ポール・J・サンダース
センター・フォー・ザ・ナショナル・インタレスト常務理事
東京財団「現代アメリカ」プロジェクト・海外メンバー
夏の初め、米当局たちはオバマ大統領が任期満了を迎える最後の数か月の間に、新たな核イニシアティブを打ち出そうとしていると示唆し始めた。それを劇的なことだと肯定的に捉える者もいればそうでない者もいるが、そのほとんどが成功に至りそうにない。より重要なことは、オバマ大統領が世界をより良い世界にしようと望んでいるかもしれないが、誰もそのようには考えていないことだ。
外交政策上の問題点
オバマ大統領が2017年1月の任期満了を前に、すでに明確にしている複数の外交政策上のレガシー(遺産)をレベルアップさせようとしているのは、そう驚きではない。彼はイラクからの米軍の撤退を約束したものの、目標に向かってその撤退規模を大きくしすぎ、かつ急ぎ過ぎたために失敗した。そしてイラク戦争とは反対にアフガニスタンを「良い戦争」(必要な戦争)と捉えたが、そこでも多くの成果を挙げられないでいる。さらに彼の最も目立つ最近の軍事行動となるリビアでのNATOによる空爆において、米国は当初支援的な役割であったが、最終的には指導的役割を果たした。しかし、リビアを安全にするどころかむしろ混沌を作り出した。そしてオバマ大統領が、当初シリアにおいて空爆や他の手段での介入を拒否したことは、共和党だけでなく民主党の中で既に広まっていたオバマ批判を再燃させた。
同様に、中東政策におけるオバマ大統領の効果の薄いハンドリングは、米国のアジア・リバランス政策(アジア回帰政策)も、おそらく致命的に損ねている。米国は今でも中東地域に片足を深く踏み入れたままであり、イラク、アフガニスタン、シリア、リビア等の現在進行形の紛争は、米政府高官の1日の限られた勤務時間の多くとその関心を奪っている。それが表面化している例は、アジア・リバランス政策の主要な提唱者や支持者らはかなり以前に政権を去り、その軍事上、かつ経済上の具体的な政策要素が勢いを失っていることだ。中国が創設したアジア開発銀行へのアジア諸国(と欧州諸国)の関心についてオバマ政権がまったくの過小評価をしたことも、それに輪をかけている。
オバマ政権のこのような総崩れになった外交政策の中で、国務長官のジョン・ケリーは、ワンマン外交とでも表現できるように、ロシアのラブロフ外相とこの半年で少なくとも4回会談し、主にシリア危機にフォーカスして話し合ってきた。ホワイトハウス関係者は個人的にはケリー国務長官のロシアとの外交を無視し、何も期待していないように思われる。彼らの行動は理解できるが、むしろその陰鬱な行動は、容易に自己充足的予言をつくりだすことになるだろう。(訳者注・ホワイトハウスの期待のなさが、結局、ケリー外交によるブレイクスルーの可能性の芽も摘んでしまうという意味)
核なき世界への夢想とグローバルな現実
このような状況にも関わらず、オバマ大統領と彼の政策アドバイザーらは、2009年に自らが受賞したノーベル平和賞について、何か具体的なものとして残そうとしているように思われる。ノーベル委員会は「核兵器なき世界を目指すオバマのビジョンと行動」に基づいて彼の受賞を決定したが、オバマ就任から7ヶ月後である2009年10月の時点で、彼が「核兵器なき世界」を目指すため唯一達成した事は、残念ながら「国際政治的な新しい環境」を作ったということだけであり、それも長続きするものではなかった。
そしてオバマ政権は、オバマが2009年4月のプラハ演説で示した核兵器なき世界の実現に向けての「プラハ・アジェンダ(行動計画)」を追求していく上で、3つの無視できない難題に直面している。1つは国内政治上の問題で、残りの2つは国際的な問題である。
まず国内の問題として、オバマは核兵器における国内政策の大転換を図るにせよ、大きな国際合意(条約)の交渉を行うにせよ、共和党が多数を占める議会からの支援を得られていない。共和党員の多くは、核兵器を米国の安全保障上、必要不可欠なものとみており、それを削減しようとする試みを救いがないほど非現実的なものとして退ける。そして政治的にも、共和党員の多くは、オバマ政権が2010年11月の中間選挙での(民主党の敗北の)結果を受けて、2011年1月からの上院では多数派となる共和党の影響力が大きくなり、ロシアとの間での「新戦略兵器削減条約」(START)の批准を阻止することを恐れたことから、事前のレームダック・セッション中に上院で批准を強行したことに憤りを持っている。
そしてこの共和党員の不満と、党内に広く充満したオバマへの不信感により、オバマ政権は議会の承認を要しない政策への転換を余儀なくされることとなった。報道によると、それらの政策には「核先制不使用宣言」、核実験禁止のための国連決議、新世代の核弾頭搭載可能な巡航ミサイルの開発の中止などがある。後者は核兵器の新世代化計画にオバマ政権が取り組むという約束を前提として新戦略兵器削減条約に賛成票を投じた上院の共和党員たちの理解を裏切るものになる。
次に国際的なレベルの問題として、オバマ大統領は自らの考えに賛同を示す政府を見つける事は困難だろう。多くの米国の同盟国は、「核先制不使用宣言」によって米国による拡大核抑止が低下し、特に中国やロシアのような近年、拡張的な姿勢を示している核保有大国からの攻撃のリスクが高まるとの懸念から、それに対する強い留保をすでに表明している。このような同盟国からの強い反対に直面する中でも核先制不使用を追求すれば、オバマは国内からもさらなる批判に晒され、現在の大統領選挙の最中に、オバマ政権で国務長官を務めたヒラリー・クリントンでさえもオバマの考えとは距離を置かざるを得なくなるだろう。そして共和党候補のドナルド・トランプも同様に批判するだろうから、オバマ政権は、オバマ政権の後継となるどちらの候補者も継承しない政策を宣言することになる。それはオバマ大統領のレガシー作りにはまったく寄与しないということだ。
そして国連安保理決議や新戦略兵器削減条約の拡大などオバマ政権の他の選択肢は、ロシアとの合意に基づいてのみ遂行することができる。これが任期満了の迫る中、核軍縮政策への野望を持つオバマ大統領が抱える2つ目の国際的な問題である。ロシアの今日の主要な懸念は米国のミサイル防衛システムと、核ミサイルを使用しないで、第一撃でロシアに武装解除させるほどのグローバルで即応性のある非核の攻撃兵器の能力を米国が持つことだ。それらの懸念が、ロシア政府の今後の(核軍縮の)許容限度となるだろうが、それは米国の好みに合うものでもないだろう。実に、核兵器なき世界の実現に向けては、おそらく、それらの軍事技術の両方が必要となる。さらに一般的にいえば、オバマ政権のロシアへの幅広いアプローチは、むしろプーチンに対して、ワシントンに利益をもたらすようなことはしない、ということを確信させるだけといえる。
残り数ヶ月となるオバマ大統領の在職期間の今後を見据えると、オバマと彼のアドバイザーたちは、おそらく外交政策上のレガシーを継続させて残すために創造的な新しい方法を探求し続けるだろう。しかし彼らにとって最も大きな難題は、米議会や米国の同盟国からの支援、また米国のライバルの中でも交渉できるパートナーの存在なしに、単独で何かを構築することはほぼ不可能だということだろう。2009年の就任当初に、オバマ大統領が単独行動主義を拒否して喝采を浴びたことを考えると、これは非常に皮肉な結果である。