安井明彦 みずほ総合研究所欧米調査部長
米国の大統領選挙でトランプ氏やサンダース氏が旋風を巻き起こしている一つの要因は、経済政策の敗北にある。従来型の経済政策は有権者の期待に応えられず、むしろ既成の政治に対する不満の温床となっている。
政策ではトランプ氏を倒せない
「幸いなことに、有権者はトランプ氏の政策を支持している訳ではない。彼のキャラクターに熱狂しているだけだ」
トランプ旋風について、米国の(いわゆる)知識層に属する人に聞くと、このような答えが返ってくることがある。「イスラム教徒の入国禁止」「メキシコ国境への防壁建築」といった極端な政策が必ずしも有権者に支持されているわけではない点を指摘して、こちらを安心させたい意図が感じられる。
しかしこうした回答には、かえって不安をかきたてられる面がある。「政策ではトランプ氏を倒すことはできない」と認めているように感じられるからだ。政策通であることを強みにしようとしたジェブ・ブッシュ氏は惨敗し、マルコ・ルビオ氏も苦戦を強いられた。共和党の予備選挙は、本質的な政策論争が行われないままに終幕を迎えようとしている。
民主党での議論も問題含みだ。共和党に比べると、サンダース氏が健闘する民主党の予備選挙では、経済政策を巡る論争が盛んである。しかし、そこで少なからぬ支持を得たサンダース氏の経済政策は、強烈なリベラル色を帯びている。サンダース氏が提案した経済政策の極端さは、イデオロギー的な一貫性を持たないトランプ氏の経済政策を上回る。「所得税の最高税率を大幅に引き上げつつ、高い経済成長を実現する」という主張には、民主党の歴代経済諮問委員会(CEA)委員長が、連名で疑問を表明しているほどだ。そうした現実味に欠ける政策の提唱者に、練りに練った経済政策を掲げるクリントン氏が脅かされたのが、民主党における政策論争の現実である。
経済政策の敗北
なぜ政策を支持されていないトランプ氏が、ここまで大統領に近い位置にいるのか。現実味に欠ける政策を掲げるサンダース氏が、ここまで健闘してきたのか。そこには、従来型の政策が信頼を喪失してしまった現実が映し出されている。従来型の経済政策は、米国経済の課題克服に失敗したと受け止められている。そうした「経済政策の敗北」が、旋風を生む土壌になっている。
米国では、中間層の所得が伸び悩んでいる。実質所得の中位値は、いまだに1999年のピークを上回っていない。それどころか、金融危機後の実質所得は、富裕層では上昇に転ずる一方で、中間層では伸び悩んでおり、両者の格差が広がっている。
米国の二大政党は、中間層の所得が伸び悩んできた責任を問われても仕方がない状況にある。2000年代の米国では、共和党のブッシュ政権、民主党のオバマ政権と、それぞれの政党が2期8年ずつ政権運営を任された。また、ブッシュ政権では大型減税(ブッシュ減税)、オバマ政権では医療制度改革(オバマケア)と、いずれの党も、長年にわたって提唱してきた経済政策を実現させている。経済的な因果関係はともかく、米国の中間層にとっては、2000年代の米国は「各党が持論を実現させたにもかかわらず、所得が伸び悩んだ時期」である。
従来型の政策に失望した有権者は、トランプ氏やサンダース氏に期待を寄せる。「政策が支持されているわけではない」とは言うものの、両氏が主張する保護主義的な通商政策や、トランプ氏が提唱する移民に厳しい政策等の「閉じた政策」は、中間層からの脱落を危惧するホワイト・ワーキング・クラス(白人労働者階級)の琴線に触れている。
トランプ現象は終わらない
中間層の暮らしを向上させるには、成長力を高めると同時に、所得の配分にも気を配る必要がある。先進国が共通して直面する課題だが、両者を同時に満たす経済政策は見つかっていない。サマーズ元財務長官は「長期停滞論」を論じ、成長力の構造的な低下を指摘する。格差の拡大に焦点を当てたピケティ氏の「21世紀の資本論」は、世界的なベストセラーとなった。
経済政策が解決策にたどり着けない中で、保護主義などの「閉じた政策」が求められる環境は、米国以外の国・地域にも広がる。その一つの表れが、難民問題を巡る欧州の動きであろう。
米国に関しても、政策の手詰まりが背景にある以上、誰が大統領になろうとも、有権者の不満を解消することは難しい。アウトサイダー政権誕生の如何を問わず、政治的に不安定な状況は続き易い。トランプ旋風の終着点は、大統領選挙ではないのかもしれない。