第13回目のインタビューでは、デイサービス事業などを手掛けている「株式会社日本介護福祉グループ」茶話本舗デイサービス中村八幡施設長兼エリアリーダーの丸長朗さん、東京都墨田区で小規模デイサービスを展開している「株式会社グロープ・トレイル」取締役の遠藤拓司さん、学生起業サークル「For Success」運営事務局に所属している明治大学4年生の木村亮太さんに対し、デイサービス事業所の乱立状況など介護業界の現状と課題を聴いた。
インタビューの概要
<インタビュイー>(画面左から)
丸長朗さん=「株式会社日本介護福祉グループ」茶話本舗デイサービス中村八幡施設長兼エリアリーダー
遠藤拓司さん=「株式会社グロープ・トレイル」取締役
木村亮太さん=起業サークル「For Success」運営事務局、明治大学経営学部4年
<インタビュアー>
石川和男(東京財団上席研究員)
※このインタビューは2011年7月4日に収録されたものです。
http://www.ustream.tv/flash/viewer.swf
要 旨
デイサービスの乱立状況
インタビューでは、デイサービス(通所介護)の事業所が次々と生まれている状況が話題に上った。
デイサービスとは、要介護の高齢者が特別養護老人ホーム(特養)やデイサービスセンターなどの施設に通い、入浴や食事、日常動作訓練、レクリエーションなどのサービスを受けること。
高齢者にとっては、多くの人に出会って会話することで、寝たきりや認知症を防ぐ効果があるほか、介護負担から解放される家族にとっても気分転換になる効果があるとされる。
事業所の規模は利用者人数に沿って以下のように類型化されている。
・1月当たり平均のべ利用人員が300人以内=「小規模型事業所」
・同300人超~750人以下=「通常規模型事業所」
・同750人超~900人以上=「大規模事業所?」
・同901人超=「大規模事業所?」
また、各事業所に支払われる介護報酬は利用者の要介護度、事業所の規模、利用時間、立地する地域の特性などを考慮して定められている。
例えば、要介護度3の高齢者が1日当たり6時間以上8時間未満のデイサービスを利用した場合、小規模型事業所であれば介護報酬は原則として1万550円。同様に、通常規模型事業所の場合、介護報酬は9010円となる仕組みだ。
さらに、施設の人員に関しても、生活相談員や看護職員などの配置基準が定められており、このデイサービス事業所が近年、「乱立」と言えるほど相次いで誕生しているという。
丸さんによると、そのペースは5時間に1カ所、約5000カ所。民家を改修した小規模型事業所や、スーパーの跡地を再利用した大規模事業所などの設立が相次いでおり、各事業所にとっては厳しい競争環境に曝されている。
「茶話本舗デイサービス粋」という小規模デイサービス事業所を今年6月からスタートさせた遠藤さんも経営の見通しについて、「現状は厳しいと言わざるを得ない」と現状を吐露した。しかし、経営基盤の強化に向けて闇雲に利用者を集める方法ではなく、施設運営のコンセプトを明確にすることで、他の事業所との違いを強調する方針だ。遠藤さんは「利用者を集める発想ではなく、事業所のコンセプトを確立させてニーズに合う方(を集めるか)、多岐に渡るニーズに対して我々が対応できるか。これができた時に事業所としてプラスになる」と強調した。
一方、今年4月1日から日本介護福祉グループに移籍し、現在は東京都練馬区、調布市などの事業所を担当する丸さんも「(デイサービスを)始めたからと言っても、すぐに満杯とはならない時代。(大規模な事業所を立ち上げても)経営として採算が成り立たない」と指摘。その上で、「収益だけ見れば(利用者が多い方が)いいのかもしれないが、(持続性や継続性の観点で言えば)きちんとした質を提供するか、コンセプトを周知していないと、後から痛い目に遭う」と応じた。
笑顔が遣り甲斐
その後、インタビューでは介護業界に関わった経緯や動機を尋ねた。
丸さんが介護業界を初めて意識したのは高校3年生の時。当時の丸さんは進路を真剣に悩んでおり、「これから起業して本気で世界、日本で一番を取ろうと思った時、『介護の世界が面白いんじゃないか』と(友達が)話し合っていたので、飛び込んでみようと思った」という。
そこで、丸さんは介護福祉士の資格を持つために専門学校に入った後、特養や別のデイサービス事業所で経験を積んだが、「(特養では)トップになれないが、やる気があれば(施設のマネジメントを)やらせてくれる所があった」という理由で、現在の会社に転職した。
一方、遠藤さんは一人の男性高齢者との遭遇が契機だった。
遠藤さんは当時、人材派遣系の会社に所属しており、その会社が介護業務に参入したため、社命で介護業務に関わっていた。しかし、日曜日に出勤するため、自転車で有料老人ホームの前を通り過ぎた際、一人の見知らぬ男性の高齢者から「兄ちゃん。都庁に連絡してくれよ。警察に電話してくれ」などと声を掛けられたという。
そこで、遠藤さんが自転車を止めて話を聞くと、高齢者は「(施設に)監禁されている」と訴えた。しかし、近くにいた老人ホームの女性職員は謝罪もせず、「この人歩けるから出て行っちゃうんですよ」と冷ややかに話し、施設の奥に引っ込んでしまったという。
これに対し、遠藤さんは「それは犯罪じゃないよ」「日曜日だから都庁は休みだよ」などと20~30分に渡って施設に戻るよう説得したが、女性職員の態度に対しては、父親から目上の人間を大事にするよう子供の時に指導されていたこともあり、「今の日本を作ってくれた我々の大先輩に対し、(女性職員は)何と無礼な人なのか」と憤りを感じ、「(高齢者の)待遇を変えたい」「(高齢者の)話を聞くことから始めよう」という思いが強くなり、資格・経験を持っていないにもかかわらず、介護の世界に飛び込んだ。遠藤さんは「そこ(=男性高齢者の一件)から介護の世界に浸かっている。人生観が変わった」と振り返った。
一方、来年度から社員50人程度のITベンチャー企業に就職する木村さんは現在、起業サークルに所属して「孫心」というフリーペーパーを作成している。
今年4月から発行を開始した孫心は第11回インタビューでも話題に上った。高齢者に過去の懐かしい出来事を思い出して貰い、自分の存在の意味を考え直すきっかけを作る「回想法」と呼ばれる認知症ケアの手法を取り入れるなど、主に認知症高齢者と介護事業やを読者層として重視しており、現在は株式会社日本介護福祉グループの施設長に協力してもらい、約2000部を刷っている。
(→第11回の要旨はこちら)
木村さんによると、こうしたフリーペーパーを作成したのは、昨年3月に亡くなった祖母が認知症だったことが大きく影響したという。その時、木村さんは「(ヘルパー達は)『認知症になっても幸せに暮らして行ける』と言うが、認知症は悲しい病気。昔からの友達や家族だけでなく、自分自身も分からなくなる。ならない方が幸せ」と感じたという。同時に、「何で人生70年、80年も生きて来たのに、そんな死に方をしなければならないのか」「そんな死に方をしている方々がこんなにいるんだろう」という疑問も持ち、認知症予防の手段としてフリーペーパーに行き着いたとのこと。
現在はフリーペーパーの作成を通じて介護関係者と接する中で、業界の課題などに問題意識を持っており、来年度から入社するIT会社では「介護とITをくっつけたいので、介護現場に入らず、ITベンチャーに入る」という。一方で、木村さんは「10年程度を見越して(介護とITの)融合を考えていたが、(現在の)イメージを具現化する会社が出て来ているので焦っている」と話した。
その後、話題は介護業界の遣り甲斐と苦労に移った。
丸さんは「どの職業でも『苦しい』『辛い』(場面がある)のが社会」としつつも、「介護に関して言えば楽しいことの方が多い」と話す。その半面、主に介護度を必要とする高齢者を相手にする介護業界の場合、高齢者の病気が劇的に良くなったり、症状が大幅に改善したりするケースが少ないため、丸さんは「自分達のモチベーションを如何に持って行くかが鍵を握る。明確なビジョンを描けないと厳しい」と強調した。
一方、遠藤さんは「利用者、家族、ケアマネージャーの笑顔を見ることが一番楽しい」と力説した。その反面、施設に勤務している際、高齢者の「死」に接するのが辛かったらしく、「(葬儀で)焼香を上げた時、涙が止まらなかった。最初に経験した時にめげそうになった」という。しかし、現在は「強くならなきゃならない」と自分を奮い立たせるとともに、「(高齢者が)亡くなる時に『楽しかった』と思って貰えるようにする」と考えることで、辛さを克服しているようだ。
このほか、インタビューでは3月11日に発生した東日本大震災の影響も話題に上った。今インタビュシリーズでは「直後のガソリン不足でデイサービスに苦労した」「計画停電の影響で入浴時間を変更した」などの声が出ているが、震災当時は他のデイサービス事業所に勤務していた丸さんの業務にも影響が出たという。具体的には、震災後の計画停電に備えて、デイサービスの入浴時間を変更したほか、提携していた高齢者専用賃貸住宅(高専賃)のエレベーターが止まる可能性があったため、関係者との連絡調整に追われた。一方で福島県南相馬市に応援に入ることを希望し、東京都の派遣ヘルパー名簿に登録したが、派遣要請は来なかったという。
お泊まりデイは「最後のセーフティーネット」
最後に、制度改革に対する注文が話題となった。
まず、丸さんは「(制度を)潰さないで欲しい」と語り、財政難で介護総費用を抑制しようとする国・地方自治体に苦言を呈するとともに、「現場のニーズを汲み取って貰って制度改革に反映して欲しい」と述べた。
この発言で念頭に置いているのが「お泊まりデイサービス(宿泊デイサービス)」の問題だ。
一般的なデイサービスの場合、4~6時間か、6~8時間の利用が通常だが、首都圏を中心に一部の事業所は静養室や居間を活用し、介護保険制度の対象外のサービスとして全額自己負担で夜間に高齢者を宿泊させており、利用者の人気を博している。
これを受けて、厚生労働省も導入を検討。今国会に成立した改正介護保険法での制度化は見送られたが、2011年度政府当初予算には利用者・家族の需要を把握するため、「デイサービス利用者の宿泊ニーズ等に関する調査事業」として約10億円が計上された。
一方、特養など他の介護保険施設と違って、お泊まりデイサービスには施設・人員の配置基準が存在しない。このため、東京都は利用者の尊厳の保持・安全を確保する必要があるとして、今年5月から新たな基準をスタートさせた。具体的には、1カ月に5日以上宿泊サービスを提供する事業所を対象に、▽宿泊日数の上限は原則30日▽看護師または介護福祉士ら介護職員を1人以上確保▽宿泊室の床面積は1室当たり7.43平方メートル以上―などの要件を求めるとともに、事業所の状況を都に届け出る義務も課し、事業所の情報を都のホームページに公表している。
しかし、こうしたサービスが拡大している背景には、特養など高齢者を受け入れる施設が不足している点が挙げられている。丸さんは「お泊まりデイサービスは最後のセーフティーネット」と指摘した上で、「本当に困っている人を助けるためという趣旨を理解して欲しい」と語った。
遠藤さんは現場本位の改革を訴えた。お泊まりデイサービスを念頭に「『緊急で何処かで見て欲しい』と言われた時、(現状は)だめという形になっている。(法制度を何とか)できないのか」と要望。さらに、保険者である市町村に電話で問い合わせた際、「ちょっと待ってくれ」と言われて3~4日掛かった経験を引き合いに、「困って相談しているのだから(回答を)早めて頂きたい」と述べた。
木村さんは高齢化による介護総費用の増大に伴い、保険料や税負担の増加が予想されている中、制度改革や財源確保の方策が見えない点を指摘。その上で、「(関係者が将来を)見て見ぬふりしている。十年後を見据えているのかと言うと、見えない」と疑問を呈したほか、「『どうやったら介護の現場を良くなるか?』ではなく、『どうやったら介護を受ける方が今後減るか?』を考えて行きたい」という問題意識を披露した。