ポール・J・サンダース
センター・フォー・ザ・ナショナル・インタレスト常務理事
東京財団「現代アメリカ」プロジェクト・海外メンバー
2016年3月7日、トルコ政府はEUとの首脳会談において、ギリシャに密航した難民の受け入れを提案して合意をし、4月からは難民のギリシャからトルコへの送還が始まった。トルコ政府は、それまでEU加盟への道が難しくなる中で、ロシアとの関係を重視してきた。しかしその方針は2015年11月24日に、トルコ政府が領内侵犯した疑いのあるロシアの爆撃機を撃墜してロシアとの関係が予想以上に悪化したことで、EU寄りの政策に変更を余儀なくされた。筆者のポールサンダースは、東アジアでも、これと似たような事件が起こったら、重大で予想もできないような結果が生じるだろうと警告する。
2015年後半にアンカラがロシアSu-24爆撃機を撃墜することを決定して以降のトルコ・ロシア関係の崩壊は、ある事件がいかに早く戦略的な現実を変えるかという点と、国家の指導者たちがいかに多くの誤算をする可能性があるのかを如実に示している。東アジアの安全保障環境はますます緊迫化しているが、これらの現実を心に留めておくことが重要だ。この地域で似たような出来事が発生すれば、重体で予想もつかないような結果が生じるだろう。
ロシアのSu-24爆撃機を撃墜した決定を説明する際に、トルコの指導者たちは再三の警告にもかかわらずロシアの爆撃機がトルコ領空を侵犯したためと主張する。またアナリストたちも、ロシアによるシリア北部で戦っているトルクメン人の反政府勢力への空爆がトルコ政府を憤慨させたと主張する。一方モスクワはトルコの主張に反論し、撃墜は極端な反応でいわれのないものだとし、実際ロシアのプーチン大統領はそれを背信行為だと主張する。
エルドアンのグローバルなゲームプランの挫折
Su-24爆撃機の撃墜前、アンカラはEU加盟への道が徐々に難しくなる中、自らがグローバルプレーヤーとなるべく、過去10年にわたりロシアとその周辺国との関係発展のために投資してきた。例えば、クリミア併合に対する欧米のロシアへの経済制裁には、トルコはロシアとの経済関係を維持するために制裁への参加を拒否した。2014年のトルコからロシアへの輸出総額は59億ドル、ロシアからトルコへ輸入総額は252億ドル(主にエネルギー取引)であった。当時、トルコのBRICSや上海協力機構への加入は時間の問題であると言われるほど、エルドアンはプーチンと頻繁に会談を行っていた。
グローバルな役割を勝ち取るというエルドアンの野望には、周辺諸国との良好な関係とともに、ロシアとの役に立つ関係が必要であった。結局のところ、トルコ政府が周辺地域の安全保障に忙殺されるようになると、指導者たちはグローバルな問題に取り組める余力は全くなくなってしまった。国際的なステージで、トルコが真の意味で独立した役割を発展させ、得られる利益を極大化させるためには、米国やNATO、欧州各国への過剰な依存を避ける唯一の道でもある、プーチンとの関係を深めることがエルドアンには必要だった。
しかし驚いたことに、トルコの大統領は、領空侵犯の疑いのあるSu-24爆撃機の撃墜によりロシアとの対立を選んだことで、これまでの自らの努力を無駄にするリスクを冒す道を取った。エルドアンが先の政策方針を国家の優先事項としたと思われるだけに、ロシア機撃墜はトルコの指導者たちが、ロシア政府が自らの戦闘機とパイロットを失った場合の対応を、正確に予測できなかった事を示唆している。(2機のロシア機の撃墜で、トルコ当局はどちらのパイロットが生存したか推測できなかったが、2人目のパイロットが生き残った)。
そしてロシアは様々な経済制裁、トルコの観光産業のためのチャーター便の禁止、地域でのS-400ミサイル防空システムの配備などすばやく報復措置を講じた。またロシア政府はトルコとの往来を制限し、エルドアンが拒み続ける謝罪を要求した。
簡単ではない今後の道
結果として、トルコは米国や欧州の同盟国よりに姿勢を急転換した。西洋の指導者たちが実際に危機が一時沈静化した際に、どの程度トルコの行動を支持するかは分からないが、現時点では、トルコの行動をレトリック上は支持するしか選択肢がないように思われる。最近になり、シリアや中東からトルコを経由して欧州へ渡る難民の流れを、明らかに停滞させることになったEUトルコ間の合意にみられるように、EU諸国はそれぞれにトルコを優先せざるを得ない理由がある。
しかしながら、そういう現状であっても、トルコの大統領がEUや欧州各国がトルコに求めるスタンダードを明らかに犯して、国内の反政府勢力を弾圧し続ける限り、トルコがEUに加盟する見込みはかなり薄いだろう。このようにみると、ロシアへの経済制裁の影響もあり、トルコ経済の先行きとその国際的な立ち位置は悪化しており、今後も簡単な道のりではない。
東アジアには、トルコ-ロシア関係の崩壊を導いたシリア内戦のような、現在進行中の戦争はないが、尋常ではない数の領土係争とそれに関連した軍民双方の航空機と艦船の偶発的な衝突の危機が発生しており、中には犠牲者が出たケースもある。
今までこのような事態が、関係する国家間の戦略的な見直しに繋がった例はないが、少なくとも、中国の行動と意思に対して懸念が高まったケースはみられる。今後の状況にもよるが、今回のトルコが故意的に攻撃した例はさておき、東アジアでの国家間の衝突は重大な結果を招くであろう。トルコの例は、アジア各国のリーダーたちがそれぞれの重要な国益を守るためにどう行動するかについて真剣に考えるための良い教訓となるだろう。