渡辺将人 北海道大学大学院メディア・コミュニケーション研究院准教授
これまでの予備選挙過程では、筆者は2015年から各地で主要全候補者の肉声と会場の支持者を観察してきた。今回のコラムはそうした中で感じ取れた「空気感」を両党横断的に大きく2点、抽出してみたい。1つ目は候補者の「伝統的属性」要因の相対的な縮小、2つ目は政党内勢力図の再解釈だ。
候補者の「伝統的属性」要因の相対的な縮小
現地で民主党系の有権者と対話して驚くのは、今回の選挙が「女性初の大統領」誕生に向けた盛り上がりに収斂していない点だ。たしかに年配の女性は圧倒的にヒラリー支持であるが、それは「自分が生きているうちに女性大統領を誕生させる最後のチャンス」という意見に象徴される。サンダース事務所の、ある中年女性は「まだ他の機会で女性が大統領になるのを見届けるチャンスはある。今は経済だ」と語る。「いつか実現すればいい」という女性内の年齢(想定寿命)別の亀裂が生じている。
要するに中年以下の若い女性は「女性大統領」誕生を今すぐ渇望していないし、社会にもそれを支援する空気感がない。大きな要因は、2008年のオバマ勝利だ。白人男性ではない大統領がアフリカ系という形で既に勝利してしまい、集合的な存在としての「マイノリティ」の悲願はひとまず達成されてしまった。今後の各種「マイノリティ」の大統領は、いずれも「マイナーな前進」でしかない。初の女性、アジア系、LGBT、ヒスパニックは、いずれも「早晩誕生するだろう」ものになってしまった。
ヒラリーにとってはジェンダーをめぐる「ウェッジイシュー」(極端に意見が分かれる課題)抗争に巻き込まれずにすんだ一方で、アフリカ系か女性か「初のマイノリティ」という08年には使えた、エスタブリッシュメント色を中和するカードを喪失した面はある。「初のユダヤ系」のサンダースにしても、あるいは共和党側の2人のヒスパニック系(キューバ系)候補にしても、候補者属性はあまり話題にならない。無論、「属性」比重の低下は候補者についてであって、有権者のアイデンティティと投票行動には、アフリカ系の圧倒的なヒラリー支持に見られるように依然として属性要因はある。
政党内勢力図の再解釈
上述の候補者の「属性」の希薄化が、以下のエスタブリッシュメントへの親和性など既存政治への姿勢の差が対立軸になっている傾向を生み出しているようにも思える。
2大政党の中で本来は第3候補的な人物が善戦、あるいは勝利しそうな展開なのが今回の選挙であるが、浮き彫りになっているのは政党内の各派の勢力図の再解釈の動きだ。共和党側で漏れる溜息のほとんどは伝統的な穏健派によるものだが、彼らにとってはトランプもクルーズもどちらも好ましくない。トランプ対非トランプの構図で見落とされがちだが、トランプのせいでクルーズが相対的に穏健に見えているだけで、信念が揺らがないという点でより危険人物なのはクルーズであるという認識は消えていない。
「メキシコ国境に壁を作る」とのトランプ発言は人気取りのためだが、「クルーズなら本当に作る」と警戒感を示す声は両党内にある。共和党穏健派は選択肢を喪失する中、2016年選挙戦そのものへの意欲を減退しつつあるように見える。「政権1回休み」のリスクを甘受して、トランプの共和党乗っ取りを阻止するか、トランプを応援して民主党政権阻止を優先するか。これが穏健派の究極の選択肢になりつつあるが、ネオコン寄りになれば前者を選び、クリントンへの投票まで示唆する。
「第3党的勢力」の指定席の変容も特徴だ。共和党内の「第三軸」はリバタリアンだと思われていた。ロン・ポールの流れを受け継ぐ運動がランドに継承され、今回の党内の要注意人物・運動もランドとしてマークされてきた。しかし、ランドがケンタッキーの議席を優先したこともあるが、リバタリアン運動はさほど盛り上がらず(社会リバタリアンの一部がサンダース支持に流れたこともあるが)、民主党の白人労働者層までを引き付けるトランプが台頭した。
また、キリスト教福音派について、「文化福音派」と「宗教福音派」という分類がなされるようにもなっている。前者はトランプ支持に抵抗がなく、サウスカロライナでのトランプの福音派票での優勢などを裏付けた。
民主党側では、穏健派とリベラル派という従来の分類を進化させた、エスタブリッシュメントと非エスタブリッシュメントを視野に入れた3分類が生まれてきている。元クリントン陣営・同政権アドバイザーのマイク・ラックスなどはその提唱者の1人だ。
第1の分類は「アウトサイダーな左派勢力Outside Progressive Force」で、ムーブオン、DFAなどのオンライングループなどでワシントンにはほとんど存在していないし、(ウォール街)オキュパイ運動の参加者などもここに入るとラックスは分析する。この層が今回サンダースを支持しているが、ヒラリー支持者も存在するという。(註:オキュパイ運動の活動家は既存政党を嫌い、投票をしない傾向があるので、2016年に彼らがどこまで政党に参加してきているかは別途の調査を要するだろう)。
2つ目が、「リベラル派エスタブリッシュメント Liberal Establishment」で、組合、シエラクラブなどの環境団体など伝統的なリベラル派組織や集団である。CAP(アメリカ進歩センター)などのシンクタンクもここに入り、その創設者のジョン・ポデスタ率いるヒラリーのチームも該当する。
そして3つ目が「企業系民主党 The Corporate Democratic World」で、ウォール街やワシントンのロビイストにも近い。かつての「ニューデモクラット」はこの分類に概ね当てはまり、社会争点ではリベラルで、プロチョイス(中絶容認)で同性愛にも寛容だが、経済ではビジネス寄りで、ブルーム・バークも分類によってはここに入るとの見方もある。
この新たな3分類で興味深いのは一枚岩として理解されがちだった「クリントン」は、実は第2分類のヒラリー派と第3分類のビル派に分かれるという点かもしれない。