー・スタンダード(CES)」に差し換えられている。
今回の原発事故は、オバマ政権がエネルギー戦略の軌道修正を進めている最中に発生した。今のところオバマ政権は、安全性確保の重要性を強調する一方で、大枠のエネルギー戦略には手をつけていない。今後の展開は、事故の推移と世論の動向に左右されよう。
当面の論点
エネルギー戦略への原発事故の影響を見極めるには今しばらく時間がかかりそうだが、そのあいだにも当面の課題として二つの具体的な論点が浮上してきている。
第一は原子力発電所の耐用年数の問題である。1979年のスリーマイル島原子力発電所事故から原子力発電所を新設していない米国では、発電所の老朽化が進んでいる。米国では国による原子力発電所の運転許可は40年に限定されているが、これを超えて操業を続けようとする原子力発電所は、さらに20年の操業延長を申請できる。これまでに米原子力規制委員会(NRC)は、60件以上の操業延長を許可しており、震災発生後の3月21日にもバーモント州の原子力発電所が延長申請を認められている *1 。このほかにも現在審査中の案件が10件以上あり、今回の事故を受けて、とくに発電所の地元で操業延長の是非が論点になりかねない。
第二は使用済み核燃料の問題である。今回の事故を受けて、米議会からは使用済み核燃料の取り扱いを早急に見直すよう求める声が上がっている。現在米国では、使用済み核燃料が全米65箇所の原子力発電施設に貯蔵されており、そのうち約75%が冷却用プールにあるといわれる *2 。米国ではネバダ州のユッカマウンテンに放射性廃棄物処理場を建設する計画があったが、同州を地元とするリード上院民主党院内総務(民主党)の強い働きかけもあり、オバマ政権がこの計画を白紙に戻した経緯がある *3 。代替地を検討中の第三者委員会は今年7月末に中間報告を発表する予定だが、このままでは事態の決着には相当な時間がかかりかねない。それまでに各発電所での安全措置の強化などが求められる可能性も指摘できよう。
なんといってもエネルギー戦略の先行きに関する最大の不確定要因は、原発事故の今後である。昨年発生したメキシコ湾での原油流出事故に続き、オバマ政権のエネルギー戦略は安全性の問題に揺さぶられ続けている。事故自体が終息しないままでは、戦略の先行きを見極めるのは難しい。
暫定予算切れによる政府閉鎖の可能性もあいまって、4月初めの米国では財政に関する論争が政治の主役を占めている。先行きに不透明感を残したまま、米国のエネルギー戦略を巡る議論はひとまず水面下に隠れているようだ。
*1 :Margaret Kriz Hobson and Geoff Koss, Japan Crisis Cools U.S. Nuclear Push, CQ Weekly, March 21, 2011. なお、NRCの認可を受けたバーモント州の発電所は、まだ操業延長に必要な州の認可を得られていない。
*2 :Margaret Kriz Hobson, Democrats in Senate Push for Overhaul of Nuclear Waste Management, CQ Today, March 30, 2011
*3 :Margaret Kriz Hobson and Geoff Koss, Nuclear Energy Policy: A Stress Test, CQ Weekly, March 28, 2011
■安井明彦:東京財団現代アメリカ研究プロジェクトメンバー、みずほ総合研究所ニューヨーク事務所長