格差を巡る米国の議論は、格差そのものに止まらず、格差の固定化(モビリティ [1] の欠如)についても繰り広げられている。研究の最前線となっているのが、育った地域の特性が格差の固定化に与える影響である。米国では、税務情報等の膨大なデータを使った分析により、地域の特性と格差の固定化との因果関係が解き明かされ始めている。
親世代の転居で変わる子世代の所得階層
スタンフォード大学のRaj Chetty等は、地域の特性に着目し、格差が固定化している理由を探ってきた。本欄でも紹介してきたように [2] 、2014年に発表された第一段階の研究成果では、税務情報等の膨大なデータの分析によって、地域によってモビリティに大きな違いが存在することが明らかにされると共に、格差の固定化と相関関係が強い地域の特性が特定されている(Chetty et al(2014)) [3] 。
2015年に発表された第二段階の研究成果では、地域の特性とモビリティとの因果関係が解き明かされている(Chetty and Hendren(2015)) [4] 。両者の因果関係を特定し、格差の固定化をもたらす要素を突き止めることができれば、政策対応へのヒントを得やすくなる。相関関係を示した第一段階の研究成果では、格差固定化の理由までが示された訳ではなく、政策対応を考える材料としては物足りなさが残っていた。
Chetty and Hendren(2015)が注目したのは、親世代の転居が子世代の所得階層に与える影響である。転居の有無によって成人した際の所得階層に違いが生じているとすれば、転居先の地域の特性がモビリティに影響を与えていることを示す手がかりになる。
Chetty and Hendren(2015)の分析結果によれば、子世代が到達する所得階層が高い地域に転居した家庭の子は、年間3~4%の割合で転居先の子世代が到達する所得階層に近づいていく。一方で、子世代が到達する所得階層が低い地域に転居した家庭の場合には、子世代が到達できる所得階層は低下するという。
もっとも、転居による子世代の所得階層の変化は、転居先の地域の特性によるものだけではない。転居した親世代の教育水準が高い等、転居した家族が持つ特性によっても、子世代の所得階層は左右され得る。
そこでChetty and Hendren(2015)では、転居した家庭の兄弟・姉妹を比較することで、親世代の条件を揃えている。その結果、転居先で過ごした年数に比例して、地域の特性が子世代の所得階層に与える影響が増加していることが確認されている。
モビリティが高まる地域、低下する地域
以上の分析に基づき、Chetty and Hendren(2015)では、全米の各地域について、その特性が子世代の所得階層に与える影響を導き出している。
図表1は、Chetty and Hendren(2015)によって示された、親世代の所得階層が25パーセンタイル [5] に属する子世代の所得階層が、それぞれの通勤圏に暮らすことによって変化する度合いである。各通勤圏に1年暮らすことによる所属パーセンタイルの変化を示しており、人口規模の大きい50の通勤圏に関するリストから、プラスの影響が大きい3地域と、マイナスの影響が大きい3地域を抜き出している。子世代の所得水準に換算すると、ソルトレイクシティーでは1年暮らすごとに0.5%ずつ所得水準が増加するのに対し、ニューオリンズでは1年暮らすごとに0.7%ずつ減少するという。
図表1が示すのは、あくまでも地域の特性が所得階層に与える影響である(因果関係)。そのため、第一段階の研究で示された地域ごとのモビリティの高低(相関関係) [6] とは、地域の見え方が異なる。
例えばニューヨークの場合、第一段階の研究では、子世代が高い所得階層に移動する傾向が強い地域とされていたが、第二段階の研究によって地域の特性による影響を抜き出すと、子世代の所得階層にはマイナスの影響が生じる結果となっている。一見すると矛盾しているようだが、背景には移民の存在がある。移民は居住地に関係なくモビリティが高い。その移民が多く住んでいるために、ニューヨークという地域が持つモビリティへのマイナス効果が見え難くなっている。
(図表1)育った通勤圏が所得階層に与える影響
モビリティに影響する地域の特性
どのような地域の特性が、子世代の所得階層に影響を与えているのだろうか。図表2は、Chetty and Hendren(2015)が導き出した、それぞれの要素の因果関係の強さである。子世代の所得階層に与える影響の大きさを絶対値で示しており、プラス・マイナスの違いは捨象している。
図表2に示された分析結果には、第一段階の研究成果で得られた地域の特性とモビリティの「相関関係」に共通する内容が含まれている [7] 。例えば貧困については、貧困率よりも貧困世帯が隔離されている度合いの影響が大きい。教育においては、予算の多寡のような「投入ベース」の指標ではなく、高校中退率等の「結果ベース」の指標に左右され易い。製造業雇用の多さや中国製品との競合は影響が小さく、コミュニティ活動などの社会的資本の影響が大きい。
以上、紹介してきたように、地域の特性に着目し、格差の固定化をもたらす要因を探る研究は、着実に成果を挙げている。こうした研究成果を踏まえChetty等は、まず短期的には、モビリティが高い地域への移住を支援すること、そして中長期的には、モビリティの高さと因果関係の強い特性を中心に、地域の環境改善を図ることを提言している。
実は前者の移住支援については、既に米国で実験的な取り組みが講じられている。Chetty等は、そうした取り組みの成果についても分析を行っているが、この点については、稿を改めて取り上げることとしたい。
- [1] モビリティとは、ある所得階層に属する家庭に生まれた子が、異なる階層(とくに上位の階層)に移動する可能性を指す。
- [2] 安井明彦、格差問題に関する米国の論点(3)、東京財団、2014年5月13日( https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=605 )
- [3] Chetty, Raj, Nathaniel Hendren, Patrick Kline and Emmanuel Saez(2014), Where is the Land of Opportunity? The Geography of Intergenerational Mobility in the United States, January 2014. ( http://obs.rc.fas.harvard.edu/chetty/mobility_geo.pdf )
- [4] Chetty, Raj, and Nathaniel Hendren(2015), The Impacts of Neighborhoods on Intergenerational Mobility: Childhood Exposure Effects and County-Level Estimates, May 2015. ( http://www.equality-of-opportunity.org/images/nbhds_paper.pdf )
- [5] 所得の高低で並べた分析対象者を100の固まりに分割し、もっとも高所得の固まりを100パーセンタイルとする ( https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=602 )
- [6] 安井明彦、格差問題に関する米国の論点(2)、東京財団、2014年5月2日( https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=602 )
- [7] 安井明彦、格差問題に関する米国の論点(3)、東京財団、2014年5月13日( https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=605 )
■ 安井明彦:東京財団「現代アメリカ」プロジェクト・メンバー、みずほ総合研究所調査本部欧米調査部長