選挙直前に発生して結果に影響を与える10月危機を「オクトーバー・サプライズ」と称する。文字通り「サプライズ」なだけに、何が発生するか、予測が正確だったことはない。2012年大統領選では10月サプライズとしてイラン核脅威をめぐる危機が囁かれていたが、代わりに東部海岸をハリケーン・サンディが襲った。10月とその近辺に発生する危機を指すのは言うまでもないが、「予期されていなかった要因」が争点に転じることも意味することがある。これまでオバマには、この手の直前の意外な「サプライズ」が追い風になってきた。振り返れば、オバマがヒラリー・クリントンの対抗馬として民主党の有力候補になれたのは、2006年中間選挙で民主党が勝利したからだ。リベラル派のペローシが下院議長として実権を握って、オバマ擁立に弾みがついた。2006年の共和党敗北にはハリケーン・カトリーナが大きな影響を与えた。「カトリーナ」は2005年8月末の発生で厳密には10月サプライズではなかったが、翌年11月まで影響が尾を引く程、ブッシュ政権への対応の不満は大きかった。2008年大統領選では、オバマは本選で金融危機の発生に助けられた。そして2012年の再選選挙では、前述のようにハリケーン・サンディへの迅速な対応で自然災害を追い風に変えている。
しかし、2014年中間選挙では、いよいよオバマの直前危機に助けられるパターンも危うくなっている。今回も10月危機への見通しは立たなかった。夏の段階では、ミズーリ州ファーガソンの射殺事件が引き起こす人種対立かとも思われたし、パレスチナ情勢も緊迫していた。そして「イスラム国」とシリア空爆の成り行きが、2014年の「直前危機」ではないかと思われた。だが、直前2週間から1週間の秒読みに入った現在、エボラ出血熱が2014年の10月危機として表面化し、オバマにとっての「カトリーナ」になるのではないかとすら言われている。この危機は短期的にはオバマに不利に、共和党に有利に働いているからだ。短期的にと書いたのは、各国でワクチンの開発が進められている中、オバマ政権が感染の拡大を食い止めた上に、撲滅にも糸口をつけられれば、2016年までには「成果」に転換できる可能性はゼロではないからだ。残り2年で出来ることが少ない中、オバマのレガシー作りの想定課題の1つにもなる。しかし、目前に迫った中間選挙に対しては、プラスの要因に転化できる公算は低い。
悪夢の予兆は、9月30日に疾病予防管理センター(CDC)が、テキサス州でリベリア人男性の感染が確認されたと発表したことだった。大統領は10月6日に「アメリカでの流行の可能性は極めて低い」と述べ、国民を安心させた。しかし、リベリア人男性が8日に亡くなったことで風向きが激変した。世論調査にもそれは歴然と表れている。10月2日から5日に調査が行われ、6日に発表されたピューチサーチセンターの調査では、アメリカでのエボラ熱の流行阻止について連邦政府に「極めて大きな信頼」を抱いている人が20%、「ある程度の信頼」を寄せていているが38%、「あまり信頼していない」が24%、「まったく信頼していない」が17%で、過半数が一応政権の対応を信頼していた様子がうかがえる *1 。ところが、リベリア人男性の死亡後には一転する。10月16日から19日までに行われ20日に発表されたABC NEWSと「ワシントンポスト」の調査では、オバマ政権のエボラ熱への対応は満足が41%、不満が43%で、不安が過半数となった。政党帰属意識ごとに見ると、民主党支持者でオバマ政権の対応に満足しているのが55%で、なんとか過半数は超えているものの、民主党支持者でも33%は不満を抱いている。共和党支持者は不満51%、満足28%とちょうど民主党の反応と逆で、党派性も無関係ではない。だが、オバマ政権が慎重な構えの西アフリカとの往来禁止については、同調査で全体の67%が禁止に賛成しており、政権の判断と世論は必ずしも一致していない *2 。
突然10月サプライズとして争点に浮上したエボラ熱で民主党が反撃可能なポイントは少なく、共和党が医療関係の予算を削減した、という論点に留まっている。実際、アメリカ国立衛生研究所(NIH)のエボラ熱関連のワクチンの予算は2010年から2014年までの間に1,900万ドルも減少している。しかし、共和党は同研究所と疾病予防管理センターでの研究は、無駄が多かったとの批判で応戦している。ランド・ポールは、衛生研究所の多くの予算が、猿の大半が右利きであるとか、折り紙コンドームの開発などに割かれていて、無駄があったと強調している。各地の選挙戦でも、エボラ熱は争点化しており、アイオワ連邦上院選挙では終盤戦のテレビ討論で、共和党候補のジョニ・アーンストが、エボラ熱への対応の遅さを批判したのに対して、民主党候補のブルース・ブレイリーは、アーンストが政府閉鎖に賛成したティーパーティ寄りの姿勢を引き合いに、疾病予防センターや国立衛生研究所に対する予算削減を強く批判した。コロラド州のマーク・ユーダルも共和党の予算削減を批判する戦術を採用している。
懸念されたオバマの遊説中止による悪影響はあまり出ていない。2014年サイクルにおけるオバマの支援効果の減退は出身地のハワイでまず証明されてしまった感があった。民主党予備選では、知事選でオバマの両親と極めて近い関係にあり「オバマ派」の象徴だったニール・アバクロンビーが敗北した。連邦上院選ではオバマのプナホスクールの後輩でやはり典型的な「オバマ派」のブライアン・シャーツが、「延長戦」の末なんとか勝利したものの、コリーン・ハナブサとの票差は僅かで一時は危うかった(アメリカNOW 第118号 、 119号 参照)。また、ジョナサン・マーティンが指摘しているように、今回の選挙でオバマの応援を望んでいるのはリベラルな州ばかりでで、アーカンソーのマーク・プライヤーに代表される保守寄りの州ではオバマを避ける傾向がある *3 。コロラド、ノースカロライナ、ヴァージニアなど2008年のオバマ勝利に貢献した州でも同様の傾向で、オバマの応援を求めていない。国内問題に取り組むべきだというオバマへの厳しい注文も周辺から出ていたことで、オバマにとってはワシントンに残ってエボラ熱対策に取り組むことは、「国際問題」としてではなく、エボラ熱を「国内問題」として扱い、国民の安全確保に邁進するアピールにすることとなったのは皮肉だ。
オバマ政権は感染者に対して適切な治療を施して回復させ、その姿を国民に見せることで、民主党側が「共和党が煽っている」と批判するパニックを抑制し、政権への信頼を上向かせる狙いだ。2次感染した2人の看護師のうち1人は無事回復し、ホワイトハウスで大統領がハグをしてみせた。「大統領が接触して問題ないほどに治癒する病気」という安心感を与える一定の効果はあっただろう。しかし、なにぶん選挙まで時間がない。死亡者はリベリア人の入国者であったが、アメリカ人の犠牲、感染事例が拡大する事態に陥った際には、世論を落ち着かせることは困難であろう。ニューヨークでは医師の感染が確認されたが、ニューヨーク州とニュージャージー州がエボラ熱の患者と接触した渡航者を強制隔離する動きに出ている。州独自の素早い措置が、州民の不安感と安心感、どちらを増幅するのかは未知数だ。今後、どの州で感染者が出るのかも、直前の選挙民の不安と票に影響を与えるだろう。また、エボラ熱への関心はアフリカ系、ヒスパニック系の間で高く、マイノリティ向けアウトリーチとしてもエボラ対策の成否が、オバマと民主党への信頼への意外な分岐点になるかもしれない。
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*1 : http://www.people-press.org/2014/10/06/most-are-confident-in-governments-ability-to-prevent-major-ebola-outbreak-in-u-s/
*2 : http://www.washingtonpost.com/page/2010-2019/WashingtonPost/2014/10/14/National-Politics/Polling/release_366.xml
*3 : Jonathan Martin, “In This Election, Obama’s Party Benches Him” , New York Times (Oct. 7, 2014)
■渡辺将人 北海道大学准教授