東京財団研究員兼政策プロデューサー
三原 岳
東京財団は2012年10月、政策提言『医療・介護制度改革の基本的な考え方』を公表し、2013年度は制度改革に関する議論の喚起と国民的な合意を目指して、「医療・介護制度改革に関する連続フォーラム」 1 を計3回開催した。最終回となる第4回は「ケア先進地から考える医療・介護制度改革のヒント」と銘打って、今年4月3日に開催した。
ゲストに宮城県涌谷町で医療・介護・福祉連携を進める「町民医療福祉センター」長の青沼孝徳氏、埼玉県幸手市を中心に住民主体の地域ケア体制づくりに取り組む「社会医療法人ジャパンメディカルアライアンス東埼玉総合病院」在宅医療連携推進室長の中野智紀氏の2人を迎えた。
東京財団の提言では、医療面におけるプライマリ・ケアの充実や医療・介護連携の重要性を指摘しており、フォーラムでは国が掲げる「地域包括ケア構想」について、2地域の取り組みをご紹介頂きつつ、その課題や実現策などについて東京財団研究員を交えて議論した。
そこで浮き彫りになったのは住民自治(住民参加)の重要性であり、政策決定の分権化も提起した。以下、フォーラムで出た意見に加えて、日々の研究活動で得た知見なども交えて総括したい。
1.地域包括ケアと住民自治
国の目指す地域包括ケアのイメージは図1の通り、少しでも長く住み慣れた場所で過ごせるように医療・介護・生活支援サービスを切れ目なく提供する 2 ことを目指している。今年の通常国会に提出された医療・介護総合推進法案では実現に向けた施策として、▽市町村の運営する地域包括支援センターの機能に在宅医療を追加、▽地域包括支援センターが主催する形で多職種が連携する「地域ケア会議」 3 の設置を市町村に義務化-などが盛り込まれた。
しかし、国のイメージ通りにサービスを整備するだけで構想は完結するわけではない。
第1の理由として、ケアの内容が制度だけでは完結しない点である。青沼氏が住民主体の健康づくり、中野氏が団地内に設置されたコミュニティカフェを例示していた通り、住民の満足度を高めるのは制度サービスだけではない。例えば、商店街にベンチを置くだけでも、高齢者だけでなく子育て中の親や障害者、住民が外出しやすい環境を形成できる。有償ボランティアによる移動支援サービスなども一例と言える 4 。「政府レベルの議論は当初、介護の世界から始まった感があった」(青沼氏)ため、「地域包括ケア=介護保険」と捉えられがちだが、「ケアを通じたまちづくり」であり、制度に固執した考え方は避けるべきである 5 。
(出所)厚生労働省資料
第2の理由として、地域資源や住民の健康課題は千差万別であり、国のイメージ図通りに行くとは限らない点だ。青沼氏が「地域医療は100通りの地域があれば、100通りのやり方がある」と述べていた通り、人口構成や高齢化の進行度、居住環境、コミュニティの結束力など地域に応じてその課題や住民の疾病構造はバラバラである。ケアに使える資源も異なる中で、課題解決に向けた処方箋は各地域で変わって来る。
第3に、住民・利用者の自己決定が必要な点である。医療・介護制度とは本来、「より良く生きて、より良く死ぬための手段」であり、東京財団の提言も予防・教育と患者の主体的取り組みの重要性を訴えている。自宅で少しでも長く自分らしく生きていく上では、専門職の協力を得つつ、住民や患者・利用者が自らの生き方や人生の終焉を自己決定しなければならない。実際、中野氏も「地域包括ケアとは『住み慣れた地域で自分らしい暮らしを最後まで続けていくには、どうしたら良いのか?』という国の大きな問い」と述べていた。
さらに、「地域包括ケアとは医者や看護師を呼ぶだけで完結しない。住民参加がないとできない」(青沼氏)という点も重要な指摘である。広島県御調町(現在は尾道市に合併)で地域包括ケアの原型を作り上げた山口昇氏も20年前の著書で、以下のよう強調している 6 。
地域包括システムとは保健・医療・福祉の連携による高齢社会を視野に入れた、住民の健康づくりからアフターケアまでを含む住民参加のシステムである。地域包括システムは文字通り地域に根ざし、地域の人々とともに歩まなければ、その意義は半減する。住民を巻き込んでのネットワークづくりがなおいっそう必要だろう。
つまり、住民が単にサービスを「消費」するだけでは地域包括ケアは完結しない。住民が自ら参加し、自分の人生や地域の在り方を考える自治の発想が必要になる。
言い換えれば、地域包括ケアとは「ケアを通じたまちづくり」「ケアを通じた自治」であり、「住民主体の地域ケア会議を中心に医療機関や介護施設を『道具』に変えてしまう」(中野氏)状態が理想形なのではないだろうか。実際、幸手地区では自治会を中心とした地域ケア会議が発足しており、ここに市役所や東埼玉総合病院、地域包括支援センターなどが加わる構成となっている。
地域包括ケアの実現に向けた道筋は地域の特性に応じて自治体や住民が自ら模索しなければならない。
2.責任主体の明確化
多職種を連携させるだけでは、縦割りや職種の狭間に落ちる困難案件の押し付け合いなど無責任体制になるリスクも想定される。そこで、東京財団の提言は「ケア提供責任主体の明確化」を訴えており、連続フォーラムの第1回では「たらい回しの起きにくいサービス体制に向けて」と銘打って、プライマリ・ケアの重要性を強調した。さらに、第3回ではGP(家庭医)や訪問看護師が患者の「代理人」としてプライマリ・ケアの担い手となっているオランダの事例を取り上げた。
この観点で見ると、涌谷町の町民医療福祉センターは医療部門だけでなく、退院後の在宅復帰を目指す介護老人保健施設、生活上の相談を受け付ける地域包括支援センター、ケアプラン(介護サービス計画)を作成する居宅介護支援事業所、訪問看護ステーション、役場の保健・福祉関連部門を持っており、医療・介護・保健・福祉のサービスをワンストップで受けられる。
一方、東埼玉総合病院は多職種連携や住民の健康相談窓口設置などに取り組んでいるが、「地域完結型医療、市内のコミュニティヘルス、在宅医療を束ねる司令塔が必要であり、公的な立場でやらなければならない」(中野氏)として、2013年度は幸手市が実施主体、北葛北部医師会が事業委託、東埼玉総合病院が実行部隊として遂行していく体制となったという。
両者のケースから浮かび上がるのは責任主体を明確にする重要性だ。国は地域包括支援センターに在宅医療を取り込むとともに、埼玉県和光市の取り組みを参考にして多職種が連携する地域ケア会議の設置を義務化しようとしている。地域包括支援センターは医療との関係が希薄 7 であり、多職種が「顔の見える関係」を構築する上で、必要な施策と思われる。
(出典)2014年4月3日東京財団フォーラム青沼氏資料
(出所)2014年4月3日東京財団フォーラム中野氏資料
ただ、地域包括支援センターを民間委託している市町村が多い 8 ことを考えれば、地域包括支援センターに全てを期待するのは困難であろう。市町村が主体的に政策を立案し、市町村が責任主体となって住民への説明責任を果たせるシステムにしていかなければ、構想は絵に描いた餅に終わりかねない。
3.「上乗せ、横出し」思考の脱却を
以上を踏まえて、地域包括ケアを進める上で必要な考え方や制度改革の方向性を考えたい。
まず、住民の疾病構造や健康課題を理解する重要性である。涌谷町では「東北地区は塩の摂取量が多く、脳卒中は死因の2番目だった」(青沼氏)として減塩運動に取り組んできたほか、長年の健康診断や保健師、健康相談員による健康づくりを通じて地域の疾病構造を把握している。
東埼玉総合病院も看護師らが地域に出向いて住民の健康相談を受け付ける「暮らしの保健室」 9 を市内各地で開催するとともに、社会的に孤立して悪化した状態で救急に駆け込んでくる住民の予防対策として、ソーシャルワーカーによる「健康アセスメント調査」を実施している。
筆者が視察した事例で言えば、岐阜県郡上市は分野横断的な「健康福祉推進計画」の策定に際して、職員が複数で老人クラブなどを訪ねて144団体、1240人から健康課題を聴取し、それを6760枚の付箋で整理した上で、住民向けアンケートを作成することで、住民・地域の健康課題を把握して計画策定に役立てた。国の制度 10 を上手く活用した事例としては、埼玉県小鹿野町が「健康日本21計画」の策定に際して、1人当たり医療費の県内比較のほか、「主要死因別死亡率における県内市町村との比較」「1人当たり医療費に占める生活習慣病の割合」など地域の疾病構造を分析し、住民に開示している。
各地域で異なる住民の疾病構造や健康課題、ケアに使える地域資源を把握しなければ、地域包括ケアの入口に立てないことを市町村は認識しなければならない。
次に、住民に身近な市町村が「生活」から政策を考えるアプローチの重要性だ。今まで自治体の政策は国の制度でカバーできない範囲を穴埋めする「上乗せ、横出しモデル」が中心だった。
しかし、これでは「制度ありき」で物事を考えるようになり、総合行政を発揮すべき自治体が国の縦割り行政に付き合うなど発想が貧困になりかねない。市町村への権限移譲も進んでいる 11 ことを考えれば、ケアにおける政策立案は制度にとらわれず、住民の生活を起点にした上で住民や地域の課題を解決する政策を考えるべきである。
4.政策決定の分権を
一方、国の制度改革も必要である。
まず、プライマリ・ケアの中核を担うことが期待されるのは、全人的かつ継続的なケアを提供する「総合診療医」の存在である。第1回フォーラムでは英国の家庭医によるプライマリ・ケアの実態が話題 12 となり、青沼氏も「地域を診る医師」として重要性に言及した。
総合診療医は2017年度から専門教育がスタートする予定であり、フォーラム当日も会場から質問が出ていた通り、教育環境の整備が課題となる 13 。その際には第2回フォーラムで話題に取り上げた報酬制度に関しても、治療・ケア行為ごとに加算される出来高払い制度の見直しが必要になる。
さらに、法律上の責任主体を明確にすべきである。現在は概ね都道府県が医療、市町村が介護・福祉を所管しているが、両者の連携は薄い。例えば、市町村の運営する国民健康保険を都道府県単位化するのに合わせて、医療行政の責任主体を都道府県、在宅医療を含めた地域包括ケアの責任主体を市町村と位置付けた上で、両者の連携を促す制度改革が必要だろう。
(出典)厚生労働省資料を基に作成
同時に、地域での自主的な取組を促すため、自治体の自己決定権拡大と政策決定の分権化も不可欠である。現在の政策は第2回フォーラムで取り上げた通り、報酬や人員・施設基準が中央集権で細々と作られており、自治体や現場の裁量権は少ない。
しかし、住民の疾病構造や健康課題、地域の資源は様々であり、自治体や事業者の行動を全国一律に誘導しようとするのは明らかに無理がある 14 。地域の健康課題を解決するため、都道府県、市町村が責任に応じて独自の政策を展開できるような制度改革が必要である。
東京財団は2014年度、「保険者」の在り方について政策提言を行う予定であり、この中で政策決定の分権化に関しても制度改革の考え方を示したいと考えている。
1 連続フォーラムの議事要旨、資料、総括リポートは以下のウエブサイトで閲覧できる。http://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=1072
2 国の地域包括ケア研究会は「ニーズに応じた住宅が提供されることを基本とした上で、生活上の安全・安心・健康を確保するため、医療や介護のみならず,福祉サービスを含めた様々な生活支援サービスが日常生活の場(日常生活圏域)で適切に提供できるような地域での体制」と定義しており、2012年施行の改正介護保険法は国・地方自治体の責務として、地域包括ケアの推進を定めた。
3 地域ケア会議は個別ケースの検討、多職種ネットワークの構築、地域課題の発見、地域づくり・資源開発、政策形成機能を期待されている。
4 住民の生活維持に必要な輸送がバス、タクシー事業で提供されない場合、市町村、民間団体が自家用車を使って有償運送できる制度。通常国会に提出された地方分権第4次一括法案では、希望する市町村に対して国の許認可権限を移譲できる規定が盛り込まれている。
5 昨年8月の社会保障制度改革国民会議報告書も「地域包括ケアは介護保険の枠内では完結しない」としている。
6 山口昇(1992)『寝たきり老人ゼロ作戦』家の光協会148、180ページ。
7 三菱総合研究所「地域包括支援センターにおける業務実態や機能のあり方に関する調査研究事業報告書」(2013)によると「関係機関との連携が十分でない」とする相手先に医療機関が29.8%でトップに入っている。
8 三菱総合研究所「地域包括支援センターにおける業務実態や機能のあり方に関する調査研究事業報告書」によると、地域包括支援センターを直営で運営している市町村は29.3%、民間委託が70.3%だった。
9 「暮らしの保健室」は元々、東京都新宿区で高齢化の進んだ「戸山ハイツ」で高齢者の健康相談などを受け付ける場として、訪問看護師の秋山正子氏が設置した。詳細は「介護現場の声を聴く!第46回」を参照。なお、新宿は常設だが、「暖簾分け第一号」となった幸手市は市内各地で定期的に開催している。http://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=1120
10 地域の疾病構造や健康課題を把握する国のツールとしては「健康日本21計画」に加えて、介護保険事業計画策定の前提となる「日常生活圏域ニーズ調査」、住民の意見を取り入れる「地域福祉計画」などが整備されている。さらに、近年は「特定健康診査・特定保健指導」やレセプト(診療報酬明細)のデータを活用する動きも始まっている。
11 例えば、居宅介護支援事業所の指定権限が市町村に移譲される。
12 その後、東京財団では英国の診療所を視察するとともに、英国GPの澤憲明氏をお招きした研究会を開催した。その結果は「英国プライマリ・ケア事情」を参照。http://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=1142
13 この点は東京財団研究会でも話題となった。詳細はリポート「日本における総合診療医の可能性について」を参照。http://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=1134
14 例えば、2014年度診療報酬改定では、生活保護者を囲い込むなどの不適切事例を適正化するとして、高齢者住宅などに対する訪問診療の単価を最大4分の1に引き下げたため、現場では訪問診療から撤退する事業者が相次いでいる。さらに、介護保険は「地方分権」を掲げて創設されたが、制度改正を重ねる度に複雑化しており、介護報酬の単価や種類を分類するサービスコードは制度創設当初の1760件から2万929件に膨らんでいる。介護報酬の複雑化に関して、詳細は「出来高払いの弊害を考える」を参照。http://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=1135