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総合診療医普及のカギは報酬制度

May 22, 2013

30年前の「家庭医」創設の失敗から考える



東京財団研究員兼政策プロデューサー
三原 岳


約30年前に構想されたものの、その後お蔵入りになっていたある医療システムが、再び脚光を浴びようとしている。

幅広い疾病の診断・治療や生活面のケアも含めて、患者の健康状態を全体的にケアできる「総合診療医」。医療費の増加や人口の高齢化、多死社会の到来を受けて、予防医療や介護・福祉と連携した包括ケアの重要性が高まっているため、厚生労働省の「専門医の在り方に関する検討会」が4月、2017年度から総合診療医の専門教育を開始することを公表した。

しかし、総合診療医の役割は患者の健康状態を維持し、医療機関のお世話にならないようにする点にあり、治療・ケア行為ごとに加算される出来高払いの報酬制度とマッチしない。実は、30年前にも同様の機能を担う「家庭医」創設の動きがあったが、医療機関に支払われる診療報酬制度の見直しがネックとなり、挫折した経緯がある。その時の蹉跌から課題は何なのか考える。

総合診療医の役割と期待

日本の医療は臓器・疾病別に分かれた専門医によって担われており、「治療」を重視していた。専門医の存在は医療技術の発展や水準の底上げに繋がっている半面、厚生労働省の検討会報告書は「今後の急速な高齢化等を踏まえると、健康にかかわる問題について適切な初期対応等を行う医師が必要となることから、総合的な診療能力を有する医師の専門性を評価し、新たな専門医の仕組みに位置づけることが適当」として、総合診療医の必要性を指摘している。

つまり、幅広い知識と患者との対話を通じて、「予防」「健康管理」に力点を置くほか、日常的な疾病を診断・治療して必要に応じて専門医療機関に紹介する医師である *1 。英国やオランダなどで一般的な仕組みであり、英国で家庭医の専門資格を取得した澤憲明氏の図1の整理が分かりやすい。

今、何故総合診療医なのか。それは高齢化に伴って糖尿病や認知症など慢性疾患の患者が増えると、これまでの専門医による「治療」だけでは対処し切れない。むしろ、生活面まで考慮した全人的なケアに加えて、介護・リハビリ専門職や薬剤師などと連携した支援体制が必要になってくるからだ。厚生労働省が進める「地域包括ケア構想」(在宅を中心に生活圏で医療・介護サービスを切れ目なく提供する考え方)でも重要なカギを握る存在になり得る。同時に、高齢化に伴う社会保障費の増加が財政を圧迫する中、専門医の間のたらい回しや服薬の重複が減ることを通じて、無駄の排除を通じた医療費適正化といった効果も期待できる。

しかし、日本には総合診療医を育成・支援するシステムが整備されていなかった。この問題を考える上では、約30年前に時計の針を戻す必要がある。

図 1 総合診療医と各診療科の役割分担 ≪拡大はこちら≫


(出所)澤憲明「これからの日本の医療制度と家庭医療」『社会保険旬報』2012年4月1日号を基に筆者が改変。

家庭医挫折の経緯

医療は専門分化が進行し、「人間」から「疾病」「臓器」を診る傾向にあり、開業医は高齢化している。患者も大病院志向が強い。日常の健康管理・相談、一般的に見られる疾病や外傷に対する適切な診断・治療を行うとともに、必要に応じ専門医療機関へ患者を紹介する家庭医の育成・普及が求められる―。


このままコピペできそうな文面だが、家庭医創設を検討していた厚生省(現在の厚生労働省)が1986年版『厚生白書』で、その必要性を説いた部分である。当時、厚生省は高齢化時代の到来や医療費の増加、開業医の高齢化を見据えて、プライマリ・ケア(初期包括ケア)を担う存在として家庭医の必要性を提唱していた。1985年6月に「家庭医に関する懇談会」を設置した。1987年4月に取りまとめられた懇談会報告書では家庭医に求められる機能として、表1の10項目を指摘している。

表 1 厚生省懇談会が取りまとめた家庭医の機能


(出所)厚生省「家庭医に関する懇談会」報告書を基に筆者作成。

表 2 英国家庭医の役割


(出所)東京財団2013年5月15日「医療・介護制度改革に関する連続フォーラム第1回」、澤憲明氏資料を基に筆者作成。


では、当時の検討結果は時代遅れの中身だったのだろうか。表2は英国で家庭医専門資格を取った澤憲明氏の整理である。英国では家庭医によるプライマリ・ケアが定着しており、その中身と比べても家庭医に関する懇談会報告書が遜色ないことを容易に理解できる。むしろ、今後の総合診療医の在り方として、約30年前の報告書は引き写せるような中身である。

その後、厚生省は1988年度から「家庭医機能普及定着事業(モデル事業)」を全国4カ所で実施した *2 が、家庭医という制度自体は導入されなかった。家庭医には患者の健康状態を維持し、医療機関のお世話にならないようにする役割が家庭医に期待されていたため、当時の厚生省は報酬制度を出来高払いではなく、人頭制の包括払い(検査などを行っても定額しか払わない仕組み)に改革しようとしたが、日本医師会(日医)から物言いが付いたのである。当時の新聞、雑誌などから日医の主張を再録する *3

▽家庭医の機能が必要なのは理解できるが、従来から病院と診療所の連携による地域医療のシステム化を図り,家庭医サービスの充実に努めてきた。現在の機能を進展させることこそ肝要であり、新たな制度は必要ない。

▽むしろ、国は家庭医導入を理由にして、報酬制度を出来高払いから人頭割に変えることで、医療費抑制の手段に使おうとしている。

▽さらに、家庭医の制度化を通じて、医師の裁量や患者の医者選定に制約を課すことで、医療の国家管理を狙っている。


結局、家庭医構想は断念に追い込まれ、現行制度を前提にしつつ、患者の健康状態を継続的に診る「かかりつけ医」を普及させるため、「かかりつけ医師推進モデル事業」が1993年度からスタートした。しかし、患者の大病院シフトは止まらず、医師の専門分化や医療財政の悪化も進み、現在に至っている *5

在宅医療が儲かる理由と現場の不安

では、総合診療医が普及していく上での課題は何だろうか。まず、総合診療医の研修・教育システムが課題として想定される。今後、日本プライマリ・ケア連合学会 *4 を中心に議論が進むと思われるが、指導的な立場にある医師が少ない点がネックになる可能性がある。しかし、究極的には総合診療医の活動を支える報酬制度が課題になるのではないだろうか。家庭医挫折の経緯から学べる課題とは、出来高払い制度を主軸に考えると、予防や疾病管理に力点を置く総合診療医は患者・利用者を健康にするほど、収入を失うことになりかねない点である。

一方、総合診療医の主なフィールドとなる在宅医療分野は現在、様々な加算措置を通じて診療報酬が重点的に配分されており、「在宅医は儲かる」と公言する医師も散見される *6

しかし、これは国の政策誘導の結果に過ぎない。実際、在宅医療の関係者からは「今は『在宅』と言っているが、いずれ国はハシゴを外すのではないか」といった懸念も耳にする。こういった形で国の方針に一喜一憂する構造 *7 こそ、当時の日医が嫌った「医療の国家管理」に近い状況ではないか。

確かに出来高払いを改めて包括払いにした場合、どんなにケアをやっても収入が同じになるため、必要な診療を提供しない弊害も予想され、医療機関の情報開示や評価体制の充実といった対策を講じなければ、患者・利用者が割を食う結果になる。

しかし、総合診療医を普及させる上で、現行の出来高払い制度には限界があるのは紛れもない事実である。約30年前に浮かんで消えた報酬制度の見直し。ここに手を付けられるかどうかが、総合診療医普及のカギを握っていると言える。

※本稿はダイヤモンド社「デイリー・ダイヤモンド」に2013年5月5日に掲載された原稿を加筆・転載した。
http://dw.diamond.ne.jp/articles/-/5265

<参考文献=新聞、雑誌を除く>
▽厚生省編『厚生白書』1985~1993年版
▽厚生省五十年史編集委員会『厚生省五十年史』1988年5月
▽日本医師会創立50周年記念事業推進委員会記念誌編纂部会編『日本医師会創立記念誌』1997年11月
▽水野肇『だれも書かなかった日本医師会』2008年12月、ちくま文庫



本稿執筆に際しては、現場の医療・介護関係者から情報提供を頂いた。ここに感謝の意を記したい。
*1 総合診療医の役割や可能性、育成に際しての課題などについては、2012年12月に開催した拡大研究会で議論になった。その主な中身はリポート 「「日本における総合診療医の可能性について」 を参照されたい。
*2 群馬県吾妻郡、千葉県船橋市、徳島市、愛媛県八幡浜市の4地域。
*3 日本医師会創立50周年記念事業推進委員会記念誌編纂部会編『日本医師会創立記念誌』、水野肇『誰も書かなかった日本医師会』、『朝日新聞』1987年11月24日、『日本経済新聞』1988年1月4日、同1987年4月25日、同1985年5月9日。『毎日新聞』1987年4月25日。『読売新聞』1985年1月5日。『社会保険旬報』1987年5月1日号、同1986年12月1日号、同1984年9月21日号、第126国会会議録参院厚生委員会1993年3月26日などを参照。
*4 高齢者医療制度の見直しに際して、「高齢者担当医制度」が2008年度診療報酬改定で創設された。この制度では、糖尿病や認知症などの慢性疾患を持つ患者が全人的・継続的に診察してくれる医師を高齢者担当医に選び、その医師が治療計画を立ててケアすると、月6000円の報酬を付ける仕組みだったが、後期高齢者医療制度に対する批判を踏まえて2010年度改定で廃止された。
*5 日本プライマリ・ケア学会、日本家庭医療学会、日本総合診療医学会の3つが合併する形で2010年4月に発足した。現在は「家庭医療専門医」という専門医資格を認定しているが、日本専門医制評価・認定機構のホームページによると、その数は2012年8月現在で291人に過ぎない。
*6 その一例が2006年度に創設された「在宅療養支援診療所」である。「24時間連絡を受ける保険医・看護職員を事前に指定し、連絡先を文書で患者に提供している」などの要件を満たす必要があり、2012年度改定では「3人以上の医師が所属する診療所の場合」「複数の診療所がグループを組む場合」「診療所がベッドを有する場合」などの条件をクリアした「機能強化型」の指定を受けると、報酬が手厚く受けられる。さらに、2011年度にスタートした「在宅医療連拠点事業」も多職種連携や24時間対応の在宅医療提供体制の構築、地域住民への普及啓発、人材育成などを目的としており、東京都新宿区の「暮らしの保健室」など一部で実績を挙げているが、報酬制度の枠外で実施されている。
*7 2013年4月25日掲載の論考」 「出来高払いの弊害を考える」 でも問題点を指摘した。

    • 元東京財団研究員
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