第15回目のインタビューでは、東京都日野市で人事コンサルタント業などに携わっている「HR&C経営労務管理事務所」所長の山田芳子さん、小規模デイサービス事業を全国で展開している「株式会社日本介護福祉グループ」エリアマネージャーの田村恵さん、介護業界向けの物品調達を支援する「株式会社Clotho」IT事業部長の高橋祥子さんに対し、事業所のトラブル対処法など介護現場の実情と課題を聴いた。
インタビューの概要
<インタビュイー>(画面左から)
山田芳子さん=「HR&C経営労務管理事務所」所長
田村恵さん=「株式会社日本介護福祉グループ」エリアマネージャー
高橋祥子さん=「株式会社Clotho」IT事業部長
<インタビュアー>
石川和男(東京財団上席研究員)
※このインタビューは2011年7月4日に収録されたものです。
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要 旨
現場のトラブル対処法
インタビューでは、介護現場のトラブルが話題となった。
多くの職員が働く介護現場では「訪問入浴の担当職員が腕に刺青を入れていた。家族や利用者のことを考えれば、この職員をクビにできるか」「送迎サービスの運転手が免許停止になった。職員を解雇できるか」「解雇を言い渡されたが、残業代を受け取っていない」といったトラブルが絶えないという。
そこで、山田さんが共著で出版したのが『職場の難問Q&A医療・介護編』。本は医療・介護事業者の職員、管理職、経営者を対象に、100項目のケースをQ&A方式で取り上げており、山田さんは「(一般的な解説書は)法律的なことを答えるものが多いが、(法律だけでは)現場で解決しないことがほとんど。法律や判例を押さえつつ、『実際どうするんの?』というところを中心に書いた」と話す。
例えば、刺青の関係で言えば、採用前に判明した場合には断ることが可能。山田さんは「(事業者の目から見れば)そんな奴がいると困るというのが普通」と語る。
しかし、内定後や勤務後に判明すると解雇しにくくなるため、山田さんは「それを理由に(利用者や家族から)クレームが来るなどの実害が出ると、解雇できるかどうか変わって来る。トラブルを起こしたくなければ先に確認しろということ」と語った。
さらに、服装などで相談を受けることが少なくないという。山田さんによると、髪の毛をアップする是非など服装の基準は事業所によって異なるらしく、「(職員同士の話し合いで)服装の基準を決めてドレスコードを守る所もある」とのこと。田村さんも制服や服装のルールについて、「そこまで厳しいものはない。肌の露出が多くなければいい」と応じた。
このほか、集団離職に関するトラブルも少なくないようだ。医療・介護業界の場合、働ける場所が他に多く、山田さんは「(事業所の)キーマンがいなくなると、みんな引っこ抜いてしまう。普通の業界では有り得ないが、横の繋がりが多い医療・介護では普通に起こる」と指摘。田村さんも「前の訪問介護事業所では2~3人が一気に辞めた」との体験を披露してくれた。
同時に、山田さんは複雑な社会保険・制度を解説する『図解でわかる社会保険 いちばん最初に分かる本』という著書を出版している。例えば、産休・育休などで給料が下がった場合、医療保険の保険料は下がるが、厚生年金の場合には手続きを経れば、収入が下がる前の金額で比例報酬月額を設定できる仕組みがあるといい、こうした複雑な制度を分かりやすく解説している。
一方、制度に対する現場の理解について、田村さんは「現場にいた頃、本部から教えて貰う内容で勉強していた。(今は)やっぱり足らない所があるので勉強している」と語った。事業所としても、「介護保険の事をある程度知っておく必要がある」として、職員向けの研修プログラムなどを実施しているという。
割高な介護グッズ
その後、介護業界に関わった動機や仕事の苦楽が話題となった。
「自立した仕事が欲しかった」と語ったのは高橋さん。高橋さんは「離婚するのに自立した仕事がないと子供を養えない」と判断し、すぐに資格が取れる介護業界に足を踏み入れた。最初は「お世話しなければならない」という感じで構えていたらしいが、思った以上に楽しかったため、訪問介護や高齢者専用賃貸住宅(高専賃)など現場での勤務経験は既に6年に及ぶ。
高橋さんにとって、介護職は「利用者に遊んで貰っている感覚」という。小さい時に「おばあちゃんっ子」だったため、「(子供の頃の経験が)日常(業務)になった感覚」とのこと。実際、周囲から「大変だね」「すごいね」などと言われるが、高橋さんは「どの辺が大変なの?」という印象を持っており、「数字を取り扱う仕事など他の仕事の方がよっぽど大変」と語った。
高橋さんは現在、介護業界向けの物品販売サービスを展開している。高橋さんによると、介護事業所の物販は今でも電話やファックスが中心。このため、Clothoはショッピングサイトを昨年5月に開設し、介護用グッズなどをネットで注文できる体制を取った。現在は介護現場から「こんな商品が欲しい」というニーズを聞き、商品づくりも提案している。
高橋さんは「最初は反応が悪かったが、1年経って順調に受け入れて貰えるようになった。(業界のIT化は)まだまだ」と強調する。
さらに、市販されている商品と比べて、介護用商品は割高なことも、こうしたサービスを始める契機となったようだ。例えば、飲み口の付いたコップの場合、一般の100円ショップで売っているにもかかわらず、介護専門業者を通すと1000円ぐらい掛かる。
高橋さんは「『介護』と名前が付くと、無駄に高い」と強調。介護用電動ベットについても、「そんな価格は必要?」と感じることがあるという。
一方、田村さんは社会福祉系の大学を卒業し、アルバイト期間を含めて保育を8年ぐらい経験した。しかし、給料が少ないことを理由に、社会福祉主事任用資格の保有者を募集していた現在の会社に応募した。訪問介護など介護業界に入って3年が経つが、田村さんは「(介護、保育の)どっちも楽しい」と述べた。
さらに、デイサービス事業所に高齢者を宿泊させる「お泊まりデイサービス」の是非も話題となった。
デイサービスの場合、介護保険制度の対象となる利用時間は4~6時間か、6~8時間。しかし、首都圏を中心に一部の事業所は静養室や居間を活用し、介護保険制度の対象外のサービスとして全額自己負担で夜間に高齢者を宿泊させている。特別養護老人ホームの待機者が約42万人に達する(厚生労働省調査)など受け入れ施設の不足が背景にあると見られている。
田村さんは通常のデイサービスの時間帯ではサービス後のケアが必要になるとして、お泊まりサービスの必要性を強調。さらに、「2日連続でADL(日常生活動作)を向上させる上で夜間の様子(をケアすること)は重要。1日のうち8時間しか見られないと、その人にとってどういうサービスが必要なのか本質的に分からない」と語った。
制度の枠で縛るのは本末転倒
最後に、制度改革に向けた注文が話題となった。
まず、お泊まりデイサービスについて、高橋さんは「家族のニーズはある。もう少し柔軟に受け止めて貰えるといい」と指摘。田村さんも「本来は介護を受ける側やその家族のために作った制度。それが本質なのに制度という枠で縛ってしまい、本当に必要なサービスを受け入れられない」と語り、制度運用に関する規制の緩和を求めた。
一方、山田さんは課題として労働法規に関するコンプライアンス(法令順守)の強化を挙げた。今年6月に成立した改正介護保険法では労働基準法などの関係法令に違反した事業者に対し、地方自治体が事業者指定を取り消せる規定が設けられた。
こうした制度改正について、山田さんは医療機関・福祉施設の労働法規に対する認識として、「『(自分達は)特別』という思いが何処かある」と指摘。同時に、労働法規が主に製造業を想定して作られているものの、「(医療・介護業界も)制度上は(製造業と)変わらない」として制度の運用改善を訴えるとともに、「サービスによっては成り立つのかというものもある」と述べて、実効性を担保できるのかどうか疑問を呈した。