第24回目のインタビューでは、現場の経験を活かしつつ医療・介護政策を研究する淑徳大学准教授の結城康博さん、フィールドワークも交えて認知症患者へのケアを研究している奈良女子大学准教授の井口高志さんに対し、過去の制度改正に対する評価や認知症患者へのケアの在り方などを聴いた。
インタビューの概要
<インタビュイー>
<画面左から>
結城康博さん=「淑徳大学」准教授
井口高志さん=「奈良女子大学」准教授
<インタビュアー>
石川和男(東京財団上席研究員)
※このインタビューは2011年8月29日に収録されたものです。
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要 旨
医者の前でキチンとする認知症患者
第24回目のインタビューも、認知症患者へのケアが主な議題となった。
最初に話題となったのは家族の反応。井口さんは「前の段階から何らかの形で生活が困難になったり、やりとりが困難になったり、それ以前から(家族が)変と思っていたから受診する。身体的な疾患と違う」と指摘。このため、認知症であることが判明すると、家族は「やっぱりか」「そうか…」といった形で追認することが多いという。
結城さんも「(65歳未満の)若年性認知症の場合、『治るかもしれない』と思っているので、『治りません。アリセプト(=アルツハイマー病の薬)を飲んで、進行を止めるしかありません』と言わると、40~50代だったらショックを受けるかもしれない」としつつも、「家族は十中八九、認知症と思って病院に連れて行く。70~80代だったら『やっぱりか』と思う」と応じた。
しかし、井口さんによると、家族の事情から介護保険の利用に繋がらないケースもあるという。親戚から「おじいちゃんはしっかりしているのに、認知症なんて言って」などと批判される場面もあるらしく、「要介護認定やデイサービスを使う時など色んなポイントで認知症を認めるかどうかで家族は立たされている。(認知症という)定義が明確に行かないのが大きな問題」と話した。
その後、認知症ケアの在り方が議論になった。井口さんは「介護保険制度が(2000年度に)始まった後、寝たきり中心で考えていたのを地域包括ケアを考えようということになり、少し単純に言うと食事介助のイメージからコミニケーションや居場所を作る所に来た」と評価した。
一方、予防介護の観点を取り入れた2006年の改定に関しては、「(制度導入で)凄く理念は高まったけど、ハシゴを外されている。理想的な方向はあるけど、上手く行っていない」との見方を披露。その上で、「今の流れだと、宅老所やグループホームの足りない部分を精神科病院でやって行こうという流れになる気がする。重い行動障害に対する介護は必要になるが、生活を整えることで地域の普通に生きられる感じにできないのか。理想を言えば、上手く金の面でも掛からない方向性はあるのではないか」と話した。
これに対し、結城さんは来年4月に施行される改正介護保険関連法のうち、「市民後見人制度」の育成方針が盛り込まれた点をを評価した。
「成年後見制度」は認知症となった高齢者に代わって、権利擁護を推進するポスト。日常生活自立度?以上の高齢者は2010年で208万人、2025年で323万人に及ぶと見られており、成年後見の必要性は高まるのが確実だ、しかし、結城さんによると、現状は行政書士などを雇うと金が掛かる上、担い手に不足しているという。
このため、市町村に対して市民後見人の育成・活用を促した今回の制度改正について、結城さんは「団塊世代が色々と研修を受けて認知症の後見人になって、広めようという仕組みができる。リタイアして半分ボランティアだけど、1カ月1万円ぐらいでもいいから、身近に困っている人の貢献をやろうという人を増やそうと(している)。(認知症患者が増えると見られる中で)後見人を全部プロに出来ない。妥当な現実策」と強調。その反面、「(後見人の)質を担保できるか、研修をきちんとやるかが課題」と課題も挙げた。
さらに、結城さんは「介護保険の最大のニーズは認知症をどうケアするか。必ず認知症になるので、それを制度で支えられるかが課題」と指摘。さらに、「『認知症を地域で温かく見守って行き来ましょうか』とか、『単なるおかしい人ではない』という社会啓発は今でもやっているけど、サービスを増やしていかないと、家族やボランティアでは限界がある」と語りつつ、「社会システムとしてどこまで整えられるか。金のない人は劣悪な所に行くのか、これからは非常にシビアな時代になる」と危機感を露わにした。
同時に、結城さんは「(高齢化で)認知症が増えて行く訳だから、何らかの社会システムを負担してしないと、50代で(ケアのために)仕事を辞める人が増えて行く。(近親者のケアで)共働きができない」と発言。さらに、「(ヘルパー、医師、ケアマネなど認知症の)専門職が育っていない。ケアの面と、サービスの面で課題がある。家族の絆が崩れかけている。どう立て直していくか。認知症の人が親戚に必ず誰かいる時代がやって来る」と訴えた。
中でも、結城さんが重要性を強調したのが、自治体による関与の必要性。現場経験を持つ結城さんは「役所から手紙が来ても、机の上に放置している認知症高齢者」「服薬管理ができず、薬をほったらかしにしている高齢者」を引き合いに出しつつ、「専門医がいないので薬を出しても、服薬管理ができない。自分が飲んでいるつもりでもドンドン溜まって行く。ヘルパーが(自宅に)入ると、薬が3カ月分飲んでいない。医者は飲んでいると思っていた」という事例も生まれているという。
そのため、結城さんは「認知症の人に対して、地域包括センターや市役所の職員がサービスを入れられる範囲まで介入できるか。本人が『ダメ』と言っても、『サービスは必要』と思った時はチョット強引だったとしても(介入して)行かないと」と語った。
このほか、結城さんは認知症高齢者をケアする専門医の必要性も挙げた。結城さんによると、医師の診断を受ける際、認知症高齢者が元気になる時があるといい、「(普段と違うことを)見抜ける専門医が必要。地域に密着した医者を増やさないと、認知症ケアは難しい。認知症に理解のある医者を増やす(べきだ)」と訴えると、井口さんも「文化・制度的に医者が介入しやすい。画像診断など大学病院の専門医が注目されるが、むしろ重要なのは(医師の前だけ)シャッキとしていることを見抜く地域のかかり付け医の専門性」と同調した。
さらに、結城さんは「認知症の方は要介護認定の調査でもシャッキとする。(健常者が)フォーマルな時、キチンとするのと同じ」と述べた。その上で、「ちゃんとしている調査員はカマを掛ける調査をやるが、慣れていない新米の調査員は言われたままマルを付けて(要介護度が)軽くなって、(調査に立ち会わなかった)家族が『何で軽いんだ。もっと重いと思ったのに』ということがある」と語りつつ、専門医を増やす方策として、「内科や外科とかじゃなくて地域に根差した医者の講座を作って教授、准教授を作って行かないと。今でも一つか二つ大学にあるけど、そういう医者を増やしていかないと、専門医は医局制度も含めて考えなければならない」と訴えた。
一方、井口さんは介護保険制度導入時の頃と比較として、「『認知症のことを研究している』と言うと、『ホットなテーマですね』と言われて周りの受け止め方が違う」「痴呆というと、マイノリティの研究という位置付け。それが変わって来ている」と振り返った。さらに、「認知症制度の歴史を探って見ると、かつては『寝たきりの中で特別な精神症状を持つ人』と位置付けられていたのが、(高齢化で)認知症そのものが普遍化して行く。高齢者の多くが認知症になり、イコール認知症ケアになって行くと、認知症ケアを解決できれば高齢者介護をある程度解決できる発想でやって行く(ことになる)」との考えを披露してくれた。
福祉への就職は半々
医療・福祉業界への就職状況も話題となった。
看護師などを養成する淑徳大学で准教授を務める結城さんによると、卒業生のうち半分は介護・福祉業界に入るが、半分は普通の企業に就職するとのこと。結城さんは「幾ら大学で勉強しても、(社会福祉士の)実習で1カ月介護して認知症の方と接すると、おむつ交換や身体介助なども含めて『性格的に自分は向いていない』と思って転向する人もいれば、『面白い』と言って就職する人もいる。1カ月間で自分の進路を決める」と指摘した。
これに対し、最近まで信州大学保健学科で講師を務めていた井口さんは看護師の就職状況について、「完全な売り手市場。選ばなければ何処でも就職できる」「看護師の業界で話題になっているのは、潜在看護師(=資格を持っているけど働いていない看護師)を職場復帰させるにはどうすれば良いか。結婚して子育て期に辞めた後、日本のM字型就労で行くと復帰することも考えられるが、医療の世界では技術水準が上がってしまうので、大学病院に就職しにくい」などと、看護師が慢性的な人材不足にあることを紹介してくれた。
その一方で、認知症ケアに入る看護師は少ないという。井口さんは「(看護師希望者の授業は)70人のうち男性は15人。少ないと3人ぐらい。(卒業生の)9割9分看護師になって行く」という実情を引き合いに出しつつ、「認知症の関係で言うと、精神科の実習に行って面白いと思った人は人との関わりの中でケアして行くが、精神、老年看護に興味を持つ人は70人のうち1割か2割」「進学して来る時、『自分の家で介護していたから』と語る子はいるが、分かりやすい急性期の技術を身に付けたい(と思っている)」と述べた。
このほか、介護業界の離職率も話題となった。先月に発表された「財団法人介護労働安定センター」の介護労働実態調査によると、2009年10月~2010年9月までの離職率が17・8%と、前年同期比よりも0・8ポイント悪化した。
この結果について、結城さんは「大不況期で数字が上がっているのは厳しい。介護業界は施設で言えば年収300万円。社会保険に入れて(正規職員として)年収300万円を確保できる業界は地方ではそんなにない。これは異常」と総括した。
さらに、自身の経験を引き合いに出しつつ、「この仕事は好きじゃないとできない。年収が高いだけでは続かない」「認知症の方と関わって楽しい時もある。普段名前を覚えてくれていない人でも思い出してくれた。金銭的な部分は大事だけど、介護は楽しい」と述べつつも、「夜勤で認知症の人に一生懸命やっても報われない時がある。体も腰も痛くなって来る。命を預かっているので緊張感を持ってやっている。肉体的、精神的に辛い。それで300万円かと言うと、違う300万円を選ぶ人もいる」と強調。その上で、「『介護は社会全体の問題』と早く社会啓発して行かないと」「社会全体が認知症に金を配分しないと、社会が崩れる」と訴えた。
話題は新内閣の財政・社会保障政策に及んだ。
野田佳彦首相は菅直人前首相の路線を踏襲し、税・社会保障一体改革を進める考えを示している。社会保障審議会(厚生労働相の諮問機関)メンバーの結城さんは「政権が代わってもスタンスは変わらない、極端にサービスは増えないし、逆に削られる可能性も否定できない」「認知症に対する金は増やさなければならないが、政権交代したとしてもスタンスは変わらない」と指摘した上で、「厳しい介護の時代が来る。(政権交代に際して)国民が期待した割には全然変わらないので、なかなか厳しいだろう」との見通しを披露した。
さらに、「(民主、自民の)連立政権もやぶさかじゃない。増税路線になる」と発言。同時に、消費税を2010年代半ばまでに2ケタ台に引き上げるとした政府の方針に関しては、一人暮らしの認知症高齢者に対するケアが必要になるとしたほか、「老老介護」「認認介護」の現場に触れた経験を事例を挙げ、「(夫婦で)国民年金5万円の10万円だけで食べている人もいる。その人は消費税が上がったらきつい。消費税は上がるけどサービスは増えるのならば分かるけど、今はそんな雰囲気じゃない」と語った。
このほか、井口さんが編集委員を務める雑誌『支援』も話題となった。『支援』は社会学者が中心となり、今年3月に第1号が発刊された。次号は来年3月を予定しており、井口さんは編集のスタンスとして、現場の人に書いて貰う趣旨に加えて、「認知症や高齢者介護だけでなく縦割りで考えるのではなく、支援やケアに関わる色んな分野に共通するものがある。色んな分野の人を集めて議論する場を作る趣旨」と説明した。