KyodoNews
研究員
吉原祥子
土地の所有者不明化問題について取材をしているが、いろいろ調べるほどわからなくなってきた。この問題の核心は一体何なのだろうか。
先日、あるメディア関係者から質問を受けた。
近年、地方から人が減り、地価の下落傾向が続く中、所有者の居所や生死が直ちに判明しない、いわゆる「所有者不明」の土地が、災害復旧や耕作放棄地の解消、空き家対策など地域の公益上の支障となる例が各地で報告されている。
これを受け、関係各省や政治が徐々に動き始めた。国土交通省は今年3月、「所有者の所在の把握が難しい土地に関する探索・利活用のためのガイドライン」を公表し、現行法制度の中でとり得る対策を提示した。6月に閣議決定された政府の「経済財政運営と改革の基本方針2016」では、「所有者不明化」の大きな原因の1つである相続未登記への対策が盛り込まれ、法務省の来年度予算概算要求に新たに相続登記促進のため11.5億円が計上された。自民党では10月から「“所有者不明土地”問題に関する議員懇談会」が始まった。
だが、こうした動きの一方で、この問題の実態把握や構造分析は進んでいるとは言い難い。なぜ、代表的な個人財産であり、公共的性格をあわせもつ土地が「所有者不明」になるのか。実際、問題がどの程度起こっているのか。土台となる制度設計にどのような課題があるのか。こうした根本的な問いに答えを与えるデータや分析は、いまだごく限定的でしかない。冒頭に挙げたような質問が出るのも頷ける。
問題は地方から広がっていた
昨今、メディアでも少しずつ取り上げられるようになった土地の「所有者不明化」問題だが、いつ頃から始まっていたのだろうか。
実は、地域レベルで見るとこれは必ずしも新しい現象ではない。1990年代初頭には、森林所有者に占める不在村地主の割合は2割を超え、林業関係者の間では、過疎化や相続増加に伴い所有者の把握が難しくなるおそれのあることが懸念されていた [1] 。農業では、登記簿上の名義人が死亡者のままの農地が、集約化や耕作放棄地対策の支障となる事例が各地で慢性的に発生してきた [2] 。2015年に鹿児島県が行った調査では、県内農地の約4割が相続未登記である可能性が判明している [3] 。自治体の公共事業の用地取得においても、同様の問題は起きていた。
しかしながら、こうした問題の多くは、関係者の間で認識されつつも、あくまで農林業あるいは用地取得における実務上の課題という位置づけにとどまってきた [4] 。関係省庁が複数にわたり、個人の財産権にもかかわるこの問題は、どの省庁も積極的な対応に踏み出しづらいこともあり、政策議論の対象となることはほとんどなかった。それが、近年、震災復興や空き家対策の中で問題が大規模に表出し、また都市部でも表れたことで、広く政策課題として認識されるようになってきたのだ。
社会の変化と制度の乖離
では、なぜ土地の所有者の所在や生死の把握が難しくなるのだろうか。
その背景には、土地制度が人口減少・高齢化という社会変化に対応できていない、という根本課題がある。
東京財団「国土資源保全プロジェクト」がこれまで繰り返し指摘してきたとおり、そもそも、日本では、土地の所有・利用実態を把握する情報基盤が不十分である。不動産登記簿、固定資産課税台帳、農地台帳など、目的別に各種台帳は作成されている。だが、その内容や精度はさまざまで、一元的に情報を把握できる仕組みはない。一方、個人の所有権は諸外国に比べてきわめて強い。各種台帳のうち、不動産登記簿が実質的に主要な所有者情報源となっているものの、権利登記は任意である [5] 。任意の相続登記を相続人が行うかどうか、また、いつ行うかは、個人の事情をはじめ、経済的、社会的な要因などによって影響を受ける [6] 。
相続登記の傾向を見るため、試しに、男性70歳以上を「被相続人」と仮定し、その死亡数と相続等による所有権移転登記の件数を比較すると、必ずしも連動性は見られない(図1)。
図1 死亡数(男性70歳以上)と相続等による所有権移転登記の件数
出所 法務省「登記統計」および厚生労働省「人口動態調査」を基に作成
国土交通省の「土地問題に関する国民の意識調査」によると、「土地は預貯金や株式などに比べて有利な資産か」という問いに対して、2015年度は、「そうは思わない」とする回答が調査開始以来最高の41.3%を占めた。これは1993年度(21%)の約2倍である。
司法書士の間からは、「農地・山林はもらっても負担になるばかりで、相続人間で押し付け合いの状況」「最近、相談者から、『宅地だけ登記したい、山林はいらないので登記しなくていい』と言われるケースが出てきた」「次世代のことを考えれば登記すべきだが、無理に登記を勧めるわけにもいかず悩んでいる」といった声も聞かれる。
人口減少に伴う土地需要の低下や人々のこうした意識の変化を考えれば、今後、相続登記がいまよりも積極的に行われるようになるとは考えにくい。相続未登記は「所有者不明化」問題の大きな原因の1つであり、国による相続登記の促進は当面の対応策としては重要である。しかし、こうした現状に照らせば、根本的な解決策にはならないだろう。考えるべきは、いまの日本の土地情報基盤が、こうした市場動向や個人の行動によって精度が左右される仕組みの上に成り立っている、という点である。
現在の日本の土地制度は、明治の近代国家成立時に確立し、戦後、右肩上がりの経済成長時代に修正・補完されてきたものだ。地価高騰や乱開発など「過剰利用」への対応が中心であり、過疎化や人口減少に伴う諸課題を想定した制度にはなっていない。
「所有者不明化」問題とは、こうした現行制度と社会の変化の狭間で広がってきた問題なのである(図2)。
図2 土地の「所有者不明化」問題の全体像
出所 本プロジェクトにおけるこれまでの調査および関係者ヒアリングをもとに作図
今後必要な対策
では、今後、どのような対策が考えられるだろうか。
地価の下落傾向が続き、「土地は資産」との前提が多くの地域で成り立たなくなるなか、土地制度が大きな転換期にあることは明らかだ。
まずは、国と自治体が協力し、地域が抱える土地問題について実態把握を進めることが必要だ。その上で、国土保全の観点から、どのような土地情報基盤が実現可能か、また、どのような関連法整備が必要か、省庁横断で整理していくことが求められる。
同時に、「所有者不明化」の予防策として、利用見込みのない土地を所有者が適切に手放せる選択肢を作っていくことが急務である。
本来、個人が維持管理しきれなくなった土地は、できれば共有したり、新たな所有・利用者にわたることが望ましい。だが、現状、そうした選択肢は限られる。地域から人が減るなか、利用見込みや資産価値の低下した土地は、そのまま放置するしかない。「いらない土地の行き場がないんです」とは、ある自治体職員の言葉である。NPOなど地域の中間組織による土地の寄付受付や自治体による公有化など、新たな所有・利用のあり方について具体的な議論を進めることが必要だ。親族や自らが所有する土地をどう継承していくかは、個人の財産の問題であると同時に、その対処の積み重ねは生産基盤の保全や防災など地域の公共の問題へと繋がっていく。
今後、土地を適切に保全し次世代へ引き継いでいくために、どのような仕組みを構築していくべきなのか。土地問題を人口減少社会における1つの課題と位置づけ、制度見直しを進めることが必要である。
[1] たとえば、柳澤(1992:5-6)は、急速に高齢化の進む農山村世帯において、都市部へ転出した子ども世代が相続に伴い不在地主となるケースが増えていくことを予見し、次のように述べている。「問題は彼らの所有する大量の土地の行方である」「不在村対策としては迂遠であるようにみえるかも知れないが、今いちばん必要なのは、将来の不在村所有者とのコンタクトではないかと思われる。」
[2] たとえば、安藤(2007:2)は、「ただでさえ追跡が困難な不在地主問題を絶望的なまでに解決不能な状態に追い込んでいるのが相続未登記であり、これは農地制度の枠内だけではいかんともしがたい問題なのである」と指摘している。
[3] 南日本新聞「農地4割相続未登記 6万ヘクタール、集積困難」2016年3月31日。
[4] たとえば、堀部(2014:29)は次のように指摘している。「農業経済学にとって農地制度とその運用は、長い間一貫して強い関心を寄せる対象であったが、それはあくまでも農地市場分析、農業経営における農地集積活動の与件としてであり、それ自体は『実務の問題』とされ、ほとんど分析対象とはならなかったのである。」
[5] 不動産登記制度とは、権利の保全と取引の安全を確保するための仕組みであり、そもそも、行政が土地所有者情報を把握するための制度ではない。
[6] たとえば、景気改善によって都市部の土地取引が活発化し地価が上昇すると所有者の売却意欲が高まり、その準備の一環として相続登記が行われる、あるいは、公共事業が増加し用地の対象となった所有者が売却のために相続発生後何年も経った後に登記を行うなど。
参考文献
安藤光義(2007)「農地問題の現局面と今後の焦点」農林金融60巻10号2-11頁.
堀部篤(2014)「遊休農地や山林・原野化した農地が多い地域における利用状況調査の取り組み実態」農政調査時報571号29-34頁.
柳幸広登(1992)「不在村森林所有の動向と今後の焦点」林業経済45巻8号1-8頁.