国立大学法人化政策の課題とその対応(1) | 研究プログラム | 東京財団政策研究所

東京財団政策研究所

詳細検索

東京財団政策研究所

国立大学法人化政策の課題とその対応(1)

March 30, 2012

伊永隆史 首都大学東京理工学研究科 教授( 「科学技術政策」 プロジェクト・メンバー)
亀井善太郎 東京財団研究員・政策プロデューサー 

佐伯哲也 東京財団社会変革推進 プログラム・オフィサー

はじめに

2011年11月21日、行政刷新会議で行われた「提言型政策仕分け」において「大学改革の方向性のあり方」について議論が行われた。大学をはじめとする高等教育がいかにあるべきか、そもそもから議論することを狙いとしたものだ。日本の大学が世界に通用するのかといった論点についての議論が交わされたが、世界に通用することの意味を単にランキングの議論に貶めてしまう等、政策の方向性を議論するせっかくの場であったにも関わらず、傍聴者である国民が見ても十分とはいえない議論に終始した。

そもそも、大学の受益者は「学生」と「社会」である。これは大学の機能である「教育」を通じて人材を育成し、もって社会に広く貢献することによるものであり、また、もう一つの機能である「研究」を通じて真理の探究や新しい技術開発や社会の構築が可能となることによる。だが、いまの大学は受益者である学生と社会を向いた運営ができているだろうか。

実際に現場である大学では、法人化以降、文部科学省への依存が進み、行政頼みのマネジメントと事務組織の硬直化に陥っている。その影響は研究と教育、双方に及んでおり、研究や教育に割ける時間の削減、質の高い論文数の減少等の影響をもたらしている。とくに教育に関する競争資金であるグローバルCOEは政策目的を達成するのに適切とは思われない方法(詳細後述)が採られているため、結果として、小規模大学が不利になること、パフォーマンスの低い研究室が資金と受け取ること、学生の隷属化までもが進んでしまうなど多くの問題を引き起こしている。

本稿 *1 では、国立大学法人化以降の大学の課題とその対応について、第1章では国立大学法人化の経緯と現状を概観、第2章では現場から見えてくる課題を明らかにした上で、第3章において我が国の高等教育政策が目指すべき方向性を論ずる。

1.国立大学法人化の経緯と現状

1886(明治19)年に帝国大学が設立されてから約120年間、わが国の国立大学は先端的研究の拠点として、また国に資する人材の供給源としての役割を果たしてきた。第二次大戦後、GHQの指導による学制改革において、「一県一国立大学化」を実現するため、旧帝国大学、官立大学に加えて旧制高校、師範学校、農業・工業・商業等の専門学校が国立大学に改組された。旧帝国大学と新制国立大学が設立当初から抱える人的・物的格差は埋められることがなかったが、当時の文部省による指導の下、東大を頂点とする秩序ある構造が安定的に推移し、21世紀を迎えることとなる。

国立大学法人化は、明治期の大学設立、昭和の学制改革に続く「第三の大学改革」とも呼ばれる。大学法人化論そのものは、帝国大学の誕生直後から見られる。帝国大学設立から3年後の1889年には、天皇直属の法人とすることで政府からの独立を保障するという案が提起されるなどの議論が行われた。学制改革後には、1971年の中央教育審議会答申において、国立大学の法人化が提言されている。教職員を国家公務員とは別の人事制度下に置くことで教育・研究活動を効率化・活性化すること、財政的な自主性を強化することで、大学ごとに独自の特色を発揮できるようにすることがその目的として挙げられており、現行の国立大学法人化の目的に通じるものがある。その後もたびたび、硬直化し非効率化していた人事・財政制度を見直すべきという問題意識から、国立大学法人化の議論が政府内外でなされてきたが、実現されたのは一部予算配分の組み替えにとどまった。しかし、平成に入り、行財政改革の機運が盛り上がる中、再び、国立大学の独立行政法人化についての議論が行われることとなり、2002年には、「競争的環境の中で世界最高水準の大学を育成するため、『国立大学法人』化などの施策を通して大学の構造改革を進める」ことが閣議決定された。そして2004年、全国87(当時)の国立大学(うち大学院大学4)が一律に国立大学法人化された。

国立大学法人改革には大きく二つの狙いがあった。まず、国の行政機関から独立した経営体と位置づけ、自立的環境を付与することにより、大学の教育研究活動が活性化・多様化するという狙いがある。そのために、法人化以前に比べ大学に与えられる組織・人事・財務会計面等における自由度が大幅に増えた。一方、国民の税金を投入される法人としての社会的責任を全うできるよう、学長が任命する理事により構成される役員会の下に、教務を審議する教育研究評議会、経営を審議する経営協議会を設置し管理運営を行うこと、6年ごとに中期目標・中期計画を立案し文部科学大臣によるチェックを受けること、第三者評価を受けること等の制度が導入された。

もうひとつの狙いは、国の財政状況が好転しない中、大学へ支出する経費に一定の制限を課すことである。そのため、大学運営の基盤的資金である運営費交付金については、前年度交付額を基準に効率化係数(前年比マイナス1%)を掛けるなどして交付額を決定することとされた *2 。運営費交付金の算定ルールは客観的基準により定められ、学生数や教員数に比例する標準運営費交付金と、研究施設経費などに該当する特定運営費交付金に分かれている、とされる。

だが、こうした交付金は具体的な金額までは明らかにされておらず、実際には前年踏襲型である。受益者である学生数と運営費交付金の関係を見てみると、全学生数との関係では一部の規模の大きな大学がより大きな金額を受けていることがわかる( 図1 )。これらの大学、具体的には旧帝大がより多くの運営費交付金を受領するロジックについては全く不明であり、前例踏襲の恩恵を受けているだけともいえよう。ちなみに大学院生数を横軸にとると運営費交付金はより直線状の分布となるが、運営費交付金のロジックとしては意味がない( 図2 )。また、運営費交付金のうち「各大学の個性に応じた教育研究の取り組みを幅広く支援すること」を目的とする特別教育研究経費について調査した結果、前年の配分が少なかった大学に翌年多く配分されていることが指摘されており *3 、この事実に対する文科省の説明はなされていない。

▼図1 全学生数 vs 運営費交付金 《拡大はこちら》

▼図2 大学院学生数 vs 運営費交付金 《拡大はこちら》

一方、国立大学法人のみならず公立・私立大学も含めた大学間競争を促進するため、教育・研究にかかる各種の競争的資金が大幅に拡充された。すなわち、「GP(Good Practice)」(現行名称は「大学教育推進プログラム」)や21世紀COE(Center Of Excellence)および後続のグローバルCOEプログラムである。今後はリーディング大学院と呼ばれるプログラムとなるものだ。

これらの教育に関する競争的プロジェクト資金は近年増加傾向にあるが、その効果は疑問視されている。大学マネジメントの強化を目的としながら、実際に大学には国際会議の開催をほぼ義務付ける等、政策の目的としていることと実態があまりにかけ離れているばかりか、資金の入れ方も実態の無い「専攻」という組織全体に資金が入る等の問題が挙げられている。

2010年7月には、前年度で第1期中期目標期間が終了したことを受け、文科省が「国立大学法人化後の現状と課題について(中間まとめ)」を公表した。その中では、法人化により大学の個性化、組織の効率化、教育・研究活動の活性化などが進んだ一方、論文数が減少傾向であること( 図3 )(論文の質も伸びていないことが指摘されている( 図4 ))、教員が研究に割ける時間が減っていること( 図5 )などの問題点が指摘されている。その原因としては、運営費交付金が減少していること、常勤教員・職員数が減少する一方、平均年齢が上昇していること( 図6 )、高等教育への公財政支出が対GDP比でOECD加盟国中最下位となっている(OECD平均1.0%に対して、日本は0.5%)こと、科学技術予算の伸び率が諸外国、特に中国と比べて著しく低いことなど、財政的問題が示唆されている。

▼図3 国立大学法人等の学術論文数 《拡大はこちら》

▼図4 主要国等におけるトップ10%論文数シェアの推移 《拡大はこちら》

▼図5 大学教員の総職務時間の内訳 《拡大はこちら》

▼図6 国立大学法人の教員の平均年齢 《拡大はこちら》

しかし、問題は予算が付かないことでなく、真に効率的な予算の活用が図られていないことではないだろうか。すでに 図1 図2 で示したとおり、運営費交付金のロジックはあいまいで本当の意味での競争は起きていないし、恒常的に金額が少ない大学では文科省頼みの体質がますます進んでいると言われている。実際、国立大学法人化により疲弊した現場からはさまざまな不満が出てきている。また、人件費の削減が図られていることを文科省はアピールしているが、その実態は民間企業で見られるような正規雇用から非正規雇用へのシフトであり、その結果、博士課程に進学する学生の減少、さらには質の低下も招いてしまっている。

次章にて、現場からの声を中心に国立大学法人化以降の問題点を明らかにしていきたい。



2012年4月1日、学校法人加計学園・千葉科学大学副学長、危機管理学部教授に就任。
*1 本稿は、大学における研究と教育の実践者である伊永、科学技術政策等の研究者である亀井、数理教育を長年手がけてきたNPO数理の翼理事でもある佐伯の立場の異なるそれぞれの知見を活かしたものである。また、伊永が2010年10月から2011年9月まで東京財団研究員であった期間の研究の成果でもある。
*2 ただし、2010年度以降、運営費交付金の減額は事実上凍結されている。
*3 赤井、中村、妹尾(2009)「国立大学財政システムのあり方についての考察」(RIETI)

    • 首都大学東京理工学研究科 教授 (「科学技術政策」 プロジェクト・メンバー)
    • 伊永 隆史
    • 伊永 隆史
    • 元東京財団研究員
    • 亀井 善太郎
    • 亀井 善太郎
    • 元東京財団社会変革推進 プログラム・オフィサー
    • 佐伯 哲也
    • 佐伯 哲也

注目コンテンツ

BY THIS AUTHOR

この研究員のコンテンツ

0%

INQUIRIES

お問合せ

取材のお申込みやお問合せは
こちらのフォームより送信してください。

お問合せフォーム