上席研究員、現代アメリカプロジェクトリーダー、東京大学教授
久保文明
共和党全国党大会は、アメリカに否定的な演説とレトリックゆえに民主党とメディアから批判を浴びたものの、候補者の支持率を6%押し上げることに成功した。7月25日から28日にかけてフィラデルフィアで行われた民主党全国党大会の方はどうであったろうか。
変化を求める世論
ヒラリー・クリントンの運動に立ちはだかる壁の一つが、変化を求める世論である。同じ政党が3回連続して勝利するのが困難であるのも、これと密接に関係している。
同一政党の大統領選挙3連勝は、もっとも最近では1988年に起きたに過ぎない。その前を遡ると、1948年にまで行きつく。2000年選挙は逆の形で、3連勝の難しさを示唆している。アメリカ経済は絶好調であり、現職ビル・クリントン大統領の支持率も60%前後と高い水準を維持していた。国外で困難な戦争に関わっていたわけでもない。にもかかわらず、民主党は敗れた。
現職大統領が政権2期目を目指す選挙は、その大統領の実績、支持率、人気に大きく左右される。しかし、同一政党が3期目を目指す選挙では、当該政党は、変化を求める世論に抗しなくてはならない。
そして、アメリカの世論は変化を求めがちである。それは、「ニュー」のつくスローガンの多いことからも示唆されている。たとえば、ニュー・フリーダム(ウィルソン)、ニュー・ナショナリズム(セオドア・ローズヴェルト)、ニュー・ディール(フランクリン・ローズヴェルト)、ニュー・フロンティア(J.F. ケネディ)などである。
8年政権を担っていれば、自ずと様々な綻び、失敗、そしてスキャンダルが目立ってくる。野党が勢いづくのも当然であろう。
そのような文脈で現在の情勢を見た場合、与党民主党には一つ難しい問題がある。株価、経済成長率、雇用の創出など、経済指標は上り坂であるが、9月初めの時点でも国民の59%から68%以上が、アメリカは悪い方向に向かっていると感じていることである。( http://www.realclearpolitics.com/epolls/other/direction_of_country-902.html 。7月後半の数値はさらに悪いものであった。後述するが、8月に数値が若干改善したことは、民主党大会の効果かもしれない。) オバマ政権は、与党民主党は、そしてクリントンは、この悲観的雰囲気を逆転あるいは克服できるであろうか。
クリントンの課題
クリントン自身に否定的で好ましくないイメージが付着していることも、彼女にとって大きなハードルである。周知のようにトランプのイメージも悪い。それにもかかわらず、クリントンはそこに十分つけ込めないでいる。「ヒラリー・クリントンは信頼できない」というイメージを、彼女は払拭できるであろうか。
これらに加えて、クリントンは、バーニー・サンダース上院議員を強固に支持する多数の民主党左派の支持を勝ち取る必要がある。ウォールストリートに近いとのイメージが強いクリントンにとって、これは容易なことでない。クリントンは民主党員の団結をどの程度実現できるであろうか。
いうまでもなく、トランプの大統領としての適格性を徹底的に批判し、その支持率を低下させることも、目的の一つである。
さらにもう一点追加したい。それは、クリントンが自分の選挙戦にどの程度情熱や興奮を注入することができるかどうかである。これがないと勝てないというものではない。ただ、それがあれば、勝利のマージンはさらに大きくなり、就任後の支持率やリーダーシップの発揮にプラスの影響を与えうる。
クリントンが有能な弁護士であり、ホワイトハウス生活8年、上院議員8年、国務長官4年といった例外的な経歴と政治経験をもつことは明らかである。しかし、まさにそれゆえに、経験を強調して現職大統領のように戦いがちとなる。思い返せば、2008年の選挙戦において、この弱点が前面に出た。トランプについては強い否定的感情を持つ人がいることも確かであるが、ニューハンプシャー州予備選挙において、厳寒の中、一時間以上前からトランプの演説を聞くために並ぶ人の長蛇の列ができた。これは、並んだ人の思想、動機、プロフィールは全く異なるが、2008年のオバマについても当てはまる。これは何より、本年の民主党内で、サンダースが実現したことでもあった。彼女は変革の象徴となり、あるいは強烈なメッセージの担い手として、社会運動を引き起こしながら、選挙戦を展開できるであろうか。
ちなみに、クリントンが抱えたこれらの課題は、CNNの記事でも、以下のようにまとめられている。本稿と細かいところでの力点は異なるものの、基本的に同じような点を指摘しているとみてよいであろう。
クリントンの指名受諾演説の課題
- サンダース支持者を含めて民主党を団結させること
- 信頼できないというイメージを修復すること。
- 無党派層を念頭に、トランプは大統領・軍の最高司令官になる資格がないと説得すること。
- 選挙運動に情熱・興奮・熱狂を生み出すこと。
http://www.cnn.com/2016/07/28/politics/hillary-clinton-dem-convention-speech/
このような文脈において、「彼女のこれまでの人生において最も重要な演説」(CNN解説者ウォルフ・ブリッツァーの表現)となる、クリントンの指名受諾演説は行われた。
サンダース支持者の取り込み
サンダース支持者の取り込みという点では、何よりサンダース上院議員自身に初日、25日のプライム・タイムに演説の時間が与えられた。ただし、彼の使命はもはや自身の指名獲得でなく、クリントンへの支持を訴えることであった。サンダースはそれを強力に遂行したといえよう。
また、とくに初日・二日目の登壇者の多くがサンダースを称賛する演説を行い、党員の一体感の強化を目指した。それは大学の学費無料のようなサンダースの公約に対する支持という形もとられた。
党大会初日、多くのサンダース支持者はクリントンを称える演説にブーイングをし、またサンダース支持継続の決意を示すプラカードを掲げて抵抗した。しかし、サンダース自身による演説を受け、多くの代議員は徹底抗戦を放棄したように見えた。
ただし、会場に隣接した巨大テントの中のメディア・センターでは、大会3日目、4日目でも、サンダース派代議員が座り込みを行い、最後まで抵抗の意思を示していた。
また、会場を見た者なら誰でもすぐに気が付いたのが、「TPP反対」(No to TPP: 実際にはnoは斜線で意思表示されている。)のポスターの多さであった。とくに初日に関しては、代議員の8割9割は掲げているようにさえ見えるほど、圧倒的であった。「TPP反対」のポスターの数は減ったものの、最終日まで目についたままであった。最後までこのポスターを掲げていた代議員は、サンダース派あるいは筋金入りの労働組合幹部・活動家であると思われる。
一年前、会場にいる人にTPPについて質問したとしても、おそらく多くの人はそれが何であるかすら知らなかったであろう。こんにち、TPP反対が民主党員の証であるかのように、さらにはサンダース議員への忠誠心の証のようになってしまっていることには、いささか驚かされる。
クリントンは当選したらTPP推進に舵を切りたいところであろうが、このような民主党代議員の雰囲気、さらにはその影響を受けるも民主党議員を説得することは容易でないであろう。
ちなみに、民主党大会のフロアを歩いて即座に感じたことは、出席している代議員の若さである。民主党の方が多人種、多民族的であることはよく知られている。印象では、若者も民主党大会に多いようである。代議員選考の方法によるのか、あるいはそれとも関連して、今回の特殊事情として、サンダース支持者が多数選出されているためか、現段階では不明である。(なお、ある記事によると、平均年齢はどちらも54歳である。民主党の場合、30歳以下の代議員は全体の7%であるが、共和党ではそれは3%であった。 https://www.aei.org/publication/who-are-the-convention-delegates/ )
予想通り、民主党大会では、サンダース議員支持者の取り込み彼らとの和解を目的として、彼を称賛する言葉が続いた。クリントンの指名受諾演説も含めて、大学学費支払いのための借金を抱えた若者の問題が頻繁に言及され、学費無料化実現が叫ばれた。クリントン実際、この問題をサンダース上院議員と協力して解決していきたいと語ったのである。