年金試算は誰のものか | 研究プログラム | 東京財団政策研究所

東京財団政策研究所

詳細検索

東京財団政策研究所

年金試算は誰のものか

January 31, 2014

東京財団ディレクター(政策研究)・研究員
亀井善太郎

今年は5年に一度の年金の財政検証(年金の将来見通し)の発表が予定されている。前回の記録を遡れば、2009(平成21)年2月23日開催の社会保障審議会年金部会において発表され、同年5月に関連資料を公表 1 しているので、そろそろ動きが見えてきてもよいはずである。

ところが、どうもそういう動きが伝わってこない。足下の運用は株価の上昇等もあって好調なはずだが、これは長期の年金財政から考えれば相対的なインパクトはきわめて小さい 2 。より長い時間軸で考えれば、その前提となる経済の諸条件もなかなか改善は進んでおらず、構造的な課題はより深刻となっているはずだ。また、インフレ下ではマクロ経済スライドの適用が予定されているので、制度そのものは持続可能なはずだが、近年のデフレ下ではその適用が進まなかったので 3 、資産と負債のバランスはより厳しいものとなっていることも予想され、その影響がどのくらいであったのかも見極めたいところだ。

まずは改めて過去の財政検証を振り返ってみよう。年金財政に大きな影響を与えることの一つに賃金上昇率がある。単純化していえば、賃金上昇率が高ければ、保険料収入が増えるので、年金財政にとっては賃金上昇率が高くなることが望ましい。また、資産運用の観点から考えれば、運用利回りがより高いことが望ましい。

財政検証はこれまでに2004(平成16)年、2007(平成19)年の暫定、2009(平成21年)の3度にわたって行われてきたが、これらの二つの前提について、過去の財政検証でどう変化してきたか、見てみよう。

【図1】過去の年金の財政検証における「賃金上昇率」の前提の比較(%) 

出所:厚生労働省資料より東京財団作成


【図2】過去の年金の財政検証における「運用利回り」の前提の比較 (%)

出所:厚生労働省資料より東京財団作成


それぞれに経済好転ケース、基準ケース、経済悪化ケースがあるが、全体のトレンドとして、2004年財政再計算→2007年暫定試算→2009年財政検証の変遷を見れば、時期を経るごとに長期(より後になって)の賃金上昇率・運用利回りの前提が高めに設定し直されていることが分かる。すなわち、年金財政という観点からは収入に余裕が出る方向へ修正されているのである。こうした前提の数値をどう読むかは読者それぞれの判断に委ねるが、年金の健全性に寄与する方向ばかりの数字が並ぶこと、また、年金制度を担当する厚生労働省年金局が試算を作成していること等を考えれば、はじめに既存の政策や制度ありきの自己正当化と批判されることもあろうし、実際、こうした試算に対して、当時のメディアや野党は厳しく追及した経緯もあった。ただ、残念であったのは、メディアにしても、野党にしても、その追求は試算の前提の数値に対するものばかりで、国民にとって見れば、制度への信頼を失わせるばかりで、では、どうすれば、国民が信頼できる、老後の暮らしを安心して迎えられる持続可能な年金制度を構築できるのか、といった建設的な議論は行われなかった。

筆者が懸念するのは、一つには、こうした試算に対する政府・与党の考え方や態度であり、もう一つには野党やメディアの考え方や態度である。実はこの答えは一つなのだが、とりあえず、それぞれの立場からこれからの動きがどうなるのか、整理してみたい。

批判をおそれる政府・与党の立場からすれば、前述のとおり、年金財政は構造的により厳しくなっていることを考えれば、政府・与党にとって望ましい将来見通しが出てくるとは考え難い。その時、政府・与党はどう判断するのだろうか。陥りがちなのは、とりあえず、予算委員会において活発な論戦が行われている時期は避けようという判断である。そうなれば2月の公表はありえない。予算案が通るまでの3月末までもあやしいかもしれない。場合によれば、梅雨明けの通常国会会期末 4 まで持ち越すことも考えられる。時期のみならず、肝心の中身についても、これまでの推計以上に自己正当化された数値が出てくるかもしれない。

一方、野党やメディアからすれば、内政面では数少ない政府・与党攻撃の絶好の機会になりうる。民主党からすれば、かつて年金未納や番号問題から政権交代のきっかけをつかんだ成功体験に学んで、推計の数値の是非を採り上げた従来型の不毛な論争を仕掛ける可能性は高い。

しかし、政府・与党、野党やメディア、双方共にそれでよいのだろうか。
国民の立場から考えれば、国民の老後の暮らしを担うという観点から年金制度は持続可能なのか、もし、現行制度のままで持続が厳しいのならば、どんな具体策を今から打たねばならないのか、そのために誰がどのような負担をしなければならないのか、どんな負担を分かち合わねばならないのかという社会的な合意を形成し、ひいては具体的な政策上の合意をとることにある。しばしば誤解されるのはマクロ経済スライドが適用されるから現行制度は大丈夫だという主張だ。確かに、入ってくるものと出ていくものをバランスさせるという意味では、また制度そのものが持続できるという意味に限っては”大丈夫“かもしれない。ただ、そもそもマクロ経済スライドはデフレ下では発動されないし、もし今後インフレが進み、マクロ経済スライドが発動されたとしても、実質的な年金の受取額は減少してしまうので、高齢者の貧困を招く事態も想定されるのが、現行制度の構造的課題だ。

そもそも、こうした財政検証のような将来推計とは、政策を検討・決定する際、将来予想される経済変化やその政策によって引き起こされる効果や影響を予め論理的な理論や数式等を使って定量的に計測するためのものであり、私たちに中長期の視点を与えるものだ。

にも関わらず、社会に中長期の視点を与えるはずの推計を、極めて短期の政争の道具に貶めてしまっているのがいまの日本の政治だ。この責任は政府・与党はもちろん、野党やメディアにもある。推計は社会にとっての公共財だ。政府・与党の正当化のための道具でもないし、社会的合意に辿り着かない不毛な論争のための材料でもない。
我々が直視すべきは、政権交代を経て多くの政党がそれぞれ政権についた経験がある我が国においても、次世代に問題を先送りしてしまう近視眼的な判断を繰り返してきたことにある。重大な問題の一つが巨額の財政赤字であり、もう一つが本稿で示した年金制度の抜本改革だ。いずれも問題を先送りしてきた結果、将来世代の負担がより大きくなりうることで共通している。

では、繰り返される選挙もあって近視眼的な判断に陥り放漫財政になりがちな現代民主主義社会の限界を我々はいかに克服していくのだろうか。諸外国の事例を見れば 5 、その限界を補完する役割を将来推計に与えていることがわかる。彼らは、将来推計を政策の一つの中立的な指標とし、政府にとって必ずしも都合の良いとは言えない将来推計であっても、これを受け入れ、議会や民間における独立した第三者機関(独立推計機関)と政府が積極的に議論を行い、政策運営に役立てようとする土壌を醸成している。さらに言えば、現在の社会、つまり、現役世代にとって都合の悪い推計であっても、社会として、これを受け入れ、まだ投票権のない子どもたち、まだ生まれていない世代のことまで考えた合意を得ようと努力を重ねているのだ。

そうした意味で独立推計機関を立ち上げ 6 、社会共通の基盤として活かしていくことが必要だが、すぐ目の前に迫った年金の財政検証にはどう対応していけばよいのだろうか。まずは、政府・与党は自己正当化のための推計ではなく 7 、社会に課題を伝え、次なる論点を見い出すためのきっかけを提供することが不可欠である 8 。間違っても、政治の意志(とくに官邸や与党)によって、役所が作った推計が歪められることがあってはならない。受けて立つ野党はこれを踏まえ、中長期の視点から何を論点として採り上げるべきか、そのうえで何を合意していくべきなのか、とくに、広く社会に対して、追加負担のあり方も含め、政府・与党と共にいかに説得させていくべきなのか、そうした党派を超えた国民の立場 9 から議論を進め、そして、国民への呼びかけが求められる。もちろん、これを支えるメディアも同様で、いたずらに不毛な論争を煽るのではなく、国民の立場から何が本当の課題なのかを丁寧に伝えることが必要だ。

深刻な財政と同様、年金制度について、これ以上の問題の先送りは許されない。加えて、2014年は5年に一度の財政検証をきっかけとした制度のあり方そのものを考える絶好の機会でもある。これを逃せば、また5年先送りになりかねない。そもそも、年金試算は広く国民のものなのだ。政府・与党はもとより、野党やメディア、さらには私たち政策シンクタンクにも責任はある。これまでの10年の問題を真摯に省みた、将来世代も含めた国民に責任を果たす、従来にない政策合意プロセスが求められている。



1 厚生労働省「将来の厚生年金・国民年金の財政見通し」
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/nenkin/nenkin/zaisei-kensyo/index.html

2 資産効果等を意識した経済対策を重視するあまり、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の運用のあり方を年金財政に関連付けようとする議論もしばしば見られるが、短期的な株価への影響はともかく、中長期の年金財政にとってはむしろ重要な制度課題等に着目すべきである。

3 去る1月31日に厚生労働省が発表した「2014年度の公的年金支給額0.7%引き下げ」は特例水準の解消であり、マクロ経済スライドの適用ではない。本措置は国民年金法等の一部を改正する法律等の一部を改正する法律(平成24年11月16日成立・26日公布)によるものだが、本改正は世代間の公平確保に向けた第一歩として評価されるものであろう。

4 執筆時点では、第186回(常会)は6月22日が会期末の予定。

5 諸外国の事例、我が国における独立推計機関の立上げ方法等については東京財団政策提言「独立推計機関を国会に」を参照されたい。

6 上記提言では国会に設立することが望ましいとしている。

7 第三者が検証可能な経済数値等の前提、算定式・ロジックの公表は当然求められる。

8 保険方式か税方式かといった論点がまったく交わらない神学論争ではなく、まずは、マクロ経済スライドのデフレ下での適用、中長期では高齢者の貧困対策といった具体的な政策等が考えられる。

9 国民は受益者であり、負担者であるということ。年金は長期の世代間の受益と負担のバランスに関わる問題なので、将来世代も含めたあらゆる世代の立場を踏まえることが不可欠である。

    • 元東京財団研究員
    • 亀井 善太郎
    • 亀井 善太郎

注目コンテンツ

BY THIS AUTHOR

この研究員のコンテンツ

0%

INQUIRIES

お問合せ

取材のお申込みやお問合せは
こちらのフォームより送信してください。

お問合せフォーム